2019.11.14

EMA症例85:5月症例解説

5月症例の解説編です!
みなさま、たくさんの回答をありがとうございました。75名の方から回答を頂きました。

【回答4:あなたの属性(職種)を教えて下さい】

その他には内科医や総合診療医の先生、学生、看護師の方も含まれていました。幅広い層の方から回答を頂き、本当にありがとうございました。

今回の症例は診断が難しい中で、意識障害やショックへの対応を要求されるものでした。症例の要約としては以下のようになります。
・特に既往のない40代男性、急性発症の意識障害
・数時間以内に進行するショック、徐脈+血圧低値
・血液検査や画像検査で明らかな異常なし

どのようにアプローチしていったら良いでしょうか?

<気管挿管の際に用いる薬剤>
この症例はショック状態です。今回の症例では「ショックから意識障害に移行した」のではなく、「意識障害にショックも併発した」という経過でしたが、意識障害の原因がわからない段階でも、バイタルサインの安定化が優先されます。気道-呼吸-循環ということで、まずは気道の問題に対応しなくてはなりません。気管挿管をどのように行いましょうか。

【回答1:気管挿管の際に用いた鎮痛薬や鎮静薬】

多かった回答として、3つの群に分かれました。
 1. 何も用いない
 2. 鎮痛薬のみ
 3. 鎮痛薬+鎮静薬 (±筋弛緩薬)
それらに次いで、「筋弛緩薬のみ」「局所麻酔薬のみ」という意見もそれぞれ複数頂きました。

ショック状態であり、血圧低下の可能性のある薬剤は回避したいところです。一方で、脳血管障害や大血管病変が鑑別に残っていれば、血圧の上昇も避けたいところです。そこで血圧変動を最低限にする投薬の一例を挙げます。

<表1:血圧変動を最低限にする投薬の一例>

実際にはリドカインスプレーによる局所麻酔のみで気管挿管を行いました。振り返れば、上記のような鎮痛薬と、嘔吐による誤嚥を避けるという意味で筋弛緩薬も考慮してもよかったと考えます。なお、これらの投薬を行うにあたって、急性中毒を疑う場合には、投薬前の血液や尿検体を確保しておくと診断に役立ちます。

<原因不明の意識障害>
全身状態の安定化と同時に診断も考えなくてはなりませんが、決定的な情報が少ないため、どこを切り口にするか悩むところです。
まずは先行していた意識障害の鑑別から考えてみましょう。鑑別の覚え方と言えば、”AIUEOTIPS”ですね。

<表2:意識障害の鑑別 “AIUEOTIPS”>

今回の意識障害の原因ですが、ショックに至っているので、単純な精神疾患やけいれんは否定的です。さらに血液検査と画像検査の結果をふまえて除外していきます。すると、残った鑑別の中で可能性を考慮すべきものは以下のようになります。

 A:アルコール
 O:一酸化炭素
 T:外傷、中毒
 I:感染 (髄膜脳炎など)

「中毒」というキーワードが多く残っていることに気がついたことと思います。
パールとして、以下を引用します。
『原因不明の意識障害をみたら急性中毒も念頭に入れる』
 (急性中毒診療レジデントマニュアル 第2版 p.2)

「急性中毒が疑わしい」症例にどのように立ち向かうか、考えていきましょう。

<診断のために行う検査や情報収集>
急性中毒は十分に疑わしい状況ですが、その他の鑑別も無視できません。

【回答2:診断のために追加で行いたい検査や情報収集】

意識障害の鑑別のために重要な検査や、中毒に関する情報を複数挙げて頂きました。釣った魚に関する情報に着目された方が多かったです。診断のためには、解決の糸口を探しつつも重篤な疾患を除外していく必要があります。また、今回のような急性経過であれば、頚椎を含めた外傷の検索は重要です。
蜂窩織炎などCTで捉えにくい感染症の検索も行っておくべきでしょう。抗菌薬の使用については議論の余地はありますが、血液培養を提出しておくことは診断に役立つ可能性があります。その他、やはりこの症例では髄液検査を考慮すべき状況と考えられます。細菌性髄膜炎が疑われる状況であれば、血液培養を採取しつつ、早期に髄液検査に踏み切るのも重要です。

アルコールやビタミンB1という回答も頂きましたのでおさらいしておきましょう。
ERで意識障害といえば、「Do DONT」という合言葉がありましたね。意識障害の原因の中でも、すぐに診断できるものに対して投与する薬物です。

<表3:”Do DONT” (意識障害患者にはまずDONTをせよ)>

なお、初回画像検査で異常を指摘できなくても、感染症、脳血管障害や大血管病変については、安易な除外は慎むべきです。肺炎などの画像所見が遅れて出てくる場合や、脳幹梗塞など初期には画像所見がわかりにくい場合があるためです。その他の情報収集を並行して行い、それでも診断がつかない場合に、数時間~半日ほど時間をあけて画像検査などの再検 を行うという方針もやむを得ないでしょう。

<はたして診断は?>
症例のその後の経過を示します。
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紹介搬送され自院到着してから2時間。全身管理を行いつつ原因検索を行いましたが、ER到着時の尿検査でTriage DOA®は全て陰性。血液培養採取も行い、全身観察でも外傷や皮疹などはみられませんでした。全身状態安定後に髄液検査を施行しましたが、圧や性状、細胞数に異常はみられませんでした。

ER担当医の心の声
「血液検査でも画像検査でも異常がない意識障害…。痙攣がないどころか四肢は弛緩性麻痺で、散瞳もみられている…。徐脈・低血圧もあり自律神経の異常もある?もしかして!」

家族に自宅状況の確認をお願いしたところ、釣った魚を自ら調理して夕食とした形跡があり、残った魚には以下の写真と似た魚が含まれていました。

©eyeblink / 123RF.com
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現物を見れば一目瞭然ですね。クサフグを食べたことによるテトロドトキシン中毒症例でした。

<急性中毒の全身管理>
さて、フグ毒と判明していようとしていまいと、全身管理は行わなくてはなりません。集中治療室での全身管理について、みなさまの回答を示します。

【回答3:集中治療室での全身管理について】

循環作動薬としてはノルアドレナリンが多く挙がりました。教科書的には「徐脈+血圧低値→ドパミン」とよく記載がありますが、時流を反映しているのでしょうか、興味深い結果となりました。敗血症でよく用いるため、使い慣れていることが一因かもしれません。ちなみに今回の症例で担当医はノルアドレナリンを選んでいましたが、「当初は敗血症を考えていた」「確かにドパミンでも良かったかも」とのことでした。

現場状況のはっきりしない急性中毒は診断が困難です。すなわち、診断がつくまでの「時間稼ぎ」としても全身管理を行う必要があります。急性中毒の全身管理のポイントは“AB&3Cs”です。これは急性中毒のみならず、一般的な内容を含んでいます。

<表4:急性中毒の全身管理 “AB&3Cs”>

<フグ中毒>
フグに毒があることは有名ですが、フグ中毒は現在でも年に数例の死亡例が報告され、ほとんどが素人調理を原因としています。フグ毒には種類差、臓器差、季節差、地域差、個体差があり、そしてそもそもフグ種の見分けが難しいことからも、フグの無免許調理は各自治体の条例で規制されています。

フグ種による有毒部位の違いですが、例えばよく食用とされるトラフグでは、皮や肉は無毒で、肝臓や卵巣に毒を持ちます。一方で、ショウサイフグやクサフグは肝臓や卵巣はもちろん、皮や肉にも毒を含みます。

<表5:マフグ科の魚の部位による毒の強さの比較>

「菜種フグ」という俳句の季語にもなっている言葉があります。これはフグの種類ではなく、季節により毒性が異なることから生まれた言葉です。5~6月の産卵期に向けて各臓器の毒量および毒を持つ頻度が上がっていき、7-11月の無卵期にはかなり下がります。菜の花が咲く頃、つまり晩春にはフグの毒性が強まるため、「菜種フグは食うな」につながるわけです。(無毒部位は季節に関わらず無毒です。)

【図1:毒性の頻度 (谷巌 博士による)】

 ※ 検査個体のなかの 有毒個体数 / 検査個体数 のパーセント
(神奈川県ふぐ協会ホームページよりhttp://www.fugu-kanagawa.jp/html/chishiki-doku.html)

このあたりの知見は、昭和10年代の福田得志、谷巌 両博士によるフグ毒の中毒的調査研究に基づいています。残念ながらフグ中毒症例の季節ごとの重症化頻度を検討した先行研究は発見できませんでしたが、興味深いところではありますね。

ところで、今回の原因となったクサフグですが、青森から沖縄まで幅広く生息し、釣りを趣味にしている人にとってはエサや仕掛けを奪っていく「外道」として知られています。今回の症例では、回復後の聴取で、「カワハギと思ってキモ(肝臓など)まで食べてしまった」とわかりました。カワハギはフグ目ですが無毒で、その身もキモも美味しく人気があります。よくみるとクサフグとは形も模様も違うのですが、慣れていないと見間違えることもあるようです。

さてそんなフグ中毒、死因のほとんどは呼吸筋麻痺による換気不全です。
テトロドトキシンは神経のNaチャネルに作用して、運動・知覚・自律神経の刺激伝導を遮断するので、運動麻痺、知覚障害、自律神経障害の全てを起こしうるのが特徴です。軽症例ではしびれや消化器症状で済みますが、重症になると弛緩性麻痺や散瞳がみられます。最重症に至ると本症例のように徐脈・低血圧や意識障害も起こり得ます3,4。
最重症では脈が触れにくく、意識障害も伴い瞳孔も開くため、昔は死亡診断が誤ってなされた経緯もありました。なおブードゥー教では仮死状態を意図的に作り出すゾンビパウダーとして、敢えてこれを利用していたらしいです5。薬物中毒が疑われるときは脳死判定してはならないとされますが、これは肝に銘じる必要があります。

治療は、摂取後1時間以内であれば胃洗浄を考慮します。活性炭も早期であれば有効です。毒の分布容積は大きいため、利尿や血液浄化療法の効果はほとんど期待できません。
解毒拮抗薬はありませんが、テトロドトキシンは多くが未変化体として尿から排泄され、消失半減期は数時間程度とされます。全身管理をきちんと行えば、ほとんどの症例では5日以内に自然回復します。

診療において、特に重要なポイントは以下の2つです。
進行性の呼吸器症状があれば、気管挿管および人工呼吸管理を行う
麻痺があっても最重症に至るまでは意識が保たれており、適切な鎮静・鎮痛を行う

フグ中毒は、血清や尿からテトロドトキシンが検出されれば診断確定です。「食中毒」であるため、疑った時点で速やかに保健所へ連絡する必要があります。入院後24時間畜尿で得た尿検体(常温保存可)を保健所に提出するとよいようです。

<その後の経過>
今回、搬入後2時間までには、人工呼吸器装着、A-lineと中心静脈路を確保し、ノルアドレナリン 0.1mcg/kg/hr持続静注により循環動態は維持できていました。念のために翌日全身CT再検行いましたが明らかな異常はみられず、追加病歴からフグ中毒を疑ったことからそのまま経過を見る方針としました。人工呼吸管理中はフェンタニル持続静注を行い、血圧回復後はデクスメデトミジンを併用しました。
入院後24時間以内に循環作動薬は不要となり、第3病日には意思疎通可能、自発呼吸回復し抜管、後遺症無く第6病日に独歩退院できました。
症例の振り返りとしては、ERでの気管挿管時に鎮痛をしっかりできておらず、その点が悔やまれました。

<まとめ>
・原因不明の意識障害では急性中毒を疑う (鑑別に挙げることがスタートライン!)
・フグ中毒では運動麻痺、知覚障害、自律神経障害の全てを起こしうる
・急性中毒(疑い含む)の全身管理のポイントは ”AB&3Cs”
・気管挿管時、(フグ中毒では特に!) 適切な鎮静・鎮痛を忘れずに

<参考文献>
1) 相馬一亥(監修), 上條吉人(執筆), 臨床中毒学 初版. 医学書院, 2009
2) 相馬一亥(監修), 上條吉人(執筆), 急性中毒診療レジデントマニュアル 第2版. 医学書院, 2012
3) How CK, Chern CH, et al. Tetrodotoxin poisoning. Am J Emerg Med 2003; 21(1): 51-4.
4) Isbister GK, Son J, et al. Puffer fish poisoning: a potentially life-threatening condition. Med J Aust 2002; 177: 650-3
5) Tara C Smith. Zombie infections: epidemiology, treatment, and prevention. BMJ 2015; 351: h6423.