2019.11.19

EMA症例60:4月症例解説

4月症例の解説編です!
病歴と診察所見(少なめの提示でしたが・・)から、きっと肩関節周囲の外傷だろうと予測してレントゲンの異常を読んでいただく問題でした。
みなさん実臨床では、もっとしっかり診察所見をとって、レントゲンも濃度を変えながら読んでいらっしゃると思うので、ちょっと回答しにくかったかとは思いますが、さすが!正解された方も多かったです!マネジメントまで丁寧に回答してくださった方もいらっしゃいました。ありがとうございます☆

さてみなさんの回答結果です。

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正解は「肩関節後方脱臼」でした。
同じくらい多かった「腱板損傷」については、その理由で答えてくださっている通り、レントゲン写真では確定診断はできませんよね(除外診断、明らかな骨折なし、エコーしたいなどなどの回答でした)。

【肩関節後方脱臼】
肩関節脱臼は最も多い関節の脱臼です。
しかし後方脱臼はまれで、肩関節脱臼のうちの1~4%と言われています。1)
ちょっと古いですが1982年には79%が初診時に診断できなかったとの報告もあります。2) 早期診断&早期整復はその後の関節の変性や上腕骨頭の虚血性壊死を防ぐためにも重要です。

早期診断に大切なのは、注意深い問診と身体診察から後方脱臼を鑑別にあげて、適切なレントゲン撮影と読影によりその診断を確定することです。

【病歴】
病歴は内旋内転の力が加わる形で肩の前方を強打した、または
肘を伸展、肩を内旋した形で手をついた、といった病歴が典型的です。
痙攣により肩の大きな内旋筋群が小さな外旋筋群に打ち勝ち後方脱臼が起こることもあります。
特に両側の後方脱臼では痙攣や感電を疑います。後方脱臼の15%が両側性だったとの報告もあります。3,10)
35-55歳の男性に多いのですが、スポーツなどでより高エネルギーを受けやすかったり筋肉が大きいのがその理由でしょう。
初診時には気付かれず、打撲や肩関節周囲炎(Frozen shoulder)と診断され慢性化してしまうケースもしばしばあるようです。10,12)

【診察所見】
診察所見で最も大切なのは肩の外旋ができない事と外転に制限がある事です。
後方に上腕骨頭を触知することもあります。
教科書的には肩の前方がフラットになり烏口突起がより突出して見える(触れる)ようになるとも言われますが、はっきりしないことも多いようです。5)
腱板損傷や神経血管損傷は前方脱臼よりも少ないと言われています。1,10)

【レントゲン】
病歴と診察所見からまずはいつもの肩関節のレントゲン、AP (anteroposterior)viewを撮影しますが、APviewではパッと見た感じ正常っぽく見えます。完全に正常と変わらないこともあります。
これが初診時に見逃してしまうポイントです。
しかしAPviewでも後方脱臼に特徴的なサインがいくつかあります。6~9),11)

・Lightbulb sign(ice cream corn sign):
上腕骨頭が内旋により電球のように左右対称に見えます。(正常ではやや外旋位なのでAPviewで大結節のノッチがゴルフのクラブヘッドのような杖のような形ですね)。ただ、これは後方脱臼によるものではなく上腕骨の内旋によるものであり、肩に痛みのある患者さんはしばしば上肢を内旋して動かさない為、後方脱臼以外でも見られることがあります。
・The ‘rim sign’:
関節窩(前面)と上腕骨頭の距離が広がります。>6mmは’positive rim sign’といってより疑わしい所見です。似たようなもので関節窩の前面が空っぽに見えるThe vacant glenoid signというのもあります。
・elliptical patternの消失:
正常では上腕骨頭と関節窩がきれいな楕円形の重なりを見せますが、これがはっきりしなくなることがあります。
・The ‘trough sign’:
垂直に入った上腕骨頭の骨折線がみえることがあります。

(本症例のAPview)

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(整復後APview: 残念ながら腕を内旋して撮影しているようで、Lightbulb signの明らかな消失は見られません。)

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trans-scapular view(Y-view)ではより後方脱臼の所見がわかりやすくなります。
関節窩の後ろに上腕骨頭が位置します。(正常では烏口突起、肩峰、肩甲骨板の作るY字の中央に関節窩があるので、上腕骨頭もそこに位置します。)

(本症例Y-view)

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(整復後Y-view)

54-05ph

しかし上記の2種類の撮影方法では後方脱臼を否定しきれないこともしばしば経験するようです。
その場合はAxillary viewが理想的な viewとなります。4)
Axillary viewは肩関節を70~90度外転し、腋窩から45度の角度で撮影するviewです。通常、肩のレントゲンを撮る際は、あまり選択しないviewですが、後方脱臼を診断するときには最も役立つと言われます。
しかし、強い痛みや可動域制限でaxillary view撮影が困難な場合もあるのでその時はCTがよいでしょう。

(Axillary view:本症例では撮影してないので文献6からの引用)

54-ph08
54-ph07

【整復法】
整復の方法は、脱臼してからの時間と関節面の欠損の具合によって変わります。
整復されずに3週間以上経過した例、関節面が25%以上欠損した例では非観血的整復はまず無理なので諦めたほうがよいでしょう。8~11)
整復方法を一つ紹介しておきます。

Depalma method5,8,9,12):
上肢を屈曲内転させながら軸方向へ腕を引っ張ります。
同時に上腕骨頭を後方から押しても良いです。もし上腕頭が関節の淵に引っかかるようならば、そっと内旋させると回旋筋群を伸ばすことができてよいかもしれません8)
さらにそのまま上腕の中央を(内側に術者の手を入れて)外側へ押す事を推奨する文献もあります5,12)。上腕頭が関節の淵を超えると肩関節が外旋できるようになり整復が成功します。

整復後は肩関節の安定性を確認します。 安定しているならニュートラル位で固定して3週間の安静を、不安定なら20度外旋させた肢位で6週間の安静が必要となります。8,11)(この辺りは整形外科医へコンサルトしてくださいね!)

本症例は鎮静後に軸方向に引っ張っただけで、すぐにポコンと戻り疼痛も可動域制限もなくなり無事帰宅となりました。

【肩関節後方脱臼まとめ】
・APviewではlightbulb signやrim signを探せ!
・transscaplar view(Y-view)ではYの後ろに上腕骨頭!
・それでも否定しきれなければAxillary view、痛みで不可ならCTで診断!

※研修医のみなさんへ
今回はレントゲン読影のお話でしたが、診察をせずにレントゲンだけ先に見て、上級医に「これ折れてますかね?」と持っていくのは言語道断ですよ!
骨折・脱臼はまず受傷機転と診察ありきです。

【参考文献】
1)A.D. Perron, W.J. Brady. Evaluation and management of the high-risk orthopedic emergency. Emerg Med Clin N Am 21 (2003) 159-204

2)Rowe CR, Zarins B. Chronic unreduced dislocations of the shoulder. J Bone Joint Surg 1982;64A:494-505.

3) Kowalsky MS, Levine WN. Traumatic posterior glenohumeral dislocation: classi- fication, pathoanatomy, diagnosis, and treatment. Orthop Clin North Am 2008; 39:519-33.

4)Hawkins RJ, Neer CS, Pianta RM, et al. Locked posterior dislocation of the shoulder. J Bone Joint Surg Am 1987;69:9-18.

5) Mike Cadogan. Posterior dislocation, LIFE IN THE FASTLANE. http://lifeinthefastlane.com/posterior-shoulder-dislocation/

6)Nifel Raby, Laurence Berman, Gerald de Lacey; ACCIDENT&EMERGENCY RADIOLOGY ;A SURVIVAL GUIDE; SECOND EDITION

7)LearningRadiology; http://learningradiology.com/archives04/COW%20105-Posterior%20dislocation/postdislocationcorrect.htm

8)N. Cicak. Posterior dislocation of the shoulder ,J Bone Joint Surg [Br]2004;86-B:324-32.

9)Robert R Simon et.al. Emergency Orthopedics THE EXTREMITIES, FIFTH EDITION

10) Carl A. Germann.et.al Risk Management and Avoiding Legal Pitfalls in the Emergency Treatment of High-Risk Orthopedic Injuries .Emerg Med Clin N Am 28 (2010) 969-996

11) Edward J. Newton et.al. Emergency Department Management of Selected Orthopedic Injuries . Emerg Med Clin N Am 25 (2007) 763-793

12) T Mimura.et.al. Closed reduction for traumatic posterior dislocation of the shoulder using the ‘lever principle’: two case reports and a review of the literature. Journal of Orthopaedic Surgery 2006;14(3):336-9