2019.04.30

EMA症例96:4月症例解説

 2019年4月症例にご参加くださったみなさまありがとうございました。74名の方が回答してくださいました。

 今回は「駐車場でうずくまっているところを発見された60歳代女性」でした。まだ症例提示を読んでいない方はこちらからどうぞ

 アンケート結果を共有します。

急性冠症候群が最も多い結果でした。病態名とその原因も含めてピタッと予想されている方が2名いらっしゃいました!(症例の経過はこの後お知らせします)

 除外すべき疾患では、より重症度の高い疾患が上位に入りました。そのほかには、電解質異常や様々な感染症があげられていました。

 直ちに実施したい検査では、ベッドサイドで実施するエコーを半数以上の方が選ばれました。そのほかでは、RUSH(解説で説明あり)や右側胸部誘導心電図があげられていました。救急外来から移動が必要な検査室でのエコーはゼロ票でした。

 追加で実施したい治療行為では昇圧剤投与と酸素投与が多く、ショックに対する対応を優先されたことが分かりました。

参加者の属性は以下の通りでした。形成外科や地域医療に従事されている先生も参加されていました。ご参加いただいたみなさまありがとうございました。

<患者さんの経過>

担当医は、末梢静脈路を確保し、生理食塩水投与を開始しました。同時に実施した心電図検査は、以前の波形と著変ありませんでした。静脈確保時に血算・生化学検査は提出し、動脈血液ガスの結果は症例提示で示した通りです。輸液にも関わらず低血圧が遷延しているためノルアドレナリンの持続投与を開始しました。これと並行してベッドサイドにあるエコーをあてたところ、心嚢液を認めたため詳細な評価のために救急外来での技師による心エコー検査を依頼しました(来院約20分後)。

心エコー検査の結果、全周性の心嚢液を認め、心嚢液内に淡いlow echoがあり血餅の可能性があるとのことでした。また、前壁の壁運動低下と左室内腔径の狭小化を認めました。上行大動脈の描出は不良で確認できませんでした。心タンポナーデによるショックであり心嚢穿刺について循環器内科にコンサルトを行いました(来院約30分後)。

当初はこのままカテーテル室に移動し心嚢穿刺を行う予定でしたが、血圧が107/69 mmHgとなり患者の意識レベルも改善したため、胸腹部の単純+造影CT撮影を実施しました(図1参照)。

CTでは多量の心嚢液があり、やや高吸収で血性と考えられました(赤矢印)。肺静脈が狭小化していて(青矢印)、かなりの内圧がかかっていることが推測されます。上行大動脈基部(緑矢印)から鎖骨下動脈近くまで解離が見られますが、ほとんど造影されていませんでした(黄色矢印は解離腔)。以上から、Stanford A大動脈解離と血性心嚢液と診断されました。

CT撮影後血圧が再度低下したため心嚢穿刺により心嚢液を回収、緊急手術となりました。術後の経過は良好で現在は退院され透析に通っておられます。

<解説>

というわけで、今回の症例は「急性大動脈解離により心タンポナーデとなった症例」でした。EMA教育班では、これまでもショックへの対応について取り上げています。

EMA症例77:52歳男性 下痢、倦怠感

http://www.emalliance.org/education/case/shorei77kaisetsu

 今回の症例の患者さんは、搬送時の意識レベルがE3V4M6でしたが、

補液や昇圧剤投与などで血圧が上昇するに伴い、意識清明となりました。「何となく様子がおかしい」「ぼーっとしている」という症状の背景に血圧低下がありました。バイタルサインを確認することの重要性を改めて考えさせられます。

今回の解説は「心タンポナーデへの対応」について取り上げます。

<心タンポナーデとは>

 心タンポナーデとは、心嚢液貯留により心嚢内圧が上昇することで心室の拡張障害をきたし、低心拍出に伴う血行動態が破綻した病態、と定義されます。心嚢内圧と心嚢液量はかならずしも相関しておらず、液の貯留速度、心膜の伸展性、心室拡張機能が関与します1

 外傷初期診療コースJATEC で心嚢穿刺のハンズオンを経験された人も多いと思いますが、外傷以外にも原因は様々です(表1)2

<心タンポナーデの診断>

 心タンポナーデの診断ではBeckの3徴(①収縮期血圧低下②静脈圧上昇③心音微弱)が代表的所見として知られています。しかしながら、この所見が揃うのは主に急性の心膜腔出血であり、実際にこの所見が揃うことは少ないといわれています(図2)3

今回の症例では、経静脈怒張・低血圧・頻脈があり心エコーで診断されています。身体所見だけで判断するのではなく、身体所見とそのほかの検査を組み合わせて迅速に診断をすることが重要です。

 

 今回は、初療医がベッドサイドでエコーを実施しその後技師に検査を依頼していました。ベッドサイドで行う検査は迅速性に優れますが、正確性という点では技師のエコーに劣ります。患者さんの状況が切迫している場合は、技師のエコーを必要とせず直ちに専門医コンサルトということもあると思います。

 ベッドサイドで医師が行うエコー検査はPOCUS(Point of care ultrasonography)と総称され、先日の文献紹介でも取り上げられました。

http://emalliance.org/education/dissertation/20190407-journal

POCUSの中でもショック患者さんの評価を目的として実施するものをRUSH(Rapid Ultrasound in Shock in the evaluation of the critically ill patient)といいます4。こちらも過去の教育班症例で解説していますので、よろしければご確認ください。

http://www.emalliance.org/education/case/shorei77kaisetsu

<心タンポナーデの治療>

 心タンポナーデの治療は心嚢穿刺(もしくは外科手技)による心嚢液のドレナージとなります。心嚢穿刺を誰が(救急医or循環器内科or心臓外科)どこで(救急外来orカテーテル室or手術室)、どのタイミングで(すぐにor待機的にor経過観察)行うかは、患者さんの緊急度や施設の方針によっても異なります5。心嚢穿刺の方法については手技書などでご確認ください。

心嚢穿刺により15~20ml心嚢液が吸引されれば一時的に症状が改善されることが多いです。今回のような大動脈解離が原因である場合は心嚢穿刺により心タンポナーデが解除された結果、血圧が上昇し大動脈解離が悪化する可能性があり、注意が必要です。今回は心嚢穿刺後、昇圧剤投与は中止となり降圧治療が開始されました。

 初期対応を行う救急医としては、バイタルサインを安定させつつ心嚢穿刺を実施するための段取りを行い、さらには原因疾患への今後の対応も考えていくことが求められます。

<今回のTake home message>

〇バイタルサインと身体所見から心タンポナーデを疑おう

〇ショックの患者では積極的にエコーを当てよう

〇バイタルサインを安定化し根治治療までのマネジメントができる救急医を目指そう

<参考文献>

1. 白石裕一. 心タンポナーデ. 心エコー. 2018;19(1):70-76.

2. Adler Y, Charron P, Imazio M, et al. 2015 ESC Guidelines for the diagnosis and management of pericardial diseases. Eur Heart J. 2015;36(42):2921-2964.

3. Jacob S, Sebastian JC, Cherian PK, Abraham A, John SK. Pericardial effusion impending tamponade: a look beyond Beck’s triad. Am J Emerg Med. 2009;27(2):216-219.

4. Perera P, Mailhot T, Riley D, Mandavia D. The RUSH exam: Rapid Ultrasound in SHock in the evaluation of the critically lll. Emerg Med Clin North Am. 2010;28(1):29-56, vii. 0

5. Risti AD, Imazio M, Adler Y, et al. Triage strategy for urgent management of cardiac tamponade: a position statement of the European Society of Cardiology Working Group on Myocardial and Pericardial Diseases. Eur Heart J. 2014;35(34):2279-2284.