2019.11.14

EMA症例90:10月症例解説

 参加いただいた皆さん、ありがとうございました。今回は40名ほどの回答をいただきました。

図:回答いただいた方の属性

 今回の症例は、自生のキノコを食べたという病歴が明確です。当患者は肉や魚介類なども摂取していますが、第一にキノコによる中毒を考えるでしょう。その上で、必要な対応や治療について質問させていただきました。

 まず質問への皆さんの回答をお示しします。

 質問1:追加したい問診・検査としては、「食べたキノコについての情報を集める」という回答が最も多かったです。「色」や「形」に加え、「実物を持ってこられるか?」「写真はあるか?」等の意見を多くいただきました。「瞳孔所見」「発汗の有無」「腹部エコー/腹部CTを行う」が続きました。

 質問2:今後、どのような症状・障害を生じる可能性があるか?については、回答が多岐にわたりましたが、複数名から回答をいただいた項目を以下に示します。

表:「今後、どのような症状・障害を生じる可能性があるか?」への回答

キノコ中毒では、
・著明な肝障害
・肝機能障害に加え、中枢神経症状、痙攣
・抗コリン作用があり、ムスカリン刺激による症状
などの特徴的な中毒症状を呈するものがあり、それらを念頭に置いた回答が並びました。さすが皆さん!

<キノコによる食中毒>
 キノコは非常に多くの種類があります。気温・湿度などの条件がキノコの発生に適している日本では、約1,500種類のキノコがあり、そのうち有毒なものは約30種類といわれています1)。「生えているキノコを食べる人なんているの!?」と思われるかもしれませんが、厚生労働省のHPに掲載されている「過去のキノコを原因とする食中毒発生状況」によると、毎年50~100名程の患者が報告されており、稀ながら死亡例もあります2)。最も患者数が多いのは10月で、もしかしたら皆さんの働く救急外来へやって来るかもしれません! 夏の気温が高く、その後の適度な降雨があり、朝晩の気温が低下すると多くのキノコが発生する、と書かれています2)
 同じHPのデータによると、最も多く報告されているのが「ツキヨダケ(Lampteromyces japonicus)」、続いて「クサウラベニダケ(Entoloma rhodopolium)」です。今回の原因は、後に「オオシロカラカサタケ(Chlorophyllum molybdites)」と判明するのですが、オオシロカラカサタケによる食中毒は平成20~29年の間に25例(患者数)の報告がされていました。なお、オオシロカラカサタケのカサの形は、幼い時は球形をしており、やがて平らに開いていくのだそうです。(写真はWikipediaからですが、ご参考までに。)

 これらはいずれも、Acute gastroenteritis without liver failure(肝不全を伴わない急性胃腸炎)を生じるタイプで、摂取してから短時間(30分~3時間)で発症する激しい消化器症状(嘔吐、下痢、腹痛)が典型的です。著明な嘔吐・下痢によって生じる脱水や電解質異常を補正するための補液が必要となりますが、基本は対症療法。幸い死亡例は稀で、およそ6時間~1日以内で症状は軽快するとされています3,4)

<重度の症状を引き起こすキノコ>
 むしろ気を付けなくてはならないのが、より重度の症状を引き起こし、死亡率も高い毒キノコとの見分けが非常に困難である点です。代表的なものとしては、アマトキシン群のシロタマゴテングダケ、ドクツルタケが挙がり、厚生労働省からの報告にも死亡例が記載されています5)
 アマトキシン群の場合も、最初に出現するのは消化器症状(嘔気・嘔吐、下痢、腹痛)ですが、典型的には摂取から6~24時間ほどで発症するとされます。つまり、オオシロカラカサタケを含む急性胃腸炎タイプよりも、発症までの時間が長いのが特徴です。消化器症状自体は軽快しますが、その後の1~2日で、重症の肝障害や脳症を生じ、遅発性の肝不全により致死的となる可能性のある毒キノコです。治療としては、補液に加え、摂取から1時間以内であれば胃洗浄、活性炭の繰り返し投与が推奨されています。またNアセチルシステイン(アセトアミノフェン中毒に行うのと同様)の投与が勧められ、早期の血液浄化療法も検討されます。最重症例では肝移植が必要となる程の肝不全を生じます1,4,6)。そのため、検査としては、来院時点で肝機能や凝固機能をチェックしておく必要があります。

その他、特徴的な中毒症状を生じるキノコには以下のようなものがあります。

Gyromitra esculenta:
「シャグマアミガサタケ」という猛毒のキノコです。ヨーロッパでは毒抜きをして食用とする国もあるそうですが、専門的な知識がなければ容易に口にすべきではない強い毒性のキノコです(写真は文献7より)。
重症の肝障害に加え、中枢神経症状、痙攣を生じることが特徴です。
痙攣を生じる機序は、イソニアジドと同様のピリドキシド欠乏、グルタミン酸脱炭酸酵素の阻害とされています。そのため治療には、ベンゾジアゼピン+ピリドキシン5g ivを用います。

Clitocybe dealbata:
「カヤタケ属」の一種のキノコです。抗コリン作用があり、ムスカリン刺激による以下の症状が出現します。唾液分泌、流涙、失禁、下痢、胃腸障害、嘔吐、徐脈、気道分泌過多、気管攣縮、腹痛、縮瞳。(有機リン中毒の症状と同じですね。興味がある方はぜひ、以前のEMA症例もご覧ください!)
https://goo.gl/KBGSkT
死亡例は稀ですが、抗コリンの症状が強い場合は、治療にアトロピンを使用します。

<キノコ中毒の対応>
 今回の症例では、キノコを摂取してから1時間も経たないうちに消化器症状が出現していることから、急性胃腸炎症状のみを起こすタイプだろうと推測はされました。また、患者が食べたというキノコを持参しており、インターネットで検索したところ、オオシロカラカサタケの外観に一致しているように思われました。しかし、キノコ中毒は、
・キノコの種類が多い上、同種でも地域や季節により外観が異なることがあり、その鑑定は容易ではない。
・複数の種類のキノコを食べている場合もあり、鑑定のために提出されたキノコが中毒の原因であるとは限らない。
・潜伏期の長いものもあり、キノコ中毒との診断さえ難しい場合もある。
という特徴があるため、より毒性の強いキノコを想定して対応することが推奨されています8)

 さらに、「摂取したキノコを救急医が特定することは現実的でなく、中毒センターや菌類の専門家にリアルタイムで相談するべき」であり、「医療者によるインターネットでの鑑別は推奨しない」とされています4,6)。診療に当たった際、このことを知らなかったのですが、勉強していく程に、非常に似たような外観のキノコがあること、また一つの種類でも同じものとは思えないくらいに違う外観を呈する場合があることが分かり、容易に鑑別すべきでないことを実感しました。皆さんが回答してくださった通り、キノコについての情報(および実物)を集めることは重要ですが、特定は容易でなく、専門家にゆだねるべきということも知っていただければと思います。

 救急外来での対応をまとめると、嘔吐・下痢といった消化器症状に対して補液などの対症療法をしながら、意識状態・全身状態のモニタリングを行います。一般的な血算・生化で肝機能をチェックし、凝固機能も検査しておきましょう。キノコの種類の鑑別は容易でないことを知り、早急に専門家への相談をしつつ、遅発性の肝不全が否定できない場合には、活性炭やNアセチルシステインの投与を考慮することも必要です。

 実際の症例でも、『より毒性の強いキノコを想定して対応する』という原則に従い、補液と活性炭投与を行って入院加療としました。肝機能障害の出現がないか、血液検査をフォローしましたが、幸い何事もなく退院できました。
 また、食中毒として保健所への届け出も必要です。(食中毒を診断した/疑った場合、医師は24時間以内に保健所長へ届けることが必要です。最寄りの保健所へ電話しましょう。)本症例では、患者さんの持参したキノコとともに報告し、オオシロカラカサタケで間違いないという回答を得ております。

Take Home Message
●致死的になるキノコ中毒がある。
●「摂取から6~24時間後に消化器症状、数日後に重症の肝障害や脳症」という致死的な経過があり得る。
●キノコの鑑別は非常に困難。重症になり得るものとして対応しよう。

参考文献
1) 松村謙一郎,他:劇症肝炎の経過をたどったアマニタトキシン中毒の1症例.肝臓. 1987; 28: 1123-27.

2) 厚生労働省 健康・医療「毒キノコによる食中毒に注意しましょう」(参考)過去のキノコを原因とする食中毒発生状況
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/kinoko/

3) Paul F. Lehmann, et al: Mushroom poisoning by Chlorophyllum molybdites in the Midwest United States, Cases and a review of the syndrome. Mycopathologia. 1992; 118: 3-13.

4) UpToDate; Clinical manifestations and evaluation of mushroom poisoning.

5) 厚生労働省 自然毒のリスクプロファイル
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/poison/index.html

6) Ron M. Walls: Rosen's Emergency Medicine, Concepts and Clinical Practice 9th Edition. Mushrooms, p1968-1972.

7) Keahi M. et al. StatPearls [Internet]. Gyromitra Mushroom Toxicity.

8) 財団法人 日本中毒情報センター中毒情報[きのこ(概要、全般)]Ver.1.03