2019.10.15

EMA症例66:10月症例解説

回答をいただいた皆さま、ありがとうございました。
今回は40名を超える皆さまから回答をいただきました!グラフの通り、学生さんから研修医の先生、救急医に限らず色々な先生方に参加いただき、大変嬉しいです。

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今回の症例は若い女性の「意識障害」でした。特別な既往がない若年者ですので、原因として薬物中毒やoverdoseは鑑別の上位に上がります。
皆さまからいただいた「現時点で疑わしい診断」も、以下の通り急性薬物中毒が最多を占め、糖尿病性ケトアシドーシスが続きました。甲状腺機能亢進や、神経性食思不振症とそれに伴う様々な電解質異常を挙げ、これらに関連した問診・検査をしたい、という回答も多くいただきました。

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来院時バイタルで頻脈を認め、AGap開大性のアシドーシスも目立つため、継続的なモニタリングと十分な補液をしながら診療を進めました。救急隊の情報では、「周囲に薬剤の空などはなく、精神疾患やこれまでに多量服薬の歴もない」ということでしたので、もちろん薬物中毒以外の鑑別も念頭に、頭部CTや一般的な血液検査に加え、髄液検査も進めました。

『追加で行いたい対応』への回答を以下に示します。(問診や血液検査の内容については、解説の末尾にまとめました。)

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「まずは気管挿管」を挙げてくださった方もいらっしゃり、「意識障害やバイタルが不安定な患者に対してair way確保が基本!」というさすがの対応と感じました。実際の症例では、気道・呼吸はある程度落ち着いていると判断し、気管挿管は行わず診療を進めました。
トライエージについては、予想以上にたくさんの方が行う、と回答してくださいました。実際の症例でも施行し、いずれの薬物についても陰性でしたが、偽陰性・偽陽性が多く精度が高くない検査であることは付け加えておきます。

さて、今回のように「飲んだかどうか定かではないけれど、中毒疑い」の患者さんや、何を飲んだか詳細不明の中毒患者さんを診療する際、トキシドロームは参考になります。
今回のバイタルサインで気になる「頻脈」が中毒によるものだとすると、「抗コリン作用」あるいは「交感神経刺激作用」を持つ薬剤があやしいです。(複数名の方から回答いただいた「三環系抗うつ薬」は「抗コリン作用」が重要な作用ですね。)ただ、それらの中毒で典型的には認めるはずの「高血圧」や「高体温」は認めず…。「抗コリン」と「交感神経刺激」を鑑別する手がかりになる「瞳孔所見」や、「皮膚の湿潤or乾燥」もぱっとしませんでした。
並行して、家族に「一度自宅へ戻って、薬を飲んだ痕などがないか様子を確認して来て欲しい」とお願いしたところ…やはり!自室から市販薬の空箱が発見された、という症例でした。
(皆さまからも「自宅や周囲を再確認する」「具体的な薬剤を挙げて(※三環系抗うつ薬、アセトアミノフェン、利尿薬、サプリメント等の回答がありました)確認する」という意見をいただいています。)

服用したと思われる薬剤は、「エスタロンモカ®72錠分」。「眠気除去薬」として市販されており、1錠中100mgのカフェインが含まれています。
…という訳で、今回の症例は「カフェイン中毒」でした。
もちろん今回提示した情報だけから診断に至るのは困難ですが、市販薬として入手できてしまうにも関わらず、致死的となり得る中毒であり、ぜひ救急の現場でも意識していただければと思い、今回の症例に取り上げました。

●カフェインとは?
コーヒー、紅茶などの嗜好品の他、感冒薬や眠気予防薬に含有され、一般に市販されています。(市販の感冒薬にも「無水カフェイン」が含まれています。「風邪薬の大量服薬」というような症例で、アセトアミノフェン中毒は有名ですが、カフェインにも注目してみてください。)
キサンチンの誘導体で、化学名は「3,7-dihydro-1,3,7-trimethyl-1H-purine monohydrate」だそうです。以下のような作用機序を持ち、要は「交感神経に対する刺激」をもたらします。1)

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カフェイン中毒の報告は、米国では年間約4,000例に上り、そのうち故意によるものが2,100例程度とされています。2) 一方、日本での発生は稀とされていましたが、最近では市販薬として容易に入手できることから、過剰摂取による中毒の報告が増えています。1,3) 昨年(2015年12月)の『20代の男性が「カフェイン中毒」で死亡した』という報道を記憶していらっしゃる方も多いのではないでしょうか。教育班メンバーの実体験でもそこまで稀ではなく、また報告の通り、増加している印象を持っています。

過剰摂取をした場合、成人で1g以上の摂取で中毒症状が出現する可能性があり、致死量は報告により様々ではありますが、「5~10g」「150~200mg/kg」とされています。4,5) 例えば上述のエスタロンモカ®が1箱24錠入りで市販されていますので、2~3箱で十分致死量に及んでしまい、問題になっているのですね。
ちなみに、一般的な飲料の中には、下記の量が含まれているそうです。
コーヒー100ml中:60mg(コーヒー豆10gで入れたとして)
紅茶100ml中:30mg(茶葉5gで入れたとして)
エナジードリンクのレッ〇ブル1本:80mg

●カフェイン中毒の症状
同じキサンチン誘導体である「テオフィリン」中毒と類似の症状を呈するとされて、以下の表のようなものが挙げられます。

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頻度が高いのは嘔気・嘔吐などの消化器症状、致死的となり得るのは不整脈や痙攣で、心室性不整脈が直接死因となることがあります。

●治療
カフェイン中毒に対しては、確立された根治療法や解毒方法がないのが現状なため、全身管理・ABCの確保が第一となります。重篤な不整脈が死因となることから、当然厳重なモニタリングが必要です。
活性炭投与は吸収阻害において効果的であるとされていますので、Airwayをしっかりと確保した前提で施行するのが良いと思われます。(繰り返し投与についても、有効であると記載があり、施行する施設もあると思います。)
カフェインの分布容積が0.6L/kg、蛋白結合率が36%と比較的低値であることから、血液吸着、血液透析は治療効果が期待でき、奏功したという報告も多数あります。1,3,5,7)

※血液浄化療法導入に対し、以下のような判断基準も提示されていました。ただ、カフェインの血中濃度をすぐに測定できる施設は稀だと思いますので、痙攣、循環の破綻やそれを引き起こすような不整脈を認める場合は、適応と考えるのが良いでしょうか。(この辺りは施設の状況や、専門科との取り決めにもよると思います。)

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心室性不整脈のコントロールがつかない場合や循環破綻した場合、PCPSも救命のための選択肢に挙がるでしょう。8)

今回の症例では、致死量に及ぶカフェイン中毒と判断し、不整脈も出現していることから、透析の適応と考え腎臓内科に連絡しました。来院後も繰り返し嘔吐を認めたため、確実な気道確保のため挿管した上で活性炭投与+血液透析を施行しています。
なお、透析前のカフェイン血中濃度は>50μg/mlと高値でした。やはりカフェイン中毒で間違いなかったのですが、海外への委託検査なので、実際に結果が分かったのは退院後。大学病院などで測定できる場合もありますが、そうではない施設が大部分だと思いますので、状況から疑うことが大事ですね。
透析後、心電図はsinusに戻り、脈拍も100/min程度に落ち着きました。2日間の血液透析を行った後、抜管。軽度の誤嚥性肺炎は合併しましたが、経過良好で、精神科にも評価いただいたのち退院となっています。
意識が回復した後に改めて話を聞くと、「以前から周囲に適応できないことがあったが、留年しそうになり『これ以上、迷惑をかけられない』という思いから大量内服に及んだ」「インターネットで調べて、致死量を準備していた」とのことでした。
カフェインの致死量については、いわゆる「自殺サイト」等のインターネットでも容易に得られる情報で、それが市販薬として購入できてしまうことが問題視されています。冒頭でも述べたように、実臨床でも増加している印象があり、原因のはっきりしない意識障害や薬物中毒(疑い含め)を診察する際には頭の片隅に思い起こしていただければと思います。

<Take Home message>
●市販薬として入手できる「カフェイン」で致死的な中毒が生じ得る(嘔気・嘔吐や頻脈がcommon)
●心室細動などの不整脈、痙攣に注意
●全身管理に加え、治療として透析を考慮できるように

1) 佐藤孝幸,他: 致死的大量服薬から救命し得た急性カフェイン中毒の2例. 日救急医会誌 2009;  20: 941-7.
2) Watson WA, et al: 2004 annual report of the american association of poison control centers toxic exposure surveillance system. Am J Emerg Med 2005; 23: 589-666.
3) 北村淳,他: 眠気予防薬の多量服用によるカフェイン中毒の2例. 日臨救医誌2014;17:711-5714
4) Holmgren P, Nordén-Pettersson L, Ahlner J: Caffeine fatalities-four case reports. Forensic Sci Int 2004; 139: 71-3.
5) Christina Campana et al: Caffeine overdose resulting in severe rhabdomyolysis and acute renal failure. Am J Emerg Med 2014; 32: 111.e3-111.e4
6) 公益財団法人 日本中毒情報センターホームページhttp://www.j-poison-ic.or.jp/homepage.nsf
7) Zimmerman PM, Pulliam J, Schwengels J, et al: Caffeine intoxication: a near fatality. Ann Emerg Med 1985; 14: 1227-9.
8) 藤芳直彦, 他:PCPSを使用して救命し得たカフェイン中毒の1例. 中毒研究 2008; 21(1): 69-73.

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