2019.11.14

EMA症例71:3月症例解説

今回はフッ化水素酸暴露を扱いました。
いただいた回答を示しながら解説をしたいと思います。

回答を57件いただきました。回答者の属性は以下の通りです。

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フッ化水素の水溶液をフッ化水素酸といいますが、フッ化水素酸によるERでの対応は「知らずに軽く扱ってしまい、後で重症化することがある」という特殊なものであるため、少しでも関心を寄せて欲しいと思い問題作成いたしました。

フッ化水素の特徴とERでの対応法

 フッ化水素は沸点19.54℃で常温では気体のため水溶液として工業用の溶媒などで使用されています。主に金属の洗浄、ガラスの彫刻、半導体のエッチング、タイルの洗浄など工業目的に使われるため、フッ化水素暴露のほとんどが労災になります。ガラスを溶かすことができるため保存法や扱いが特殊で、プラスチック手袋などを使用して扱います。

 ERでは洗浄作業などに当たっていた患者が洗剤や溶剤との接触を主訴に来院した場合、どのようなものを使っていたかを確認する必要があります。また患者に接触する際もプラスチック手袋を着用するようにします。大量に接触した衣服などを持ってきている場合は、保護メガネや厚手の保護手袋や長靴、エプロンなどで防護し、気化したフッ化水素を吸入することがないように衣服は袋に入れておくなどの工夫をします。

フッ化水素の人体への影響

 フッ化水素は体内に侵入すると細胞内で遊離したフッ素イオンがカルシウムイオンやマグネシウムイオンと結合します。そのため重度の低カルシウム血症や低マグネシウム血症を引き起こし、全身毒性を発揮します。

 最小致死量は1.5gでスプーン1杯での死亡例があり1、フッ化水素が人体に入ると死亡する可能性があると思って対応しなければなりません。

フッ化水素酸への暴露

 フッ化水素が人体へ入ってくるルートは経口、吸入、経皮の三通りがあり、今回の症例は接触による経皮暴露となります。フッ化水素酸暴露のやっかいなところは症状が出るまでにタイムラグがあることです。

 初期症状の表れる速度は接触したフッ化水素酸の濃度によって異なり、50%以上であれば即座に痛みを感じますが、濃度20%以下であれば暴露後24時間後に痛みなどの症状が出現することがあります2

 そのため今回の症例のように暴露してから数時間経過後にERを受診するという受診行動が1つの特徴でもあります。さらにやっかいなのは局所への経皮暴露でも浸透力が高く、全身症状が出現し死亡することがあることです3-6

症状

 経皮暴露の症状の特徴は強い痛みです2。接触した皮膚は白色化し爪は暗紫色〜黒色へと色調が変化します。局所の皮膚損傷から植皮や抜爪、指切断に至った例もあります7,8

問題は局所からの経皮暴露後に体内へと入ったフッ化水素により、低カルシウム血症や低マグネシウム血症が引き起こされることでしょう。さらに広範な組織障害を来すと高カリウム血症にもなりえます1。それらの電解質異常により二次的に心室細動などの不整脈を起こし死亡することがあります。

 従って質問1での「追加で行いたい検査」は、多くの回答者が挙げてくださったようにカルシウム、マグネシウム、カリウムなどの電解質の採血が必要となります。そして質問2の「この患者のディスポジション」については、少なくとも帰宅させてはいけないというのが選択肢になるかと思います。暴露の量や範囲にもよると思いますが、皮膚の接触面積が50cm2以上の場合には24時間はモニタリングが望ましいため、監視のできる体制を調整させ入院することになります。100cm2を越える場合や経口・吸入・すでに全身症状が出現している場合には集中治療室に入院させます7

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初期対応

 フッ化水素酸暴露の初期対応として経皮暴露の場合は大量の流水で20分ほど洗浄を行います。洗浄時間の明確な根拠はありませんが15〜30分とするものがあります1。写真のように爪下の隙間に残りやすいため注意して洗浄する必要があります。汚染した爪は切っておくというのも一つの方法です。

 経口的に体内に入った可能性がある場合は牛乳や水で希釈させます。摂取からの時間が短ければ胃洗浄も選択肢に入ります7。時間については明確な根拠はなく通常の胃洗浄に準拠してよいでしょう。活性炭投与はフッ化水素が吸着される物質ではないため意味がありません。目に入ったときは角膜混濁などの障害を防ぐために十分な流水で洗浄します。

治療法

 フッ化水素の拮抗薬はカルシウム製剤です。局所への投与法と全身投与法があります。全身投与は暴露量が多く低カルシウム血症が予測される場合ですが1,2、具体的な基準はありません。低カルシウム血症によるQT延長が見られるならすぐに投与開始すべきでしょう。

投与量:8.5%グルコン酸カルシウム 0.12〜0.24mL/kgを緩徐に静注
用法:心電図モニタリングをしながら緩徐に静注し、症状が再度出現するなら20〜30分ごとに繰り返し投与する1

 局所へは5%グルコン酸カルシウム(8.5%なら生食で倍程度に希釈する)の皮下注入や静注、動注法があります7。グルコン酸カルシウムゼリーというものが海外では市販されています。そのためかフッ化水素酸を使用するような現場では、輸入して暴露事故の際の処置に使用することもあるようです。院内で調製可能であれば薬剤部の協力を得て使用するのも手です。

 皮下注入でも静注でも投与を開始するとすみやかに痛みが緩和します。注入にあたっては受傷面積1cm2あたり0.5mLを目安に9、症状のある範囲よりも0.5cm程度広く注入します1。暴露範囲が広く手掌全体や手関節を越える場合にはBier block法をアレンジして投与します。すなわち上腕を駆血し、手背静脈などの末梢からグルコン酸カルシウムを投与する方法です(Bier block法は同手法でリドカインを投与する麻酔法)9,10

 経口的に誤飲した場合は少量であっても穿孔や粘膜障害の可能性があります。食道損傷や胃穿孔、続発する腹膜炎などを考慮しなければなりません。同時に前述の低カルシウム血症に注意を要します。そのため24時間程度は集中治療室などへの入室が望ましいと考えます。

 吸入した場合はグルコン酸カルシウム液の吸入という方法がありますが、十分な根拠がありません。グルコン酸カルシウム吸入による害がないという観点から、行ってもよいとされています1。吸入の場合も十分な経過観察が必要なことは変わりありません。

 またフッ化物は腎排泄であるため十分な利尿を確保することも重要です7

その後の経過

 本症例はERで手掌部にグルコン酸カルシウムの皮下注射を行ったところ、著明に疼痛が改善していきました。暴露量が不明であるため入院して経過観察が必要であることを強く勧めましたが、主訴である疼痛が改善したために満足されたのか何度説明しても頑なに入院を拒絶され、やむなく外来フォローといたしました。

まとめ

・フッ化水素酸暴露は時間がたってからERに表れることがある
・少量暴露でも最低24時間のモニタリングを要する
・拮抗薬はカルシウム製剤で全身または局所注入法がある

文献
1.財団法人日本中毒情報センター フッ化水素
2. Caravati EM. Acute hydrofluoric acid exposure. Am J Emerg Med. 1988 Mar;6(2):143-50.
3. Tepperman PB. Fatality due to acute systemic fluoride poisoning following a hydrofluoric acid skin burn. J Occup Med. 1980 Oct;22(10):691-2.
4. 黒木尚長ら:フッ化水素酸中毒による急死の1剖検例. 中毒研究. 2003;16:382-383.
5. 土手友太郎ら:フッ化水素冷却液化タンク水洗作業開始直後の急性死亡事故例. 日本職業・災害医学会会誌. 2004;52(3):189-192.
6. 吉岡尚文ら:フッ化水素中毒事故による死亡例. 中毒研究. 2005;16:416-417.
7. Seamens CM. Seger DL, Meredith T: Hydrofluoric Acid. FORD et al. ClinicalToxicology. 1st ed. W.B.Saunders, 2001, pp1019-1026.
8. 清水朋子ら:フッ化水素酸による中毒事故実態調査. 中毒研究. 1998;11:411-415.
9. Hatzifotis M, Williams A, Muller M, Pegg S. Hydrofluoric acid burns. Burns. 2004 Mar;30(2):156-9.
10. Henry JA, Hla KK. Intravenous regional calcium gluconate perfusion for hydrofluoric acid burns. J Toxicol Clin Toxicol. 1992;30(2):203-7.
11. Graudins A, Burns MJ, Aaron CK. Regional intravenous infusion of calcium gluconate for hydrofluoric acid burns of the upper extremity. Ann Emerg Med. 1997 Nov;30(5):604-7.