2019.11.19

EMA症例67:11月症例解説

みなさま解答ありがとうございます。
非常にするどい解答ばかりでした。
診断の内訳をみてみますと以下のようになります(複数回答あり、分類は舩越がしたのでやや曖昧です)

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治療や薬剤なども鑑別に準じた適切なものが多かったです。胸部CTはほとんどの方が撮ると解答していたので下で示します。
以下解説です。

本症例では診断の手がかりとして
・手がかりとなる特徴的な経過と所見に気づけるか
・レントゲンの読影
・レントゲン音と呼吸音の乖離
の二点を挙げたいと思います

・通常の肺炎の経過とは?
『順調な経過』の場合、適切な抗菌薬の使用により72時間以内に臨床症状が改善し始めるとされています。通常の市中肺炎であれば発熱や頻呼吸、低酸素は3日程度で改善することが多いからです。(1)
しかしながら本症例では咳や熱が3週間程度持続しています。ここで注意しなければならないのは本症例では適切な抗生剤の加療を受けていないことです。市中肺炎で最多とされる肺炎球菌性肺炎であれば治療を受けていないにも関わらず状態が安定しているのは合わないと考えられないでしょうか。肺炎の経過によって考えるべき鑑別は異なるとされており、以下に肺炎の経過と鑑別疾患のリストの一例を示します。

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・典型的なレントゲン像と今回の画像の特徴とは?
本患者のレントゲンは両側の全肺野にわたってすりガラス影が広がっています。大葉性肺炎としての特徴はなく、間質影が目立ちます。いわゆる大葉性肺炎の特徴とは異なることが分かったでしょうか。
例えば肺炎球菌であれば、片肺あるいは両肺に広がる一様な浸潤影を認めることが多く、炎症性浸出液が多量に貯留すると葉間部分では胸膜が圧排伸展されいわゆるbulging fissure signを呈します(http://www.jscm.org/journal/full/01902/019020076.pdfに詳しくまとめられています)。また、浸潤影の内部に開存した気管支がair bronchogramとして認められるのは有名ですね。
こうなると画像からも間質性肺炎や結核・非定型肺炎などが鑑別に挙がってくると思います。

<画像動画はコチラ>

・診断に至る手がかりは?
徐々に増悪した呼吸器症状と全肺野にわたるすりガラス影と考えると非定型肺炎は頻度的にも1つの鑑別になりますが、その他結核や間質性肺炎などを想起した先生も多かったのはアンケート結果の通りです。
それに加えて本症例で特徴的な所見はなにでしょうか。
レントゲン写真の派手さに比べ呼吸音に異常が乏しいことが挙げられると思います。

◎1ヶ月程度の緩徐進行性の気道症状を伴った発熱
◎全肺野にわたるすりガラス影
◎画像と呼吸音の解離

それらを併せると、、、そう、ニューモシスチス肺炎が鑑別に入ってきます。

・追加で得られた情報と転帰
本症例ではニューモシスチス肺炎を念頭に問診をしてみると後に同性愛者であること、口内炎とは口腔カンジダ症であることが明らかとなりました。
追加の検査でHIV抗体は陽性(その後ウエスタンブロットでも陽性)でCD4は絶対数で21/μLでした。
βDグルカンは2060pg/mlと高値でした。
同時に提出したカンジダ、アスペルギルス、クリプトコッカス抗原はそれぞれ陰性でした
BALではニューモシスチスの菌体は認めませんでしたがPCRが陽性でニューモシスチス肺炎と診断しています。
本症例では低酸素を呈したためST合剤とステロイドで治療を開始しました。

・ニューモシスチス肺炎について
ニューモシスチス肺炎はpneumocystis jiroveciiを原因とした真菌性肺炎で発熱、空咳、呼吸困難が3徴とされていますが非常に多彩でありほとんど症状を呈さないで経過する例も少なくありません。主にHIV感染者ではCD4が200/μL以下で多くなるとされています。救急外来でCD4がすぐに測れる施設は多くないと思いますが『CBCのリンパ球数<950が、CD4<200と対応する(感度76%、特異度93%)』という報告もあるようです。(3)
免疫抑制薬の投与などを受けている患者では1-2週間の経過で受診することが多いとされていますがHIV感染の患者ではより症状は軽微で1ヶ月程度の経過で受診することが多いです。
聴診で異常を認める患者は全体の1/3程度とされているため「聴診で異常に乏しい低酸素」は大きな手がかりです。
また、口腔内カンジダ症はAIDSの手がかりとなるため口腔内診察は非常に重要です。
画像は参考に胸部CTを添付します。(4)
肺野の最外側(胸膜直下)が保たれ、肺野全体に広がる網状影(crazy-paving pattern)が広がるのがわかります。
血液検査では低酸素血症が最も頻度が高いとされ、病状の評価にも有用とされます。また、βDグルカンのカットオフ値を80 pg/mlとした時に診断的価値が高かったとする報告も見られます。(5)
確定診断は喀痰やBALF中にシストを認めることがgolden standardです。PCRは偽陽性が多いため標準手法とはされていませんが検査前確率を問診や他の検査で十分高めていれば診断の一助となるとされています。

治療に関しては
治療はST合剤が標準で代替薬としてペンタミジンが挙げられます。呼吸障害が強い場合はステロイド40mgを併用することで予後が改善されることが知られているため、低酸素血症を呈している症例には適応を検討しましょう。
またAIDSに合併したPCPはnon-HIVに比べて予後がいいとされていますが、immune reconstitution inflammatory syndrome(IRIS)に注意が必要です。HIV感染の治療後に免疫の再構築により呼吸状態などが悪くなる状態で全体の1/4程度に起こるとされています(6)

本症例の学習ポイントは
・長い経過の肺炎を見たときの鑑別を知る
・ニューモシスチス肺炎を疑ったら可能性を上げる病歴聴取と身体所見を見つける
・ニューモシスチス肺炎の画像の特徴、初期治療を知ろう

参考文献
(1) Arch Intern Med 1999 159 970
(2) INTENSIVIST 急性呼吸不全
(3) Acad Emerg Med 2011 18 385
(4) Arch Intern Med 1992 152 623
(5) Clin Infect Dis. 2011 53 197
(6) Mandell infectious disease