2019.11.14

EMA症例79:11月症例解説

今月も多くの皆様から症例に対して様々なご意見いただきました。回答者の属性は次の通りです。

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解説をしつつ、皆様からの回答を紹介していこうと思います。

アスファルトってなんだ?
 アスファルトには実は2種類あります。原油が地表に滲出し、長い年月をかけて軽質分を失い、徐々に酸化されてできる天然アスファルトと、石油精製の過程でできる石油アスファルトです。滲み出るほどの原油は日本にはありませんから、普通アスファルトといったら石油アスファルトを指します。減圧蒸留の残油に含まれているものをストレートアスファルトと呼び、これに空気を吹き込んで酸化重合させて固くしたものがブローンアスファルトで、道路舗装に用いられるのは前者、ブロックやタイルにして使用されるのが後者だそうです1)。アスファルトはみなさんご存知の通り、黒色の粘着性のある半固体物質で、加熱すれば軟らかくなり、徐々に液状となる特性があります。とはいえ、しっかりと形成するために道路舗装の場合は140-190℃程度、屋根の加工の場合には210-270℃まで熱せられるということで2)、液状化したアスファルトが皮膚についたらえらいことになるのが容易に想像できます。また冷やすとアスファルトはかなり強く固着するので、変形させたり除去したりということが困難になります。

アスファルト熱傷
 どのくらいの頻度で我々はアスファルト熱傷と遭遇するのでしょうか。毎日道路のアスファルトを踏みしめているものの、実際にアスファルト熱傷の人は診たことがないという人も多いのではないかと思います。なかなか症例がまとまった文献はありませんが、熱傷センターに4年半で入院した1150人中、30人がアスファルト熱傷であったという報告があります3)。熱傷が集まる環境でそんなものなので、やっぱり希少なようです。とはいえ、アスファルト熱傷を負ってしまった人が来ないと言い切れないのがERです。来たら我々はなんとかしなくてはなりません。

何か追加で聞くべきことは?
 多くの方に、追加で聞いておきたいこととして、眼部や咽頭などの症状をあげていただきました。顔面に飛び散っているので、損傷を受けやすい粘膜部分や、機能障害を起こしやすい部位の損傷については気にかけておきたいところです。またアスファルトがエアロゾルになったものが舞っていた場合、眼や気道の刺激感、嘔気、神経過敏を生じるとされますので、要注意です。これに関連して、受傷機転を詳しく尋ねたいという意見もいただきました。加熱した状態のアスファルトをどのように浴びたのか、受傷機転によっては患者さんが気づいていない他の部位の損傷もあり得るので、気にかけていただいたのだと思います。その他、普段こういうことが起こったときにどうしているかという質問もあげていただきました。実は我々が今回伝えたかったことの一つが、この質問の活用法です。ERを訪れる患者さんは、普段医師が扱わないようなものでなんらかの損傷を受けることがあります。意外と、そんなときの対処法は普段からその物質を取り扱っている人の方が分かっていたりするものです。ペンキを被ったとか、特殊な接着剤が皮膚に付着したとか。餅は餅屋ではありませんが、「いつもこんな時どうしていますか?」とたずねてみることで突破口がひらけるかもしれません。

結局アスファルトどうする?
 まずは皆様からの回答を提示します

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  ERにある何か:ポリソルベート、バター、オリブ油、ワセリン
  院内売店の何か:食用油、除光液、酢、
  院内他部所の何か:高圧洗浄、ベンゼン、中性洗剤、オレンジのアロマオイル

 様々な対処法を上げていただきました。ERにバターを常備しているところがあるのかと羨ましく思った次第です。それはともかく対処法ですが、アスファルトを被ったら、とりあえず水をかけることが大切になります。高熱のアスファルトは、その粘着性からその場に留まり続けることになりますので、何もしなければ熱傷が重篤化します。低体温に気をつけつつ、アスファルトをしっかり冷やしてください。しかし、前述の通りアスファルトを冷やすと固まって取れなくなってしまうというマイナス面も発揮してしまいます。取らなくては感染の温床になりますし、無理に皮膚ごと剥がせば当然組織障害を与えることになってしまいます。無理してとっても予後にはそこまで差はないという古い報告もありますが3)、その後の創部の環境を考えれば、除去して管理してあげたいと考えたくなります。
 ではどうやって除去しましょうか。アスファルトはもともと油ですから、有機溶媒に溶けます。したがって溶剤で溶かしつつ拭い取るのが現実的です。そしてアスファルト熱傷においては、固着したアスファルトの下は熱傷を負った皮膚なので、なるべく皮膚に刺激を与えない安全な溶剤を選択したいところです。例えばマニキュアの除光液などは溶剤として使用できるかもしれませんが、アセトンが入っていて、皮膚の損傷部位に使用するには刺激が強いかもしれません。

溶剤は何を使う?
 日本中毒情報センターは、安全な溶剤として「ポリソルベート80」を推奨しています。恥ずかしながら私は初めてこの情報を見た時、「なんだそれは?」となりました。ポリソルベートはエーテルの一種で、乳化剤として軟膏に使われたり、化粧品にも使用されたりしているもののようです。某熱帯雨林みたいな名前の通販サイトでも購入できます。ただし、このやり方は溶剤が大量に必要で、必ずしも病院にあるとは限らないという点で使用が難しくなって来ます。また市販されているものでは、「De-Solv-It」という商品を使うと良いらしいですが、これも常備していないと厳しいところです2)。その他の方法として、ワセリンや鉱物油など病院内で手に入りやすいものでも溶けるみたいです。ただし効率が悪いとのことです4)。一つ、ひまわり油を使うと30分程度で除去できたという報告もあるようですが2)、これも院内で入手可能かどうか難しいところです。手に入りやすいものとしてはバターという手があります。温めて液状にしたバターをガーゼに塗布してアスファルトを包むと、20-30分でタールがガーゼに吸収されるということです4)。この方法を実際に試みた中京病院から日本臨床救急医学会に症例報告が出されていました5)。なぜバターを使ったかというと、やはりポリソルベートが入手困難であったということです。バターは入手可能なのかという疑問はありますが、栄養科に分けてもらうか、近所のコンビニに走るかすればなんとかなるかもしれません。ERに常備しているところは少ないと思います。マーガリンでもいいかどうかはわかりません。ぜひとも試してみて、日本から情報を発信してください。植物性脂肪成分なので、もしかしたら使えるかもしれません。その他、時間がかかるかもしれませんがワセリン基剤の局所抗生剤ならば院内で手に入りやすく、創部に使いやすいでしょう。
 実際のところ、剥がした方が良いかどうかということも含め、どのように対応したらベストかということに答えがないのが現状です。先人の対応を参考に手探りで対応していくしかありません。

除去後は?
 アスファルトを除去した後は、通常の熱傷診療に準じた治療を行うことになりますが、アスファルトの性質上、熱傷が深くなりやすいです。しっかりしたfollow upをしてあげてください。

本症例の経過
 今回、やはり溶剤に悩んだのですが、皮膚科に相談して結局ベンジンを用いて少しずつ溶かして除去を試みました。幸い熱傷の程度は強くなく済みましたが、もっと刺激の少ない方法で除去してあげられたかもしれないという思いも少なからずあります。ちなみに本人にいつもどうしているか聞いたら「トルエンを使っている」とのことでした。トルエンはすぐに用意できませんでした。いつもどうしているかという質問により突破口が開けるかもしれませんと述べましたが、残念ながら開けませんでした。でも聞くのは無料ですし、より刺激の少ない除去方法を提示する会話のきっかけにもなるかもしれません。何かの参考になりましたら幸いです。

まとめ
1. 熱したアスファルトが皮膚に付着したらとにかく水で冷やす
2. アスファルトが冷えて固まったら有機溶剤で溶かす
3. 刺激の少ない溶剤はポリソルベート80!植物油やバターも有効
4. 特殊な物質による損傷は、対応法を相手に聞くのもアリ

参考文献
1) 石油・天然ガス用語辞典
2) Bosse GM, Wadia SA, Padmanabhan P. Hot asphalt burns: a review of injuries and management options. Am J Emerg Med. 2014 Jul;32(7):820.e1-3.
3) Stratta RJ, Saffle JR, Kravitz M, Warden GD. Management of tar and asphalt injuries. Am J Surg. 1983 Dec;146(6):766-9.
4) 日本中毒情報センター アスファルト類 http://www.j-poison-ic.or.jp/ippan/asphalt.pdf
5) 酒井智彦, 中島紳史, 大熊正剛、他. アスファルト接触熱傷~アスファルトを湯煎バターを用いて除去した1例~. 日本臨床救急医学会雑誌. 2012 15巻2号295ページ