2019.06.04

EMA症例97:5月症例解説

2019年5月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。5月26日時点で全ての質問に回答をいただいた方は142名いらっしゃいました。
 今回は「吐血にて搬送されたた40歳代男性」でした。まだ症例提示を読んでいない方は先に症例提示からご覧いただければと存じます。
 それでは、回答結果を供覧します。

 質問1は搬入前準備でしたが、以下のような結果になりました。所謂、個人防護具は完全に着用された上で、対応されていることが伺えます。この病歴だけで消化器内科との連携ができる環境は素晴らしいと思います。また重症患者が来院される時点で、可能な限りERの人的資源を確保できるようにブース整理を進めることが必要と思います。


 「その他」を選択された方の内訳を下に記します。この中では輸血に関するものが多く、先を読まれた対応をされているのだなと実感しました。そして、準備時点でSBチューブの用意をするという回答も1件ありました。


質問2と3は鑑別診断の問題でしたが多くの方が食道静脈瘤を想定されており、吐血として食道破裂や大動脈疾患を挙げている方もいらっしゃいました。また、そもそも吐血でない喀血を想定した疾患を挙げられている方もいらっしゃいました。


 質問4では直接緊急内視鏡に行くか、もしくは造影CTで情報を増やすか、さらには術中管理を意識したデバイスの挿入や輸血のオーダーをどうするか、と言った質問でした。恐らくは「上部消化管内視鏡なのは間違いないけど、ところで次の一手、となった場合にどうするか?」と悩まれたかなと思います。輸血については、今の状態であれば交差適合試験(クロスマッチテスト)までして投与の方針とされている方が多かったようです。


 質問5では更に踏み込んで、直ぐに上部消化管内視鏡に行ける前提だけどCTを撮るか、どのようなデバイスを入れるか、としました。内視鏡を入れた際の視野を検討して物理的に経鼻胃管で内容液を回収したり、薬理学的に排泄を促したりする選択肢もありました。


 尚、質問5の選択肢に挙げた「経鼻胃管挿入」「メトクロプラミド and/or エリスロマイシン投与」について問い合わせをいただきました。

 メトクロプラミドは日本国内の添付文書において消化管出血に対して禁忌となっています。実臨床での使用については慣習的に行われている施設もあろうと考え、選択肢に入れました。またエリスロマイシンについては消化性潰瘍に対して禁忌の記載は無いものの、そもそもの適応が抗菌薬としてであり、上部消化管内視鏡における胃内容物排泄目的の投与は適応外使用である事も注意が必要です。
 ところで、こう言った薬剤や経鼻胃管の効果については既に複数の研究がなされています。経鼻胃管については内視鏡時間の短縮と関連している可能性が示唆されたものの、予後や入院期間、輸血量の改善効果はなかったとされています(文献1, 2)。またエリスロマイシンは内視鏡に先立って、20〜120分前に3mg/kg静注することで内視鏡に要する時間を短縮し、second-lookの施行率が下がるとされています。また在院日数や輸血量も減らす効果が示されており、この意味で上記選択肢の中では最も効果的と言えるかも知れません(文献3)。一方で、経鼻胃管 vs エリスロマイシン vs 経鼻胃管+エリスロマイシンの比較試験では3群に差は見られず、直接比較で優位性が示された訳では無い事には注意が必要です。またメトクロプラミドはエリスロマイシンの有用性を示した検討のサブグループ解析で単体の薬剤としては有用性を示せていません(文献4)。

 最後に回答をいただいた皆様の背景ですが、救急医が多く、初期研修や総合診療医の先生が多くいらっしゃったようです。学生さんや看護師さん、救命士さんからの回答をいただけたようで、大変に嬉しい結果でありました。


 さて、今回の症例について、その後の経過を診てみましょう。

 本症例においては、夜間内視鏡室に十分な人員がいるとは言えず、内視鏡室では状態悪化時の対応が難しいと判断し、看護師1人、臨床工学技士1人、消化器内科医1人にて、ERで内視鏡施行の方針となりました。

 吐血による気道閉塞や循環不全へ進行のリスクを考慮し、経口気管挿管を行い、十分な鎮痛・鎮静を行なった上で内視鏡を施行するのが安全と考えられます。今回は右前腕と左前腕に1本ずつ静脈路はあるものの、確実な静脈路確保と血圧管理のために、右大腿動静脈にシースを挿入しました。気管挿管に併せて経鼻胃管を挿入し、可及的に胃内容物を排出しました。輸血は型合わせのみでクロスマッチを行わず、RBC4単位とFFP4単位をオーダーし、速やかに輸血を開始しました。経口気管挿管において、鎮痛・鎮静はケタミンとミダゾラムで、筋弛緩にはロクロニウムを用いる方針としました。

 内視鏡の制限時間を15分と設定、活動性出血があるも出血点同定不能な場合には内視鏡的処置を中止して胸腹部造影CT撮影の上でIVRに進むことなどをタイムアウトで宣言し、上部消化管内視鏡検査を開始しました。食道と十二指腸は血液付着あるものの活動性出血は認められず、噴門部に血餅の付着した静脈瘤があり、洗浄すると血液が噴出し、胃静脈瘤破裂による上部消化管出血の診断となりました。

 EVLを試みたところ、形状的に止血困難で自施設での治療介入が難しかったため、SBチューブで圧迫止血を行いつつ、硬化療法などの選択肢がある施設へ転院の方針としました。方針決定後、消化器内科医にはそのままSBチューブを留置してもらい、救急医はバソプレシン持続投与指示を出しつつ、転院調整を開始しました。近隣の三次救急医療機関での受け入れが決まり、転院となりました。

 今回の症例における重要な検討事項は吐血での薬剤投与、適切な気管挿管のタイミング、内視鏡施行の場所や人員配置、転院のタイミング、の4つと思いますので、ここについて触れていきます。

(1) 胃・食道静脈瘤破裂のマネージメント
 2015年に発表された英国の肝硬変患者における静脈瘤性出血ガイドラインの対応がまとまっているように思います。(文献5)
 また国内ガイドラインにも記載されるレベルでバソプレシン(ピトレシン®)やオクトレオチド(サンドスタチン®)の止血時の有用性が指摘されています。なんと止血効果は、食道静脈瘤において硬化療法と同じレベルと言われており、結紮術との併用で止血成功率が高くなると言われています。但し、オクトレオチドの止血目的での使用は、日本では保険適応の通っていない使用方法であるので、国内では適応外使用となる点には注意が必要です。最近のことと思われますが、バソプレシンは添付文書にも止血目的での持続投与が記載されています。(文献6)

 バソプレシンとオクトレオチドの間では、効果に差はないとされており、救急医が使う場合は保険収載や薬価、使用頻度からもバソプレシンを第一選択とするのが妥当かと思われます。バソプレシンを持続投与で用いる場合には0.1〜0.4単位/分で投与となっています。オクトレオチドは50μgを静注し、その後、50μg/hrでの持続投与が推奨されているようです。

 その他、亜急性期から慢性期にかけてのβ遮断薬や急性期における硝酸イソソルビドなどの血管拡張薬の使用についても、国内外ともにガイドラインに記載されており、内視鏡医と共通認識を形成する上で、一読の価値はあるかと思います。

(2)比較的状態が安定しているように見える吐血症例での適切な気管挿管のタイミング
 さて、胃・食道静脈瘤の国内外のガイドラインについて、簡単に目を通しました。しかしながら、最初から患者さんが「私、静脈瘤破裂です」と言ってくれる訳でもなく、あくまで入り口は「反復する吐血を呈する患者」と言う切り口になろうと思います。

 この意味で、少なくとも出血性ショック合併例であれば、外傷症例におけるショック対応「(輸血を)入れて、(カテーテル・チューブを)挿れて、(活動性出血を)止める」と言った方策に準じて確実な気道確保と輸血など治療に必要なデバイスを確保することが重要です。(文献7)
またバイタルサインが不安定な状態で内視鏡やIVRによる緊急止血術を行う場合、速やかに処置を進めるために鎮静・鎮痛による不動化を行うことは重要と考えられます。

 それでは、明らかな収縮期血圧低下が無い症例で、どのように気管挿管を決断するか、と言うのが悩ましいところです。これについて、明確な回答はないと思われますが、英国のガイドラインにおいては「吐血が続いている、もしくは、循環動態が不安定で胃の中に血液が残存していそうな患者」での積極的な気道確保を推奨しています。(文献5)

 一方で吐血患者における気管挿管のリスクが決して低くないことも事実です。重症の上部消化管出血において、誤嚥予防の目的で気管挿管を行なった場合、予期せぬ心肺有害事象が多かったと言う報告もあります。(文献8)

これらを総合し、呼吸・循環の安定化や処置中の嘔吐リスクが高い症例においては内視鏡に先行して、慎重に気管挿管を行なうのが一つの正解ではないかと思います。

(3)吐血ショック症例については内視鏡施行場所や人員配置を考える
 皆さんの施設では、循環動態が不安定な患者さんの内視鏡を、どこで行なっていますか?前述の通り、循環動態が不安定な場合など確実な気道確保を行う場合、必然的に全身管理の担当者が必要になるかと思います。またERと内視鏡室の距離関係次第では送り出した先で状態悪化した場合に、直ぐに十分な応援を送れない可能性があります。

 こうした問題について、ショックの場合や気道確保を要する場合などは、原則的に出張内視鏡を依頼してERで内視鏡を行うという対策を一つの解決法として提案します。これにより救急医が他患者のマネージメントにも力を割きつつ全身管理などを担当することができます。また看護師の人数も確保され、業務分担がし易くなる可能性もあると考えます。

 但し、X線透視を使える環境が完備されていない施設においては、透視を併用するケースでは不適当となります。また出張内視鏡の場合、不足物品が生じた場合、逐一内視鏡室まで取りに行く必要があり、このためには出張内視鏡で使い得る物品を事前にパッケージ化しておく必要になるでしょう。集中治療室に24時間集中治療医が常駐している施設であれば先に集中治療室に入室し、そこに出張内視鏡を依頼する選択肢もあるかも知れません。
 具体的な方策は施設特性によって変わると思いますが、全身管理を担当するチームと内視鏡に専念するチームとが協働する環境を作ることが望ましいように思います。

(4)自院の限界を把握した上で、転院のタイミングを逸しない
 ここが非常に難しいポイントですが、内視鏡に限らず、あらゆる治療に限界はあります。外傷診療においては、JATECのPrimary surveyにもSecondary surveyにも、判断すべきこととして高次医療機関搬送が入っています。この視点を、外傷以外の症例でも持ち合わせておくことは重要と考えます。

 本症例では、施設内でできる唯一の内視鏡的治療は結紮術のみであり、これで難しい場合は打つ手なし、と言う認識を消化器内科医と救急医とで共有しており、分岐点で速やかに判断することができました。これがもしも内視鏡ができない病院であれば、内視鏡必要な症例であると判断した時点で同じように転院調整を開始しなくてはなりません。静脈瘤からの出血を否定できない場合は、SBチューブを入れて転院することになると思いますので、自分でSBチューブを挿入できるよう普段からトレーニングをしておくと良いように思います。

 自院の治療の限界を知りつつ、スムーズな診療を行う上では、プロトコールの作成が有用です。最終産物であるプロトコールは勿論のこと、作成に当たり、消化器内科医、救急医、ER看護師、内視鏡看護師などが意見を出し合って、擦り合わせることが必要となり、そのプロセスで相互理解が形成されることが肝要だと考えています。具体的に、救急医としては誤嚥リスクが高い症例やショックの症例では気管挿管した上で処置に臨む方が安心だと感じていることや、出張で内視鏡を行う場合の物の配置などオペレーター側から指摘されて気付くことなど、多くの意見が出ると思います。これを機に、皆様の施設でも内視鏡チームとコンセンサス形成を目指してプロトコールを作成してみてはいかがでしょうか?

Take home message
1.誤嚥を予防する目的での気管挿管は重要であり、全身麻酔は止血に要する時間を短縮する意味でも重要である。
2.「吐血が続いている、もしくは、循環動態が不安定で胃の中に血液が残存していそうな患者」では積極的に気道確保を行うことが推奨されている。
3.循環動態不安定な吐血症例について、救急外来や集中治療室への出張内視鏡を含めたプロトコールを多職種・多診療科で作成することが望ましい。

参考文献
1.Huang ES et al., Impact of nasogastric lavage on outcomes in acute GI bleeding. Gastrointest Endosc 2011; 74:971.
2.Rockey DC et al., Randomized pragmatic trial of nasogastric tube placement in patients with upper gastrointestinal tract bleeding. J Investig Med 2017; 65:759.
3.Bai Y et al., Meta-analysis: erythromycin before endoscopy for acute upper gastrointestinal bleeding. Aliment Pharmacol Ther 2011; 34:166.
4.Pateron D et al., Erythromycin infusion or gastric lavage for upper gastrointestinal bleeding: a multicenter randomized controlled trial. Ann Emerg Med 2011; 57:582.
5.Tripathy D et al., UK guidelines on the management of variceal haemorrhage in cirrhotic patients, Gut 2015; 64: 1680-1704
6.肝硬変診療ガイドライン2015 第2版, 日本消化器病学会
7.改訂第5版外傷初期診療ガイドラインJATEC, へるす出版, 2016
8.Association of prophylactic endotracheal intubation in critically ill patients with upper GI bleeding and cardiopulmonary unplanned events. Gastrointest Endosc. 2017 Sep;86(3):500-509

おまけ:
 実際に使用している『致死的消化管出血対応プロトコール』を基に、プロトコール案をお示しします。具体的な戦術は施設の内情によって大きく異なることと思いますが、戦略はある程度共通していると予測されること、各施設で戦術を組み立てる上で他施設の情報が有用であろうと思われますので、情報提供と致します。