2019.11.19

EMA症例68:12月症例解説

さて、今回の症例は、妊娠32週の妊婦さんの交通外傷でした。

みなさんの施設には妊婦さんの外傷も搬送されますか?(あるいは受診する事がありますか?)
今月は妊婦さんの外傷の特徴と初期対応の方法についてと、産婦人科医へのコンサルトのタイミングについて勉強しましょう。

まずみなさんの回答からです。色々な方が回答してくださいました。
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「この時点で産婦人科医にすぐ来てもらう」と「産婦人科医は呼ぶが、母体の診察が全て終了してからにする」の2つで大きく意見がわかれました。
みなさんの普段働いている地域や病院での産婦人科の状況も大きく影響したかもしれませんね。
その他の意見として、「とりあえず一報いれておく」「一報いれ胎児心拍モニターがしばらく必要と伝え、ER医がPSの時に胎児の心拍/胎動を短時間でチェックする」「助産師を呼び胎児心拍を測定してもらう」といったものもありました。

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質問1と同様に「この時点で産婦人科医にすぐ来てもらう」と「産婦人科医は呼ぶが、母体の診察が全て終了してからにする」が同列でした。そして、自分で産科的評価を行う方のほとんどが、胎盤剥離や血腫の有無、胎児心拍の有無、胎動を診るという意見で、胎盤の位置をみると答えられた方もいました。

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依頼したい診察の内容としてはNST(CTG)、経腹/経膣エコー、内診などで、胎児のwell-being評価、羊水量/破水/性器出血の有無、常位胎盤早期剥離の有無、子宮収縮/子宮内血腫の有無、頚管長/胎盤の位置の確認をしてもらいたい、という回答がほとんどでした。
また、数時間のモニタリング、入院によるモニタリングと時間についてまで言及してくださった方もおられました。
その他、レントゲン撮影のコメント、妊婦の腹部診察、女性臓器周辺の腹腔内出血の精査といった回答がありました。

本症例の経過です。
妊娠31週と児の生存可能な週数だったため、入電の段階で産婦人科医に連絡をし、母体の評価と同時に胎児の評価の方をお願いしました。母体のPSで安定が確認でき、経腹超音波でも胎児心拍140/min、前璧に付着した胎盤に血腫も認めませんでした。
引き続き母体のSSと胎児心拍数陣痛図による経過観察をしていたところ胎児機能不全を疑う所見が出現し、緊急帝王切開となりました。
その後、児のアシドーシスの遷延と出生10時間後より痙攣発作が出現し、CTにて多発頭蓋骨骨折と頭蓋内出血を認めました。

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(児の頭部CT:矢印部分にくも膜下出血と脳室穿破を認める)

外傷は妊婦の12人に1人の割合で起こり、主な外傷の原因は、交通事故(51%)、転落(22%)、腹部への直接暴力(22%)と交通事故が最も多いです(米国)。1)
日本では年間約1万人の妊婦が交通事故に遭遇し、約7000人が負傷し、約20人が死亡すると推定されています。

<妊婦外傷の注意点>

妊婦の外傷の初期診療は、非妊娠患者の外傷初期診療と同じです。
妊娠による解剖学的/生理学的変化を認識し、それに合わせて調整するだけです。
ただ、患者が2人いる、つまり妊婦と胎児の両方を評価、治療する必要があるところが通常の外傷診療と異なります。
母体の低血圧と低酸素は胎児への影響が大きく救急蘇生時のABCDは妊娠時にこそ、より重要となってきます。
胎児にとって最良の治療は母体に対して最適な治療を行い母体の全身状態を安定させることでもあるからです。
また、妊娠週数別の解剖、妊婦と胎児の損傷形態を理解して診療に当たる必要があります。2)

産科、救急、外科など関連する専門家がチームとなって協力して外傷初期診療ガイドラインによる系統的かつ迅速な評価治療を行うことが重要となります。

<妊娠週数と外傷>

初期診療を行う上で大きなポイントは2つ。子宮の大きさ妊娠週数が児の生存可能週数に達しているかです。

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(文献3より引用:母体の減速に伴う子宮にかかる圧とシートベルトにかかる圧)

今回はシンプルにするために救急入電で妊娠32週という情報をいれましたが、実際は妊娠◯週を把握している妊婦さんばかりではありません。大まかに妊娠何ヶ月かわかるか、場合によっては妊娠自体を自覚していなかったり未受診の妊婦さんもいたりします。
産婦人科医へ妊娠週数を申し送る場合、一番正確に伝わりやすいのは母子手帳の情報か、子宮底高です。(下図)
子宮底の高さが臍の高さなら妊娠週数は約22週です。子宮底の高さが臍よりも下だった場合、仮に胎児が出生したとしても生存は難しいことが予想されます。4)
子宮底が臍より下であれば、胎児の評価は母体の診療が全て終了してからでもよいかもしれません。
逆に臍以上の高さであれば胎児の生存が望める可能性があり胎児への介入も迅速に適切に行われる必要があるといえます。
つまり、22週前後より妊娠週数が大きければ、産婦人科医にも連絡し可能な限り早めに胎児の評価も始めた方がよいのです。
もちろん母体の初期評価が優先ですが、人手があるならば母体と胎児2人を同時に評価することもできるのです。
産婦人科医がすぐに来られなくても、最初の一報が早ければ早いほど準備ができますよね。まさにチームワークです。

ただ、産婦人科医不足の危機的状況が深刻化している現在、産婦人科医が常駐してくれている病院はそう多くないでしょう。
それでも、しっかり状況を把握し適応を見極めた上で、必要であればオンコールの産婦人科医を躊躇なく呼び出す勇気と能力も救急医は持ちあわせるべきだと思います。

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(文献5より引用)

<妊婦特有の外傷>3,5)

①胎盤剥離:
発生率は母体の外傷が軽症〜中等症の場合で2~4%、重症外傷では50%です。母体の死亡率は1%以下ですが胎児死亡率は25~30%です。母体の性器出血や腹痛などの所見なく進行することも少なくない上に受傷後24~48時間で起こることもあるため厳重な経過観察が必要です。羊水塞栓やDICで母体の生命を脅かすこともあります。
②子宮破裂:
緊急手術の適応です。
循環血漿量減少と腹腔内出血の兆候で現れ、胎児はアシドーシスになったり死亡したり、四肢伸展など異常肢位をとっているのを確認できることがあります。
③胎児-母体間輸血症候群:
母体がRh(-)の場合、胎児血が母体に流入し母体が感作されることがあります。(詳細は教科書参照のこと)

<妊婦の外傷初期診療の実際> 

外傷による胎児死亡の第1位は胎盤剥離です。母体のショック及び母体死亡も同様に胎児の予後不良の重要な因子です。
母体のprimary surveyと蘇生を優先した上で胎児の評価(Fetal assessment)が必要となります。
したがって妊婦のPrimary SurveyではABCDEFを評価することになります。4,5)
母体の生命に関わる外傷(ショック、昏睡状態となった頭部外傷、母体適応による緊急開腹術)では胎児死亡率は40~50%に上りますが、母体が軽傷の場合でも1~5%胎児死亡を合併します。
軽傷の方が数としては圧倒的に多く、流産、死産の60~70%が母体の軽症外傷で起きているという事実は見逃せません。3,6)
また、胎児心拍は母体の第5のバイタルサインと呼ばれることもあり、母体の危機のサインになる可能性もあります。
以下に妊婦のPrimary surveyにおける非妊婦との違いを示します。

●妊婦のPrimary survey = ABCDEF
① Airway:妊娠末期は顔面~口腔~頸部の浮腫、Full stomachで挿管しにくいことを頭に入れておく。
② Breathing:酸素消費量は増加しているが代償能は低下している。
   母体の低酸素は胎児にも大きく影響するため十分な酸素投与(SpO2 94以上)を行う。
   また生理的過換気がありPaCO2 30mmHg程度に維持する。
③ Circulation:妊娠中期以降、循環血漿量が増加し出血量からのショック予測は過小評価されやすいことに注意しておく。
   また、妊娠貧血もあり通常より多くの輸血が必要となる可能性がある。
   母体のショックは胎児に大きく影響する(上述)。
   妊娠20週以降は子宮による大動静脈の圧迫を防ぐため25~30°左側臥位にして診察することが望ましい。
   必要に応じて会陰部の外出血を確認。
④ Dysfunction of CNS
⑤ Exposure/Environmental control
Fetal assessment and Forward transfer
 ・胎動:母体本人に確認(救急隊が聞いてくれていることもある)。
     胎動を最後に確認できたのはいつかも聞く。
 ・腹部診察:自発痛/圧痛、硬さ、子宮底の高さ(週数、触知不能になっていないか)
 ・胎児心拍数:経腹超音波(胎児心拍数/6秒 ×10倍)
 ・子宮収縮の有無
 ・会陰部診察(必要に応じて):破水、出血の有無、子宮内容脱出の有無、子宮頸管の開大度と展退度の評価

これらの診察により、胎児の生存能力、well-beingと胎児の傷害と胎児-母体間輸血、子宮破裂、胎盤剥離、分娩切迫の可能性を探ります。

<レントゲン/CT撮影について>

母体の評価に必要であればレントゲンもCTも躊躇するべきではありません。
しかし可能な限りシールドをして胎児を守りましょう。

<妊婦のSecondary Survey>

母体のSecondary surveyは非妊婦と同様です。
追加で、
・妊娠週数の確認:最終月経、母子手帳、分娩予定日、子宮底長(上述)、 超音波所見など
・胎児の状態:超音波による胎児心拍数、胎児モニタリング
・陣痛、破水、性器出血、常位胎盤早期剥離の有無
を探っていきます。
注意点としては、上述したものに加えて切迫するDにおいてsBP140mmHg以上の高血圧などを認めた場合は妊娠高血圧症候群による子癇発作を鑑別にあげてMgの投与も考慮することです。4,5)

JATECでは妊娠20週を越える場合、少なくとも6時間は胎児心拍数監視を行うことが望ましいとしています。
(米国では妊娠23週を越える場合は少なくとも4時間観察することを勧めています)2,3)

●妊娠20週以降の場合の胎児の評価(JATECより)
分娩監視装置(胎児心拍数モニタリング)にて観察
1時間に陣痛3回未満で危険因子がない場合、6時間の経過観察後に退院
1時間に陣痛3~7回の場合または危険因子が存在する場合、24時間の経過観察後に退院

※危険因子:母体心拍数110/min以上、外傷重症度スコア(ISS)が10以上、胎盤剥離の存在、胎児基線心拍数160/min以上または120/min未満、車内より投げ出された、バイクまたは歩行者衝突事故

当院では、生存可能な週数に達している可能性があればその時点で産婦人科医を呼び、同時に診察を始めます。
そして、来院時に胎盤剥離の所見が明確でない場合も遅発性の胎盤剥離の可能性を考えて産婦人科へ入院し24~48時間モニタリングを行っています。

<まとめ>

・妊婦の外傷も初期対応は同じである(母体優先)が、もう一人いることも忘れない。Primary SurveyはABCDEF!
・出生後も生存可能な妊娠週数に達しているならば産婦人科へのコンサルトはできるだけ早く行う。(可能ならば同時に始める)
 産婦人科医が常駐していない場合でも、適応があれば呼び出しを躊躇しない。
・妊娠週数が進むほど子宮/胎盤/胎児が損傷を受けやすくなり、母体が軽傷でも胎児に重大な合併症が起きていることがある。

<参考文献>

1)Cusick SS, Tibbles CD: Trauma in pregnancy. Emerg Med Clin North Am 25:861, 2007
2)ALSO(Advanced Life Support Group) Sylabus日本語訳
3)STEVEN G. GABBE et.al: OBSTETRICS Normal and Problem Pregnancies. Sixth Edition
4)Advanced Life Support Group: Pre-hospital Obstetric Emergency Training. 新井隆成監訳.病院前救護のための産科救急トレーニング
5)外傷初期診療ガイドラインJATEC改訂第5版
6)El Kady D: Perinatal outcomes of traumatic injuries during pregnancy. Clin Obstet Gynecol 50:582, 2007