2019.05.21

2018/2/14 文献紹介

文献紹介班より福岡徳洲会病院の鈴木です。
バレンタインデーで浮かれ気分の方もいると思いますが、背筋を伸ばして文献と向き合う時間がやってまいりました。
今回は絶対に見逃したくない必読文献を2つ紹介いたします。
1つ目はJAMA Internal Medicineより「失神と肺塞栓」について。
2つ目はNEJMより「敗血症性ショックに対するステロイド投与(ADRENAL Trial)」です。


①Prevalence of Pulmonary Embolism in Patients With Syncope.
JAMA Intern Med. 2018 Jan 29.



「失神で救急外来を来院した患者の中に、肺塞栓の患者ってどの程度いるの?」

救急医にとってこれは重要なテーマです。
特に2016年にNEJMに掲載されたPulmonary Embolism in Syncope Italian Trial(PESIT)の内容は、我々に大きな衝撃を与えました。
失神で入院した患者のうち、なんと6人に1人に肺塞栓が見つかったという内容だったのです。
これについては2016年12月4日に、当メーリングリストからもご紹介させていただきました。
http://www.emalliance.org/education/recommend/dissertation/2016124-journal
このTrialを受けて、「失神の6人に1人は肺塞栓が原因だったらしいよ」「うそ!?」といった会話をときどき耳にします。

しかしPESIT Trialをよく読むと
・独自の入院適応を採用している。
・「入院患者のうち」、Wells scoreやDダイマーが引っかかった患者には、自動的に造影CTか換気血流シンチを施行している。
・「入院患者のうち」、6人に1人に肺塞栓が”見つかった”。
といった特徴があり、救急外来の患者にこの結果をあてはめて考えてよいかは、十分に吟味して考えなければなりません。


またその後もPESIT Trialよりも肺塞栓の頻度がずっと少ない論文が発表されるなど、議論を呼んでいました。
その一つは当メーリングリストからも2017年9月15日に紹介しています。
http://www.emalliance.org/education/dissertation/2017915-journal
そこで今回、総患者数167万人(!!!)のデータベースを解析し、失神で救急外来を受診した患者のうち90日後に肺塞栓の診断がついていた患者が何%いたかを確かめる研究が実施されたのです。
入院適応の違いや、診断をつけるための保険診療の違いなどを是正する目的で、カナダ・デンマーク・イタリア・アメリカの4ヶ国の5つのデータベースを利用しています。

来院90日後の結果は・・・
・失神で救急外来を受診した患者のうち0.14%~0.83%に肺塞栓の診断がついていた。
・失神で入院した患者のうち0.35%~2.63%に肺塞栓の診断がついていた。

との結果でした。
どうでしょう、これなら腑に落ちる数値ではありませんか?


N数が多く外的妥当性が非常に高いですので、これが現時点での標準的な診断率と言えると思います。
もちろん後方視的な研究ですので、データの中にどれだけ見逃しが含まれているのか厳密にはわかりません。


一方でPESITの様にアルゴリズムに沿って自動的に造影CTを撮影する様な前向き介入研究のアプローチでは、これまで誰も指摘できなかったような肺塞栓を診断できているのかもしれません。
しかし慢性の肺塞栓などを誤って拾い上げた偽陽性の可能性も指摘されています。
またオーバーな診断や治療は、不必要な放射線被曝や造影剤アレルギー・不適切な安静指示や抗凝固薬投与などのデメリットも考えられるわけです。

どちらの研究が正しいということはありません。
ただ診断・治療のみならず、研究手法においても「Less is more」のメッセージが聞こえてくるような時代がやってきているのかもしれませんね。


※なお、共著者にEM AllianceやJEMNETで精力的に活動されているマサチューセッツgeneral hospitalの後藤匡啓先生や長谷川耕平先生が名前を連ねています。日本人の救急医が、これほどに質の高い研究で世界の医療を引っ張っていることに励まされますね。



②Adjunctive Glucocorticoid Therapy in Patients with Septic Shock
NEJM. 2018 Jan 19.

「敗血症性ショックに対するステロイド投与は有効か?」

皆さんお待たせしました。このテーマにおいて多くの医療者が最も待ち詫びていた「ADRENAL Trial」がとうとう報告されました。
このテーマにおいて最大規模のRCTで、3800名もの人工呼吸呼吸管理中の敗血症性ショックの患者をプラセボ群とヒドロコルチゾン1日200mg持続投与群にランダム化したものです。

Primary outcomeから紹介すると
・90日後の死亡率に有意差なし(オッズ比0.95, 95% CI 0.82-1.10)
でした。

これまで多くの論争を巻き起こしてきた敗血症性ショックに対するステロイド投与ですが、今回である程度の結論が導き出されたと考えられます。


敗血症に対する少量ステロイド投与に関しては、これまで肯定的にも否定的にも捉えられてきました。

特に有名なのはFrench Trial、CORTICUS Trial、HYPRESS Trialの3つです。
2002年のFrench Trialは300名ほどの敗血症性ショックの患者を対象にRCTを行ったものです。rapid ACTH試験に反応しなかった患者においては、少量ステロイド投与は28日後の生存率を改善したという結果でした。
2008年のCORTICUS Trialでは500名ほどの敗血症性ショックの患者を対象にしましたが、ステロイド投与群に28日生存率の改善はありませんでした。
CORTICUSとFrenchの違いとして、CORTICUSの方が患者の重症度が低めで、ステロイド投与開始が遅かったことなどが指摘されています。
2016年には(以前の定義の)重症敗血症の患者を対象としたHYPRESS Trialが発表され、ステロイドを投与しても敗血症性ショックへの移行を予防できないという結論がでています。

これらのTrialの集積として、「重症度が比較的高くない敗血症にはステロイドは効かない。しかし輸液にも循環作動薬にも抵抗性の敗血症性ショックに限っては、ステロイドを追加しても良いかもしれない」という弱い推奨がなされるようになりました。
2015年のCochrane DatabaseのSystematic Reviewや2016年の日本版敗血症診療ガイドラインでは、エビデンスは不十分ではあるものの弱い推奨をするという結果に終わっています。

多くの方がこの結論をある程度受け入れている状況だったのではないでしょうか?
しかし、この分野のmeta analysisはあくまでも少数のTrialの集積として導き出された結果ですので、いまだに症例数がやや多めであった2002年のFrench Trialの結果に大きな影響を受けいていると言っても過言ではありません。
2002年といえばEGDTの普及の前で、その後の15年で敗血症診療は大きく改善しています。

今回、オーストラリア、UK、ニュージーランド、サウジアラビア、デンマークの5か国で、3800名という桁の違う人数を対象に、質の高いRCTの結果がでたのは嬉しいことです。


結論としてステロイド投与では90日後生存率は改善しなかったわけですから、今後はステロイド投与は減っていくものと思われます。
一方で、Secondary outcomeのショック離脱や人工呼吸器離脱までの期間はステロイド投与群で1日ほど早くなっています。(なお再挿管を含めれば人工呼吸器使用期間は有意差ありません)
また輸血投与の割合もステロイド投与群で少なくなっています。

このような結果をみて、少しでもショック離脱を早くしたいという想いでステロイドを追加する先生も多いと思います。
逆にステロイド投与は見かけ上の重症度を改善するが、根本的な改善につながらないと解釈する先生も多いと思います。
また「90日を過ぎた長期予後は?」「ICU-AWの差は?」など、今回のStudyだけでは分からない観点も多くあります。


とりあえずの結論は出ましたが、やはり議論は収まらない事でしょう。
皆さんの施設では、ADRENAL Trialを読んでどのような議論が生まれていますか?
共有して頂けると幸いです。


福岡徳洲会病院
鈴木裕之