2019.11.14

EMA症例75:7月症例解説

みなさま
解答ありがとうございます。

今月の症例は頻呼吸で搬送された19才女性でした。今月の目標は血液ガスの解釈の仕方をもう一度確認しよう、です。その上で診断の役にも立てられるといいのではないかと考えております。
みなさまの解答を整理して報告します。

問一:血液ガスの解釈で当てはまるものは何か
呼吸性アルカローシスを見抜けた方が7割にのぼり、代謝性アシドーシスも合併していると評価をして頂いた先生が5割いらっしゃいました。
問二:原因として考えられる診断はなにか
に関しては、過換気症候群が最も多く4割を占め肺塞栓がそれに続きました。
また、薬物中毒やDKAなどの解答も数件ありました。

今回は80名を超える方が解答してくださり大変盛り上がりました。

それでは解説です!

今月のケースの目標は血液ガスの評価を的確に行えること、ですのでそこにフォーカスして解説したいと思います。
今回は
ステップ1 pHから、アシデミアかアルカレミアか判断する
ステップ2 その変化が、代謝性か呼吸性か判断する
ステップ3 代償性変化は適切か、合併する変化はないか
ステップ4 AGを計算して、AG増加があれば補正HCO3-やdelta ratioを評価する

 このステップに沿って今回の症例を考えてみましょう。

問題となった血液ガス所見を再掲します。
pH: 7.570
PvO2: 35.4mmHg
PvCO2: 14.1mmHg
HCO3: 12.6mEq/L
Na: 139mEq/L
K: 4.4mEq/L
Cl: 98mEq/L
Glu: 104 mg/dL
Lac: 97.2mg/dl(10.8mmol/L)

まずは標準的な血液ガスの評価を進めていきたいと思います。

ステップ1 pHから、アシデミアかアルカレミアか判断する
pHからはアルカレミアを呈しているのがわかると思います。

ステップ2 その変化が、代謝性か呼吸性か判断する
CO2の低下があり、急性の呼吸性アルカローシスがあると気づくのでそこから評価をしていきます。

ステップ3 代償性変化は適切か、合併する変化はないか
まずPCO2の正常値からの変動を計算します。
・正常から変化したPCO2は、40 - 14.1 =25.9mmHgとなります。 次にどの程度代償されるべきか、予想値と実測値の差を算出します。 急性の呼吸性アルカローシスにおける代謝性変化の予測値は、 ΔHCO3-=0.2×ΔPCO2の式で求められますので、今回の症例では、
・代償によって変化する値は ΔHCO3- = 0.2 × 25.9 = 5.2 となり
・予想される HCO3- は 24 - 5.2 = 18.8 mEq/L
と考えられます。

実際の HCO3-は12.6mEq/Lですから、計算で求めた予想値(18.8)よりも低いことになります。
呼吸性のアルカローシスと代償性の代謝性アシドーシスだけでなく、併存する(代償でない)代謝性アシドーシス(Concomitant primary metabolic acidosis)の存在が明らかとなります。

ステップ4 AGを計算して、AG増加があれば補正HCO3-やdelta ratioを評価する
次に、代謝性アシドーシスの原因を絞って行くことになります。これはいろいろな方法がありますが今回はそれにはdelta ratioを紹介します。
delta ratioはAnion gapの増加分と、重炭酸イオンの変化分の比で求まります。通常Anion gapの増加分と重炭酸イオンの減少分は相関するはずです。釣り合いが取れていないとしたら、何らかの因子が重複して関与している可能性が高くなるので、これらのバランスをみてみようということなのです。

まずはAnion gapの変化分と重炭酸イオンの変化分を計算して見ましょう。それぞれ正常値からの変化分を計算すればいいので、Anion gapの変化(ΔAG)はAG-12で求められ、重炭酸イオンの変化分(ΔHCO3-)はΔHCO3--24で求まります。
計算するとAnion gapは今回28.4ですから、ΔAGは16.4、ΔHCO3-は12.6-24で11.4となります。
本症例でのdelta ratio(ΔAG/ΔHCO3-)は、16.4/11.4=1.44と計算されました。
Delta ratioにより酸塩基平衡を移動させる原因はある程度絞られると言われており、鑑別は下表のようになります。

75k-1
http://fitsweb.uchc.edu/student/selectives/TimurGraham/Delta_Ratio.html

表からは本患者はAG開大性の代謝性アシドーシスを合併していることが分かります。
本症例ではDelta ratioを用いなくても乳酸の上昇からも合併は容易に想像できるかもしれません。

次に原因疾患を考えていきましょう。
AG開大性の代謝性アシドーシスを来す疾患はCAT-MUDPILESのゴロが有名です。
 ・C=Carbon Monoxide, Cyanide
 ・A=Alcoholic ketoacidosis
 ・T=Toluene
 ・M=Methanol
 ・U=Uremia
 ・D=Diabetic ketoacidosis
 ・P=Paraldehyde, Phenformin
 ・I=Isoniazid, Iron
 ・L=Lactic acidosis
 ・E=Ethylene glycol
 ・S=Salicylates, Starvation, Strychnine
この中から呼吸性アルカローシスを来す疾患を考えると・・・

本症例はサリチル酸中毒が強く疑われます。
本症例ではあとになり母親が本人の部屋から、サリチル酸の薬包を大量に発見してきました。
血中濃度は43mg/dlであり矛盾しない所見となりました。

サリチル酸中毒の症状は非特異的なものが殆どで
 ・耳鳴り、難聴
 ・失調、意識障害、けいれん
 ・頻脈、循環障害
 ・頻呼吸
 ・嘔気嘔吐
 ・発汗
 ・乳酸・ケトンの上昇
などが知られています。

75k-2

確定診断は血中濃度の測定となります。
治療はABCの安定化に加えて
 ・活性炭(摂取2時間以内)
 ・尿のアルカリ化(中等症以上の中毒で透析の適応でない患者に対する第一選択の治療とされている。尿のアルカリ化(pH>7.5により排泄を促進する。)
 ・透析
が有効とされています。

本症例では経過観察のみで翌日にはアシドーシスも改善し、5病日に退院となりました。

今月のまとめ
・血液ガスをしっかりと評価できるようにしよう(ひとつの異常を見つけても油断しない!)
・DELTA RATIOを活用する
・呼吸性アルカローシス(頻呼吸)と代謝性アシドーシスが合併した場合はサリチル酸中毒を考慮する

【参考文献】
Emerg Med Clin N Am 25 (2007) 249–281
http://fitsweb.uchc.edu/student/selectives/TimurGraham/Delta_Ratio.html
Tintinalli's Emergency Medicine Manual 7/E
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