2019.11.14

EMA症例84:4月症例解説

たくさんの回答をいただきありがとうございました!
内訳は、救急医4割弱、救急後期研修医、救急以外の後期研修医、初期研修医がそれぞれ1割強、他に内科、小児科、産婦人科の先生方や学生さん(高校生まで!)といった感じでした。

さて4月は、17歳女性がアルバイト中に突然痙攣し救急搬送された症例でした。
もっともコモンなのはてんかん発作だろうけど、よく見るとなんだかお腹が膨らんでいて腹部超音波でも何かが見える・・・!?というところがひっかかりましたね。

まずみなさまの回答のまとめから見ていきましょう。

質問③ 現時点で疑わしい診断は?

(※1: RCVS=Reversible cerebral vasoconstriction syndrome)

5割くらいが子癇発作/妊娠高血圧症候群、少し割れて次に多かったのが抗NMDA受容体抗体脳炎でした。両方鑑別にあげてくださった方も数名いらっしゃいました。
臨床現場では常に、他の鑑別も頭に浮かべながら検査、治療を行なっていくので、これだけたくさん挙げていただけると勉強になりますね!!

この鑑別を反映して、質問①,②,④の回答は以下のような結果でした。
質問① 気道・呼吸・循環を確認後、まず行いたい初期治療は?

質問② あなたの所属する施設の夜の救急外来で可能で、まず追加したい所見・検査はありますか?

質問④ 質問①で行なった初期治療で痙攣の再出現はないようです。この後の対応は?

今回は、腹部超音波の所見が静止画で1枚しかなかったところがややこしかったかもしれません。
ポンとお腹にプローベをあてたら見えた所見です。
「腹水がある!」と間違えそうになりましたが、よく見ると羊水と胎児でした。

腹部の触診をしてみると、子宮底の高さはおへそと心窩部の間くらいだったので、妊娠20週は間違いなく超えているだろうと予測され、子癇発作の診断でマグネシウム6gの静注を開始し緊急で産婦人科コンサルトとなりました。
産婦人科にて引き続きマグネシウムの持続点滴と血圧管理が開始されました。

ちなみに次点で多かった抗NMDA受容体抗体脳炎は卵巣奇形腫をもつ若い女性に好発する自己免疫性の辺縁系脳炎ですね。超音波所見を卵巣腫瘍と考えた方もいらしたと思われます。
抗NMDA受容体抗体脳炎についての詳細は割愛しますが、妊娠に伴う抗NMDA受容体抗体脳炎は症例報告レベルのかなりレアケースのようです。

【子癇とは】
子癇は妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるものと定義されます。
日本での発症頻度は0.04-0.07%とされています。
危険因子として初産婦、10代妊娠、多胎妊娠、子癇既往、妊娠高血圧症候群、HELLP症候群などが言われています1)
正確なメカニズムは知られていませんが、可逆性の血管収縮、虚血、微小梗塞、脳浮腫などが主な病態とされています。
前駆症状としては頭痛、視覚異常、上腹部痛、悪心嘔吐などが60-75%の患者に認められます2)
HELLP症候群や重症妊娠高血圧腎症が先行する場合が多いのですが、血圧上昇が軽度で尿蛋白や浮腫を伴わないような軽症の妊娠高血圧腎症でも予期せずに起こることがあるので油断はできません。子癇の15%で拡張期血圧が90mmHg以下だったという報告もあります。
子癇は突発性・全身性で、60-90秒持続する強直性間代性の痙攣発作、その後混乱・興奮状態となるのが典型的です。
発症時期は妊娠中17%、分娩中40%、産褥期43%との報告があります3)

【診察・検査】
まず、救急医がどうやって子癇を疑えば良いのでしょうか。
若年女性はいつでも妊娠を疑え、というのは時々忘れがちですが、救急外来ではとても大切な格言です。
次に子癇発作は妊娠20週以降と定義されているので、おおまかな子宮底の高さを知っておけば触診である程度の判断ができるでしょう。
おへそよりも子宮底が低ければ子癇発作の可能性も低くなり、たまたま妊娠もしていた、と考えられます。
CRL(頭殿長)、FL(大腿骨長)、BPD(児頭大横径)、AC(腹部周囲長)といった妊婦健診で産婦人科医が測るような細かい胎児測定はできなくても十分に戦えます。


(文献4より引用)


(文献5より引用。左から妊娠20週、30週、40週)

この腹部膨隆は個人差もありますし、現場でぱっと見ただけではわからないこともあり、救急隊が気づかず搬送してくることも十分ありえます。
(妊婦さんを見慣れていない方は、「妊娠〇〇週、お腹」で画像検索をすると、たくさんの妊婦さんが画像をアップしているので、暇な時にちょっとみてみても良いかと思いますよ。)

妊娠していること、妊娠20週を超えていそうなことが判明した場合、特にてんかんや頭蓋内疾患などの既往がなければ(不明であれば)子癇発作としてマネジメントを開始してよいでしょう。
前述の通り、HELLP症候群や重症妊娠高血圧腎症が先行する場合が多いので、それに対して血液検査や尿検査を行います。具体的にはみなさんに挙げていただいた通りです(HELLP:Hemolysis, Elevated Liver enzymes, Low platelets)。
長くなってしまうので、HELLP症候群や妊娠高血圧症候群については割愛させていただきます。

鑑別はてんかん、器質的な頭蓋内疾患(脳出血・脳梗塞・脳腫瘍)、中枢神経感染症、自己免疫異常、PRES(posterior reversible encephalopathy syndrome)、RCVS(Reversible cerebral vasoconstriction syndrome)といった一般的な痙攣発作・意識障害の鑑別疾患の他に、羊水塞栓症も挙げられます1,6)
痙攣発作や意識障害が遷延する、血圧高値が持続する、左右非対称など上記疾患が否定できない場合は、頭部CTや髄液検査も追加が必要となります。

【治療・マネジメント】
・ABCの管理
痙攣発作の共通のマネジメントとしてABCの管理を行います。子癇発作の間、胎児は頻繁に低酸素血症と関連した徐脈を呈するので、しっかり酸素投与を行いましょう。

・硫酸マグネシウム(マグネゾール®)
子癇発作には硫酸マグネシウム(マグネゾール®)が第1選択となります。
4-6gを生食や5%ブドウ糖に溶解して20分以上かけて静注し、引き続き1-2g/Hで持続静注を行います1,7)
硫酸マグネシウムは妊娠高血圧腎症の妊婦に発症する痙攣を予防する効果もあり、さらに子癇発作における痙攣再発予防に対してはフェニトイン、ジアゼパムよりも効果的です。
硫酸マグネシウムには神経筋接合部の伝達遅延や中枢神経系の興奮抑制作用があります。
マグネシウム血中濃度の治療域は4-7mg/dlで、重要な副作用は高Mg血症による呼吸麻痺、中枢神経系機能低下、心停止です。深部腱反射が正常であれば中毒域に達していることはまれなので、深部腱反射や尿量を保てているか、血中Mg濃度などをモニタリングする必要があります。
過剰投与に対しては拮抗薬のグルコン酸カルシウム1gを2分かけて静注します。7)

・ジアゼパム
硫酸マグネシウムを静注しても止まらない場合、てんかん発作を疑う場合などは通常の痙攣重責の治療と同様、ジアゼパムを追加で投与します。硫酸マグネシウムとの併用では、よりA、Bの管理に気をつけ必要であればAirway保護のため気管挿管も考慮します。

・産婦人科へ緊急コンサルト
子癇発作後は胎児機能不全に陥りやすいので、well-beingの評価をしながら、母体の状態が安定後に適切な方法で児の早期娩出を図る必要があります。胎児徐脈が続く場合などは常位胎盤早期剥離の合併なども考慮する必要があります。どちらの評価も救急医の守備範囲を超えています。
ですので、ABC管理、硫酸マグネシウム投与と同時に産婦人科へ緊急コンサルト、産婦人科のない施設であれば緊急で母体搬送の準備を始めます。1.7)

・降圧療法
痙攣発作が止まっていても、高度な血圧の上昇(収縮期血圧>160mmHg,または拡張期血圧>110mmHg)が持続している場合は降圧療法も考慮しますが、それまでには産婦人科医へコンサルトが終了しており、相談しながら行いたいところです。血圧コントロールの最適域ははっきりわかっておらず明確なコンセンサスは得られておりませんが、二カルジピン、ヒドララジンなどを使用し140-160/90-100mmHgくらいのコントロールが推奨されています1,6,7)

【予後】
2000年の米国の大規模研究では子癇発作に引き続いて起こる母体死亡率は0.6%で、常位胎盤早期剥離、DIC、誤嚥性肺炎、心肺停止などがその原因となっています。胎児の子癇に関連した死亡や重症例の原因は、未熟性や常位胎盤早期剥離でした7)

【Take Home Message】
・妊娠可能年齢の女性を見たら、いつでも妊娠の可能性を考えよう。
・妊娠20週〜産褥期までの痙攣発作は子癇発作と考えて管理を始めよう。

【参考文献】
1) 日本妊娠高血圧学会:妊娠高血圧症候群の診療指針-Best Practice Guide 2015

2) Sibai BM : Diagnosis, Prevention, and Management of Eclampsia. Obstet Gynecol.2005 Feb; 105(2):402-10

3) Ohno Y, Ishikawa K, Kaseki S, et al : Questionnaire-based study of cerebrovascular complications during pregnancy in Aichi Prefecture, Japan (AICHI DATA). Hypertens Res Preg 2013:1:40-5

4) 外傷初期診療ガイドラインJATEC改訂第5版

5) Basic Life Support in Obstetricsプロバイダテキスト

6) 松村真司ら; 妊婦・褥婦が一般外来に来たらエマージェンシー&コモンプロブレム; 総合診療vo.26 no.1 2016-1

7) Bテキスト:内科的合併症:Advanced Life Support in Obstetrics プロバイダテキスト