2019.11.14

EMA症例76:8月症例解説

8月症例は、夏の沖縄でダイビング→ショッピング→スパでマッサージの後に、めまい・嘔吐と体幹のかゆみが出て来た男性でした。

まず、みなさんの回答から見ていきましょう。

【質問2】疑う疾患は?

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最も多かった減圧症が正解でした!
そして夏&海の疾患が後に続きました。
シガテラ中毒は“沖縄“から連想した方もいらっしゃるかもしれませんね。
みなさま、今回の症状を一元的に説明できる疾患を思い浮かべることに少し悩まれたのではないでしょうか?

【質問1】追加したい問診は?
ダイビング時の浮上速度、どれくらいの深度に何時間程度潜っていたのか、背部痛や関節痛はなかったか、といったダイビングに関連した内容を聞きたいという回答が多く、その他、スパで使用した薬剤や食事の内容、何かに刺された感じがなかったか、といった鑑別診断のための問診をたくさん挙げていただきました。通常はオッカムの剃刀(ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない)で診断を考えますが、今回のようになかなか一元的に説明しにくい症状の場合は同時に2つの疾患が発生している可能性も考えるべきですね。

【減圧症Decompression sickness(DCS)とは】
減圧病Decompression illnessと減圧症Decompression sicknessは異なります。
減圧病は、機序の異なる減圧症(DCS)と動脈血ガス塞栓症(AGE:Atrial Gas Emboli)の総称です。1)

・動脈血ガス塞栓症(AGE)
肺胞内で膨張したガスにより肺胞の毛細血管がやぶれ(barotrauma)、ガスが動脈内に入り込み、空気塞栓を起こします。動脈血ガス塞栓症は、急上昇や息堪え、呼吸器疾患の既往などがリスク因子となり1~1.5mの深さからの上昇でも起こりえます。一般成人の27%に卵円孔開存か右左シャントがあり、ここから静脈血ガスが動脈系に入り込むことがあります。

・減圧症(DCS)
血管内外の溶存ガス(酸素、二酸化炭素、窒素、ヘリウム)が急激な圧変化により気泡になり、その場所で組織を障害します。
気泡となった溶存ガスによる静脈血塞栓はエコーで見つけられることがあり、無症状でも3.6m以上の潜水で見つけることができるという報告もあります。2,3)
少量の静脈血ガス塞栓はほとんど肺で吸収されますが、大量だと咳や呼吸困難感、肺水腫を生じることがあります。
血管外にできた気泡はその局所の痛みや梗塞症状を起こします。
血管内にできた気泡は血管内皮を障害し、capillary leakを起こし血液が濃縮し低血圧になることもあります。さらに血小板の活性化と凝集、白血球の沈着が起こり局所でischemia-reperfusion injuryやapoptosisを起こします。1)

【減圧病の症状~いつ疑う?聞いておきたいことは?~】
減圧病はあらゆる症状を引き起こします。
治療は同じなので臨床では動脈血ガス塞栓症(AGE)と減圧症(DCS)を区別する必要はありません。
従って、「潜水(減圧)後という病歴+新規症状」=「減圧病を疑う」ことが重要です。
動脈血ガス塞栓症(AGE)はbarotraumaなので深さや潜水時間などとは関係ありませんが、減圧症(DCS)は6m未満の1回潜水では起こらず、10m未満の潜水でもuncommonです。

動脈血ガス塞栓症(AGE)は、多くは脳への空気塞栓に伴う症状で、上昇中や水面に出て数分で生じる神経症状(意識変容、錯乱、皮質症状、痙攣など)で疑います。
重症例では動脈血ガス塞栓症(AGE)と減圧症(DCS)が同時に起こることがあり、その場合は脊髄症状(T11-T12以下の障害が多く、麻痺や膀胱直腸障害など)として現れることが多いです。2)
減圧症(DCS)の診断は完全に臨床症状のみで行います。
下図(図1)は減圧病(Decompression illness)の初期症状と全ての症状のグラフです。
Constitutional symptomsとは無気力、倦怠感、頭痛、関節周囲の不快感などです。
上位3つの症状が初期症状の90%近くを占めます。

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(図1:文献1より)

症状は(深海に潜った場合は特に)浮上中に出現することもありますが、多くの場合水面に出てから出現します。
アメリカ海軍のデータでは1時間以内に42%、3時間以内に60%、8時間以内に83%、24時間以内に98%が症状出現するとのことです。4)
神経症状はもう少し早く症状がでます。
本症例も軽いめまいはダイビング後しばらくしてからでてきていた、とのことでした。
減圧症(DCS)は、特に飛行機で旅行したり標高の高いところへ登ったりした場合には潜水後数日あとに症状がでてくる場合もあります。
ですので旅行帰りに発症して、みなさんのところへ受診する可能性もあるのです!

本症例はめまいと体幹のかゆみと背部の説明しにくい皮疹、DCSのうちの内耳症状と皮膚症状でした。

【リスク因子】
潜水前の運動で体内の溶存ガスの気泡化のリスクが減ることが知られていますが、適切な運動時間はわかっておりません。
加圧下での暖かい水への潜水や運動でDCSのリスクが増します。
また、42歳以上の加齢やBMI、体調不良、脱水でもDCSのリスクが少し増すようです。2,5)

【聞いておきたいDIVE HISTORY】6)
・いつから症状が出現したか
・減圧の限界深度を超えたか
・72h以内に何回・何mもぐったか、底で過ごした時間、全時間、水面休息時間
・水中で一旦浮上を中止したか(かなり深くもぐった場合の安全停止)
・どういうタイプのガスボンベを使用したか
・最後の潜水から飛行機旅行までの時間
・耳抜きに難渋したことがあるか(barotraumaのリスク)
・飲酒や脱水、激しい運動はなかったか
・潜水中から症状があったか、少し遅れて出て来たか、増悪しているか
・耳鼻科・呼吸器・循環器の疾患はないか

【検査は?】
診断は臨床所見から行うので特異的な検査というものありませんが、血液検査でHb/Hctの濃縮が見られたり、胸部レントゲンやCTにて気胸など大きなガスを見つけることはできます。
気泡化した溶存ガスはCTやMRIなどではめったに見つかりません。

【鑑別は?】
・内耳のbarotrauma:
 通常、下降中に耳抜きの失敗で出現。耳鳴、難聴、めまいなど。
・中耳または上顎洞の過膨張:
 顔面神経を圧迫し筋力低下することがある。
・酸素中毒:
 海の中(加圧下)で酸素分圧が高い状態が長引くと中枢神経と肺に中毒症状を起こす。
・筋骨格系の捻挫などの外傷:
 圧痛があったり体動時痛や姿勢による痛みの誘発という点で減圧症(DCS)と異なる。
・シガテラなど海鮮物の中毒:
 食事歴の問診が重要。消化器症状と関連していることがある。
・浸水による肺水腫(immersion pulmonary edema)
・海水の誤飲
・中枢神経疾患(脳梗塞や硬膜外血腫など)

【治療は?】
prospective randomized trialが一つしかないため、現在のスタンダードな治療法は膨大なケースシリーズや動物実験、臨床判断から確立されました。

①100%酸素投与:
初期治療として最も有効で、症状が消失した後も数時間投与します。
純酸素により不活化ガスが洗い流され組織の低酸素が改善されます。  
さらに後述の再圧療法を少なくできたという報告もあります。7)
(ちなみに「酸素ボンベを背負って海の中へ潜る」と言いますが、厳密にはボンベの中身は空気などの混合ガスです。純酸素ボンベで潜ったら酸素中毒になってしまいますよね!)

②輸液:
血管内脱水に対して十分な輸液を行います。

③体位:動脈血ガス塞栓(AGE)では頭を下にするトレンデンベルグ体位がいいのでは?と言われたこともありますがあまり効果を期待できないばかりか脳浮腫を増悪させる可能性もあり、現在ではフラットで管理することが推奨されています。1)

④再圧療法:
100%酸素を吸入しながら再圧することで、不活化ガス分圧を下げます。
適応は“減圧病(AGE & DCS)を疑った時”です!最初は軽症でも重症化することがありますし、 再圧により後遺症のリスクを最小限に抑えると言われています。2,6)
できる限り早く再圧することが重要で、遅れて重症化するほど効果を期待しにくくなります。
皮膚症状のみの減圧症(DCS)でも再圧療法は推奨されていますが、自然軽快することも多いようです。2) ちなみに気管挿管した状態で再圧する場合、カフは空気ではなく生理食塩水で満たしておきます。

 下図はよく使われる、US Navyの再圧療法のプロトコールです。
 症状が残る場合は毎日繰り返すこともあります。(広島大学病院救急科小林靖孟先生より改変したものをご提供いただきました。)

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上の写真は別の症例ですが、当院研修医がダイビング後にめまい、嘔吐で救急搬送され、大人数用のチャンバーに入り高圧酸素療法を開始するところです。急変対応ができるように、このような大人数用のチャンバーで再圧します。
彼は水深15mまで潜り15分滞在しゆっくり浮上、水深5mのところで症状が出現しました。
すぐに県内の高圧酸素療法のできる病院へ転送し、1回の再圧で完全に症状が消失したそうです。

【Take Home Message】
・「潜水(減圧)後という病歴+新規症状」では減圧病(Decompression illness)を疑う
・治療はまず100%酸素投与!
・できる限り早く、再圧療法(高圧酸素療法)のできる施設へ転送する。
(みなさんの地域ではどこの病院で高圧酸素療法ができるでしょうか?)

【参考文献】
1) Vann RD, Butler FK, Mitchell SJ, Moon RE. Decompression illness. Lancet. 2011 Jan 8;377(9760):153-64. doi: 10.1016/S0140-6736(10)61085-9. Review. PubMed PMID: 21215883.

2)Alfred A. Bove.Diving Medicine .American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine Vol.189:2014

3)Eckenhoff RG, Olstad CS, Carrod G. Human dose-response relationship for decompression and endogenous bubble formation. J Appl Physiol 1990; 69: 914-18.

4)Navy Department. US Navy Diving Manual. Revision 6. Vol 5 : Diving Medicine and Recompression Chamber Operations. NAVSEA 0910-LP-106-0957. Washington, DC: Naval Sea Systems Command, 2008.

5)Vann RD. Mechanisms and risks of decompression. In: Bove AA, ed. Bove and Davis’ diving medicine, 4th edn. Philadelphia, PA: Saunders, 2004: 127-64.

6)ROSEN’S EMERGENCY MEDICINE, Concepts and Clinical Practice 9th edition

7)LongphreJM,DenoblePJ,MoonRE,VannRD,FreibergerJJ.First aid normobaric oxygen for the treatment of recreational diving injuries. Undersea Hyperb Med 2007; 34: 43-49.