2019.11.14

EMA症例77:9月症例解説

9月症例の解説編です!
みなさま,たくさんの回答をありがとうございました.50名の方からご回答を頂きました.

今回の症例は,下痢を主訴に来院した「抗がん剤投与後」の「治療抵抗性ショック」の症例でした.
ポイントは以下の3つです.
・ショックの初期対応
・治療抵抗性ショック
・にぼるまぶ?

●ショックの初期対応
診断も気になるところですが,救急現場においてはまず,外傷診療におけるprimary surveyに相当するABCDアプローチから始めるのが基本でしたね.ショックの診断から始めていきましょう.

《設問1》初療開始時,この患者さんはショックのどの分類に相当するでしょうか?
《設問2》上記ショックの原因として考えられるものを記載して下さい.

これらの設問に対する回答は以下の通りでした.

【表1:設問1の回答結果(重複あり)】
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【表2:設問2の回答結果(重複あり)】
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循環血液量減少性ショック,血液分布異常性ショックに多くの回答が集まりました.
原因としては,下痢による脱水,敗血症などを多く挙げて頂きました.Toxic shock syndromeを鑑別として挙げた場合には皮膚所見や粘膜に接する異物の存在など確認しておきたいですね.

ここで,ショックの分類と血行動態からみた鑑別についておさらいしておきましょう.

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【図1:ショックの分類 (救急診療指針 改定第4版1), p.75 表Ⅳ-1-2より引用・一部改変)】

バイタルサインや身体所見だけでは情報が足りないので,RUSH:Rapid Ultrasound in Shock in the evaluation of the critically ill patient2)3)という評価対象を絞ったエコー検査によって情報を補完していきます.

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【図2:RUSH protocol (参考文献3, p.257 Table1より改変)】

今回の症例でもRUSHに相当するエコー検査を早い段階で行っていました.

 心腔内は虚脱気味,左室収縮は良好,Ⅱ度以上の弁膜症なし,
 右心系負荷所見なし,IVC 5mm・呼吸性に虚脱
 心嚢水なし,胸腹水なし,大動脈に瘤やflapなし

心外閉塞・拘束性ショックを示す所見なく,IVC虚脱からは循環血液量減少が想定されます.ショックの分類としては循環血液量減少性および血液分布異常性ショックの可能性が考えられます.
血液分布異常性ショックの中では,アナフィラキシー,敗血症は緊急性が高い疾患で,なおかつ診断が難しいことが多い疾患なので,常に鑑別に挙げることが重要です.今回の症例ではアレルギー歴や服薬はなく,皮疹もみられないため,アナフィラキシーは考えにくいものの,簡単に鑑別から外さないように注意します.

●治療抵抗性ショック
設問2の後の展開では,細胞外液輸液負荷とノルアドレナリン開始後もショックが遷延していました.

《設問3》 次にするべき対応を挙げて下さい.

この設問に対する回答は以下の通りでした.

【表3:設問3の回答結果(重複あり)】
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(その他の回答結果)
・ 検査:凝固系,プロカルシトニン,CMV抗原,便ウイルス迅速,CD toxin,エンドトキシン
甲状腺機能,尿検査で腎不全評価,腰椎穿刺,大腸内視鏡検査
・ 輸血
・ 投薬:アドレナリン,ドブタミン,ビタミンB1,IVIG,プロバイオティクス
     ドパミン,PSLおよびインフリキシマブ,インスリン
・ 処置:A-line留置,尿道留置カテーテル,PMX・エンドトキシン吸着,VA-ECMO導入

敗血症を意識した対応に関する意見を多く頂きました.
SSCG(Surviving Sepsis Campaign Guideline)20164)の初期蘇生バンドルに則って「ICU入室」「気管挿管・人工呼吸器管理」「鎮痛・鎮静」「中心静脈路確保」「追加輸液(晶質液,膠質液)」「ノルアドレナリン増量およびバゾプレシン併用」「ScvO2モニタリング,必要であればドブタミン投与」「Hct低値があればRBC輸血」という対応は妥当と思われます.
感染症に対しては「ドレナージ」「抗生剤投与」が治療手段として有用ですが,感染臓器と起因病原同定のための評価が前提として必要です.今回の症例ではCTや身体所見からは腸炎以外の明らかな感染源が指摘できませんでしたが,血液培養・尿培養・迅速病原検査の提出をしておくことは重要です.

原因疾患への対応と,十分量の補液・昇圧薬・強心薬の使用にも関わらずショックが遷延する場合に,意識しておくべき病態として,CIRCI : critical illness-related corticosteroid insufficiencyがあります.これは,外傷や敗血症などの重症病態において,副腎からのコルチゾールの分泌不全に加え,糖質コルチコイド受容体の減少や組織反応性の低下により活性が低下する病態とされています5)
日本版敗血症ガイドライン20166)では『(初期輸液蘇生に不応性で高用量のカテコラミンを投与しても,ショック状態(収縮期血圧 90 mmHg 以下)が 1 時間以上続くような)成人の敗血症性ショック患者が少量ステロイド療法の対象となっている.』ことと,同ガイドラインではエビデンスなしではあるものの『ショック発生から6時間以内に』『ハイドロコルチゾン 300mg/day以下の量で』の投与が推奨されています.

今回の症例では敗血症ショック,CIRCIを考慮してハイドロコルチゾン200mg/dayの持続静注投与開始を含めた対応を行い,一晩の間にショック離脱を達成することができました.救急外来で採取した検体から,入院第3日目までには以下検査結果を得ることができました.

【表4:症例における救急外来採取検体の検査結果】
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CT画像から腸炎の診断は考えられますが,家族内発生ということもありウイルスによる感染性腸炎を第一に疑います.その他にもCMVを含めて検査行いましたが,最終的に原因病原は不明なままでした.
また,ステロイド投与前ですが副腎からのコルチゾール分泌低下が示唆されました.しかし,TSHやACTHの分泌不全もみられており,何らかの下垂体機能低下症があったと考えられました.

●にぼるまぶ?
さて,「抗がん剤投与後に免疫不全が起こる?」というイメージはあるかもしれませんが,腸炎からショックに至るような病態は起こりうるでしょうか.少なくとも好中球やリンパ球の減少・活性低下はみられていませんでした.
あるいは,腸炎発症前に下垂体機能低下症が存在しており,そこに下痢による脱水や炎症という侵襲を契機に副腎不全をきたし,カテコラミン不応性ショックに陥ったという病歴は考えられるかもしれません.とすれば,「抗がん剤投与後に下垂体機能低下症が起こる?」ことはあるのでしょうか.

今回の症例ではニボルマブ(オプジーボ®)という免疫チェックポイント阻害薬に分類される抗がん剤が投与されていました.これまでの殺細胞性抗がん剤では,自己免疫細胞も殺してしまうことで免疫抑制をきたして,感染症リスクにつながります.一方で,最近登場した免疫チェックポイント阻害薬では,免疫細胞を活性化してがん細胞を攻撃させる作用機序であり,副作用として自己免疫疾患様の副作用(irAE : immune-related Adverse Event 免疫関連有害事象)を生じることがあります.irAEの対象臓器は様々であり,投与終了50週以後の発症例も報告されています.

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【図3 irAE:免疫関連有害事象(オプジーボ® ウェブサイト7)より引用)】

今回の症例ではirAEとして前述のとおり下垂体機能低下症がみられており,大腸炎・下痢については否定しえず,という評価がなされました.がん免疫療法ガイドライン8)に則った対応として,下垂体機能低下症について有害事象の程度を示すCTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events) Grade 4(重度)として報告し,入院早期からプレドニゾロンやインフリキシマブの導入が行われました.

免疫チェックポイント阻害薬の適応は,悪性黒色腫に始まりましたが,非小細胞肺癌,腎細胞癌,胃癌と拡大してきていることから今後使用例は増加すると見込まれ,定期受診の合間の発症で救急外来を受診する例もみられてくると考えられます.様々な症状で発症し,知らないと疑えないため,救急医を含めて癌を普段診療しない医療者も,このirAEを知っておくべきと思われます.

<症例まとめ>
52歳男性がニボルマブ投与9ヶ月後に,下痢を主訴に救急外来を受診した.受診時よりショック状態であり,下垂体性副腎機能低下症をベースにして,腸炎を契機に副腎不全に陥ったという病態が疑われた.下垂体性副腎機能低下症は免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブによるirAEと考えられた.

<TAKE HOME MESSAGE>
☆ ショックの初期対応 → エコーでRUSH
☆ 治療抵抗性ショック → アナフィラキシー,敗血症,CIRCIを意識する
☆ にぼるまぶ? → 免疫チェックポイント阻害薬の有害事象によるER受診は今後増えてくるかも

<参考文献・ウェブサイト>
1.日本救急医学会(監修). 救急診療指針 改訂第4版: へるす出版, 2011

2.Rapid Ultrasound in Shock in the Evaluation of the Critically ill Patient. Phillips Perera, MD, RDMS, Thomas Mailhot, MD, RDMS, David Riley, MD, MS, RDMS, Diku Mandavia, MD, FRCPC. Ultrasound Clin 7 (2012) 255-278.

3.Perera P, Mailhot T, Riley D, et al. The RUSH exam :Rapid Ultrasound in SHock in the evaluation of the critically ill. Emerg Med Clin N Am 2010;28:29–56

4.Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock: 2016. Crit Care Med. 2017 Mar;45(3):486-552

5.Marik PE, Pastores SM, Annane D, et al. Recommendations for the diagnosis and management of corticosteroid insufficiency in critically ill adult patients: consensus statements from an international task force by the American College of Critical Care Medicine. Crit Care Med 2008;36:1937-49.

6.日本版敗血症ガイドライン2016

7.オプジーボ® ウェブサイト https://www.opdivo.jp/

8.日本臨床腫瘍学会(編). がん免疫療法ガイドライン: 金原出版, 2016

<Special thanks>
広島市立広島市民病院 救急科 近藤先生,初期研修医 築澤先生,資料ご提供ありがとうございました.