2019.11.14

EMA症例86:6月症例解説

6月症例の解説です。
皆さん、たくさんのご回答ありがとうございました。

今月の症例は、いかがだったでしょうか。
今月の症例は、上背部痛から始まり右上肢の感覚鈍麻が出現してきた高齢女性で、一緒に見ていた研修医が脳血管障害を考慮した診療を開始していた、というものでした。
↓ 症例編を見ていない方は、症例編からどうぞ ↓
http://www.emalliance.org/education/case/shorei86

 『急性発症の疼痛後に何らかの神経症状を来したこと』が、本症例での非常に大切なポイントでした。では、臨床の流れに沿って、質問1から解説していきます。

【上背部痛と神経症状へのアプローチ】
 まずは、皆さんの症例へのアプローチを見ていきましょう!
質問1:まず初療開始時、頭部MRI検査以外に行いたい検査は何ですか?

 心血管疾患の除外目的に行う、心電図や心エコー、胸部レントゲン検査、造影CT検査といった検査がほとんどを占めました。基本的なことになりますが、主訴が「上背部痛」の場合でも、「胸痛」を訴える患者と同様に「致死的な胸痛」を常に除外していく必要があります。すなわち、急性心筋梗塞や急性大動脈解離、緊張性気胸、肺塞栓症、特発性食道破裂の除外のための検査が、病歴や身体所見に応じて必要になってきます。

    Point①『急性発症の上背部痛でも
        「致死的な胸痛」の除外が必要!』

 また、本症例は神経症状もあり、研修医は脳卒中を疑ったアプローチをしていました。近年では、急性期脳梗塞に対する組織型プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)投与や脳血管内治療の普及により、急性期脳梗塞に対する救急外来での意識も高くなり、さらに迅速な診療体制も整えられてきました。その一方で、より一層時間的制約を受けた中での脳卒中の診察が求められるようになったため、Stroke mimics(脳卒中もどき)と言われる脳卒中様の臨床像を呈する脳血管障害以外の疾患を念頭に置いた診療も重要になってきます。

【Stroke mimics(脳卒中もどき)】
 Stroke mimicsは、脳卒中ではないが脳卒中類似症状を呈する疾患を呼び、低血糖などの代謝性疾患から脳神経疾患、精神科疾患などさまざまな病態が最終診断になっています。これに対して、脳卒中らしくない所見からは他疾患が考えられていましたが、最終的には脳卒中であったものをStroke chameleonsと呼んでいます。
 Stroke mimicsの頻度について、海外の報告1,2)では脳卒中が疑われた患者の1.8-31%にいるとばらつきがみられますが、日本では6.7-8.8%との報告3,4)もあり、それくらいが実臨床に一致した印象があるではないでしょうか。やはり、脳卒中が疑われる患者さんの診療を行う際にはStroke mimicsも念頭に置いた診療が必要となります5)。また、急性大動脈解離などのStroke mimicsを脳梗塞と判断し、t-PA治療を開始すると病態を悪化させてしまうため、stroke mimicsを見極める必要があります。
 Stroke mimicsに含まれる疾患は以下の通りです。日本でも海外でも症候性てんかんが最も多いとされ、その他には低血糖などの代謝性疾患をはじめ、ヒステリーや解離性障害などの精神科疾患や、急性大動脈解離、薬物中毒、感染症と多彩な疾患が挙げられます5)


             5)神谷雄己. stroke mimicsをいかに鑑別するか.
                   Medicina. 2016;53:262-5.を一部改変

    Point②『脳卒中の診療ではStroke mimicsも
     念頭に置いた診療が大切!』

【本症例での鑑別】
質問2:上記の症例で最も疑わしい疾患を1つ挙げてください。
質問3:鑑別診断を踏まえて必要な追加検査があれば記載してください。
では、早速皆さんの回答からみていきたいと思います。

 多くの方が血管病変を最も疑う疾患に挙げ、Stroke mimicsの中でもよくある落とし穴の急性大動脈解離も挙げていただきました。上記以外にも高安病や胸郭出口症候群なども挙げていただきました。それらを考慮し、追加検査では脊髄MRI、CT再検や血管エコー、頭部MRIフォローなどを挙げてもらい、その他には経食道エコーなども挙がりましたが、追加検査なしの方も多くいらっしゃいました。

【本症例の経過・・・】
 本症例でもStroke mimicsを念頭に置きながら、心血管病変の除外と脳卒中の診療を並行して、心電図や心エコー検査、頭部CT・MRI、体幹部造影CT検査などの検査を進めていました。そこで、研修医から相談を受けた上級医が本人に再度問診し、急性発症の上背部痛の後に進行する神経症状が出ていることを確認し、“あの疾患じゃないの?”と再度造影CTを見始めました。もう一度、CT画像を出します。どうですか、何か気づきましたか?

<造影CT(再掲載)>

そうです!造影CTで脊柱管の中に高吸収域の占拠性病変があります!
追加検査として脊髄MRI検査を行うと・・・

<脊髄MRI>

MRIでC4−Th3レベルに脊髄硬膜外血腫を認め、特発性脊髄硬膜外血腫の診断となりました!診療の経過中に左下肢の運動は改善したものの、右下肢不全麻痺は持続しており、症状が進行していることから整形外科に入院し、緊急血腫除去術を行う方針となりました。術後、麻痺や感覚鈍麻はほぼ改善し、経過良好でリハビリ病院に転院となりました。まさにStroke mimicsにはまりそうになってしまいました。
       『最終診断:特発性脊髄硬膜外血腫』

【特発性脊髄硬膜外血腫】
<概要>
特発性脊髄硬膜外血腫は、発生率が年間0.1人/10万人の稀な疾患とされていましたが、近年の画像検査の進歩により報告例は増えています。また、原因として外傷や血液凝固異常、血管奇形、妊娠、カイロプラクティック、発症直前のいきみなどが挙げられています。その他に抗血栓薬内服も原因として挙げられており、脳塞栓症予防の直接経口抗凝固薬(DOAC)の処方が増えていることから、今後さらに報告例が増える可能性があり注意が必要です。特発性では全脊椎レベルで起こりえますが、下部頸髄から上部胸髄レベルと下部胸髄から上部腰髄のレベルの硬膜嚢の背側外側に好発すると報告されています6,7,8)

<症状>
臨床症状としては、血腫の存在するデルマトームに沿った急激な疼痛より発症 することが多く、続いて神経根あるいは脊髄の圧迫による運動障害、感覚障害が急速に進行するのが特徴です。重症例では、発症から手術までの時間が神経学的予後を規定するとされています9)

<検査>
本疾患のほかに、急性大動脈解離や椎骨動脈解離などが鑑別に挙げられ、特に急性大動脈解離の除外目的でCTが最初に撮像される場合が少なくありません。脊柱管内はCT読影では見落としやすい部位でありますが、上記のような症状があった際には、本疾患を念頭におき注意深く脊柱管内を観察する必要があります。また、脊髄MRIは非常に感度の高い検査であり、最初の24時間では血腫はT1強調画像で等信号、T2強調画像で高信号に、24時間以降はT1,T2ともに高信号になります。

<治療>
治療は、外科的治療と保存的治療のどちらかの選択となります。現時点では手術適応や実施時期についての明確な基準はありません。これまでの提言では、脊髄ショックを考慮し麻痺発症から16時間は経過観察とし、回復がなければ25時間以内の手術を勧めている報告や、完全な神経障害症例では発症後36時間以内に、不完全な症例では発症後48時間以内に減圧術を施行することで、神経学的予後が改善するという報告もあります。しかし、保存的加療の報告例も多く、麻痺出現後6-8時間で麻痺の改善兆候が見られるものに限れば保存的加療の適応となるとの報告例もあります9 ,10,11)

いずれにしても疑わないと始まらないStroke mimicsの一疾患であり、特徴的な病歴や身体所見の際には、積極的に脊柱管内を意識した検査を行っていく必要があります!

<まとめ>
①急性発症の上背部痛でも「致死的な胸痛」の除外が必要!
②脳卒中の診療ではStroke mimicsも念頭に置いた診療が大切!
③頚部~背部痛とデルマトームに沿った放散痛、そして脊髄圧迫神経症状を認める際には、特発性脊髄硬膜外血腫を鑑別に挙げる!

【参考文献】
1) Wilkins SS. A Functional Stroke Mimics: Incidence and Characteristics at a Primary Stroke Center in the Middle East. Psychosom Med. 2018;80:416-421

2) Tobin WO. Identification of stroke mimics in the emergency department setting. J Brain Dis. 2009:31;19-22.

3) 急性期脳卒中疑いで救命センターを受診した stroke mimics 症例の臨床的特徴日救急医会誌. 2017;28:190-9

4) 佐藤岳史. 入院となったstroke mimicsの検討. Prog Med. 2014;34:793-9.

5) 神谷雄己. stroke mimicsをいかに鑑別するか. Medicina. 2016;53:262-5.

6) Holtås S. Spontaneous spinal epidural hematoma: findings at MR imaging and clinical correlation. Radiology. 1996;199:409-13.

7) Liao CC. Experience in the surgical management of spontaneous spinal epidural hematoma. J Neurosurg. 2004;100:38-45

8) Forster A. How to identify stroke mimics in patients eligible for intravenous thrombolysis? J Neurol. 2012;259:1347-53.

9) Operative treatment of spontaneous spinal epidural hematomas: a study of the factors determining postoperative outcome. Neurosurgery. 1996 Sep;39(3):494-508; discussion 508-9.

10) 津田智弘. 特発性脊髄硬膜外血腫-7例の検討. 整形外科と災害外科. 2013;62:716

11) 武者芳朗. 急性脊髄硬膜外血腫に対する保存的治療の適応と手術的治療への移行時期. 整形外科.2008;59:1069–75.