2019.04.26

EMA症例93:1月症例解説

1月症例の解説編です!

学生から専門医まで、救急医・外科医・小児科医など、幅広く79名の方から回答を頂きました。

みなさま、たくさんの回答ありがとうございました。

<回答5:属性について>

今回の症例は血液・体液曝露事故への対応がテーマでした。

多くは労務災害あるいは公務災害に相当するため、まずは「マニュアル通りの対応」を行うことが基本です。初期臨床研修医を受け入れているような総合病院であれば、「感染対策マニュアル」に「血液・体液曝露時対応」の項目としておそらく示されています。今回のような針刺し事故に関わった際にマニュアルを開いたことがある、という方も多いことと思います。

さて、今回回答を頂いた方のマニュアル使用状況について質問3と質問4でお伺いしました。

<回答3:回答の際のマニュアル参照について>

 ※ 対応マニュアル以外の参照資料について

 ・エイズ治療・研究開発センター のホームページ

  http://www.acc.ncgm.go.jp/medics/infectionControl/pep.html (外部リンク)

 ・厚生労働省のホームページ (からアクセスできる資料)

  https://www.mhlw.go.jp/newinfo/kobetu/iyaku/kenketsugo/2a/dl/2b.pdf

    (アクセス不可)

  → 直接のアクセスは不可ですが、以下のホームページから閲覧可能です。

    (閲覧日: 2019/2/1)

  https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/2a/index.html

    (外部リンク)

  「平成16年版血液事業報告」「第2章」「感染症報告とウインドウ期」

   肝炎ウイルスやHIVの急性感染経過におけるマーカー推移などの記載があります。

 ・公益財団法人 ウイルス肝炎研究財団 Q&A

  → HTML残っていますが公開停止中のようです。

<回答4:自施設マニュアル参照歴について>

「何も参照しなかった」方が予想以上に多かったのですが、対応マニュアルに目を通したことがある方が過半数ということで、マニュアル通りの対応を理解している方が多かったように感じました。

それでは実際の対応で重要となるポイントについて解説していきたいと思います。

●「血液・体液曝露」とは

他者の血液や体液(血性体液、唾液、精液、膣分泌液、髄液など)が、傷や粘膜に付着することを指します(1)。具体的には、血液や体液で汚染された鋭利器材により切創を生じた場合、血液や体液が傷のある皮膚、眼球や口腔粘膜に付着した場合、咬まれることで創傷を生じた場合です。すなわち、傷のない皮膚に血液や体液が触れたのみでは曝露には当たりません。

●針刺し事故の感染リスクと予防策について

すべての血液・体液曝露ではHBV、HCV、HIVを含んでいる可能性を考慮すべきです。梅毒に関して、有症状の場合には針刺し事故による感染例の報告がないわけではありません(2)が、無症状の場合はほぼ起こり得ないと考えられます。HTLV-1やプリオン病なども理論上は感染リスクがありますが、極めて頻度が低く、少量曝露での感染リスクも極めて小さく、臨床的には問題にならないとされています。したがって、今回の解説でもHBV、HCV、HIVを対象にしていきます。

針刺し事故での感染率はHBVで約30%、HCVで1.8%、HIVで0.3%とされます(1)。ここからもHBVの感染力は高く、HIVの感染力はかなり低いことが伺えます。

この感染率は体内に侵入した血液量、ウイルス量に依存します。したがって感染率が高い状況とは、縫合針より中空針、浅い創より深い創、付着量が少ない場合より多い場合、となります。手袋の装着有無は重要で、針刺し事故が起こっても注射針に付着した血液の46-86%が手袋に拭い去られる(3)ため、ディスポーザブル手袋の装着により血液曝露量を減らすことができます。また、直ちに曝露部位を流水と石鹸で十分に洗浄することは、曝露量を減らすという意味でも有用です。洗浄時、血液を絞り出すような操作を行うかどうかについては、定まった見解はないものの、デメリットがほとんどないため行うように記したマニュアルも多いようです。

そもそも針刺し事故が起こらないようにするための対策ももちろん重要です。採血などの際に、針捨てボックスを近くに寄せておく、セーフティを適切に操作する、リキャップしない、といった基本的なポイントも改めて確認しておきましょう。また、急変時など、複数の医療者が同時に介入を行う状況下で穿刺をする際にはコミュニケーションを十分に行い、穿刺する医療者の安全に配慮しましょう。

●初期対応

1) HIV

針刺し事故ではHBV、HCV、HIVの可能性を考えるべきと述べましたが、中でも最も迅速な対応が必要になる可能性があるのがHIVです。まずHIVへの対応について、みなさまの回答を見てみたいと思います。

<回答2:HIVへの対応> (複数回答可につき重複あり、数字の単位は[件](回答数))

※ 「その他」で頂いた御意見

・マニュアル通りに対応する

・曝露源の患者の検査をみた上で予防を行うか検討する

・自施設のHIV専門医に連絡がつかなければ、近隣のHIV専門医へ相談する

・地域・事前確率による(新宿区のクリニックなのか、HIV患者のほとんどいない地域なのか)

・非専門家による説明では不安が残ることもあり,内服を行わない決定をした状況でも後日専門医・専門部署で説明を受けることはoptionとしてよいと思う

・感染率が高くないことを説明し、とりあえず1回内服し曝露源の検査を待って改めて判断するか、本人が必要ないと判断したら積極的にHIV予防内服は勧めない

予防内服の是非とタイミングでかなり意見が分かれる結果となりました。

今回の症例では以下の3点が判断のポイントであったと思われます。

 ➢ 曝露源の患者がHIV陽性である可能性を高いと解釈するか

 ➢ 予防内服までの時間的猶予はどのくらいか

 ➢ HIV専門医に相談できていない時点で内服開始するか

もしみなさまの施設のマニュアルが上記すべてのポイントで判断基準を明記しているものであれば、それ通りの対応を行うべきです。ただ、エビデンスが不十分であることもあり、マニュアルによって少しずつ記載が異なっていたり、明記されていないがために臨床現場での判断が必要になったりします。

曝露源の患者がHIV陽性ならば予防内服開始、HIV陰性ならば予防内服は行わない、という流れは共通項だと思いますが、HIV感染状況が不明な場合の対応については悩むところです。マニュアルによっては、「HIV陽性が強く疑われる」=「ニューモシスチス(カリニ)肺炎・クリプトコッカス髄膜炎等の症状があり HIV 陽性であることが推定できる」と限定し、HIV感染の有無が不明の場合には予防内服の対象とならない、と示したものもあります(4)。一方で、抗HIV治療ガイドライン(厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策事業「HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班」)(5)では、曝露源不明の際の対応について明記はなく、「専門家への相談」「ケースバイケース」との記載に留まっています。

今回の症例のように曝露源の患者と連絡がとれるのであれば、HIV感染リスクについて追加の問診を行うことが判断の助けになるかもしれません。具体的にはHIV患者との接触歴、性交歴や同性愛者かどうか、伝染性単核球症を疑わせる皮疹や口腔潰瘍などの病歴、クリプトコッカス髄膜炎を疑わせる頭痛などの病歴、などが挙げられます。

では予防内服を行うとして、その時間的猶予はどのくらいあるのでしょうか。あるいは、予防内服を行うかどうか判断に困っている場合、HIV専門医への連絡と応答をどのくらい待つことができるのでしょうか。予防内服までの時間的猶予について、先ほどの抗HIV予防マニュアル(5)には以下のように記載がありました。“エビデンスは乏しいが、可能であれば2時間以内の開始が重要と考えられる。CDCガイドラインには「PEP should be initiated as soon as possible, preferably within hours of exposure」と記載され、時間としては「数時間」と記載されている(6)。米国ニューヨーク州のガイドラインには「Occupational PEP should be initiated as soon as possible, ideally within 2 hours of the exposure.」と記載され、「2時間」の目安が示されている(7)。また英国のガイドラインには「PEP should be commenced as soon as possible after exposure, allowing for careful risk assessment, ideally within an hour」と記載され、「1時間」の目安が示されている(8)。” (参考文献(5) PDF版 page.149 より抜粋引用、引用文内の参考文献番号は差し替え)

この曝露後2時間以内というのは相当厳しいです。脳梗塞におけるt-PA適応は4.5時間以内ですから、判断までの猶予がかなり少ないことが想像できると思います。ですので、予防内服を行う状況であれば、採血結果を待たずにインフォームドコンセントや薬剤の準備を進めるべきと考えられます。また、判断が困難な状況であれば1回目の内服を速やかに行う方法もあります(5)。これにより次回の内服を行うまでの12-24時間、HIV専門医へ相談するための時間的猶予が確保されます。

2013年のCDCガイドラインでは、4週間は予防内服を継続することが推奨されています(6)

予防内服の実際のレジメンについては各々のマニュアルを参照して頂くこととして、ここでは割愛します。というのも病院ごとに配置薬が異なることと、この数年の間にも新薬が登場しており推奨レジメンが細かい周期で変更され得るためです。

ただし、予防内服を行う前に以下の3点については確認をしておきましょう。

 ・妊娠の確認 → 使用可能な抗HIV薬が限られるため

 ・慢性B型肝炎

  → 抗HBV効果がある薬剤では内服終了後にHBVの再活性化が起こりうるため

 ・腎機能  → 腎機能により用量調整が必要な場合があるため

上記3点のいずれかに当てはまる場合には、薬剤選択や予防内服是非など、HIV専門医への相談が必要です。ただし、HIV専門医への相談のために予防内服が遅れてはならないとされます。一方で、妊娠中などの状況では、感染リスクが低いと考えられる場合に「安心のための曝露後予防内服は実施しない」という選択も、リスク・ベネフィットを考慮した上での判断となります。

<図1:HIV曝露後予防フローチャート> (参考文献(1)(5)(6)より筆者作成)

最後に、マニュアルがない場合、あるいは自施設では検査体制や薬剤配置が不十分な場合についてですが、自治体のホームページを参照してみるのも一つの方法です。感染症対策を担当している部門(福祉保健局や健康医療局など)でHIV感染防止マニュアルや針刺し事故対応について示されていれば、そこに事故対応が可能な病院やHIV予防薬配置医療機関が載っているはずです。いざ対応する時に慌てずに済むように、事前に確認しておくことをおすすめします。

2) HBV

さて、HIVに続いてHBVへの対応を考えていきます。針刺し事故でのHBVの感染率は前述の通り約30%と高く、日本における有病率も高いことから、曝露源の感染状況が不明の場合もできる限り早く曝露後予防を行う必要があります。

HBVに関する曝露後対応についての、みなさまの回答をみていきましょう。

<回答1:HBVへの対応> (複数回答可につき重複あり、数字の単位は[件](回答数))

※ 「その他」で頂いた御意見

・マニュアル通りに対応する

・HBVの予防接種歴を聴取する

・3ヶ月後にも再受診

・HCVについては設問にないがそちらのフォローは検討

多くの方に回答して頂いた通り、被曝露者にHBs抗体があれば曝露後予防は不要と考えられます(1)

一方で、被曝露者にHBs抗体がない場合(HBs抗体 <10 mIU/mL)、曝露後予防を考えなければなりません。曝露源患者のHBs抗原が陽性あるいは不明の場合、HBIG(抗HBs人免疫グロブリン 2000u筋注)およびHBVワクチン接種を行います(1)。時間的猶予について明記された文献は発見できませんでしたが、2013年のCDCガイドライン(9)には「できる限り早く、遅くても1週間以内」と示されており、HIVよりはいくらかの時間的猶予があるものと考えられます。実際、多くのマニュアルで「できる限り早く、24-48時間以内が望ましい」と示されています。

HBVのフォローアップについては、ワクチンの追加接種やHBs抗原のフォローのため、次回は約1ヶ月後の外来受診を手配します。

<図2:HBV曝露後予防フローチャート> (参考文献(1)(9)より筆者作成)

3) HCV

HCVに対する曝露後予防は確立していません。ただし感染成立が確認されれば曝露8-12週後に治療を開始することが望ましいとされています。したがって曝露の約1-2ヶ月後にHCV抗体とHCV-RNAを含めた検査およびフォローアップを手配します。

●症例のまとめ

今回の症例のモデルとなった実際の症例では、救急外来担当医は曝露源患者が急性HIV感染症である可能性が比較的高いと判断し、来院後の時点で予防内服についてのインフォームドコンセントを得て、HIV専門医に連絡がつく前でしたが曝露後2時間以内の予防内服を行いました。その翌日、曝露源の患者の採血検査を行いHIV抗体陰性が確認されたため、HIV専門医に確認の上で予防内服もその時点から中止し、週明けに改めてHIV専門医の外来フォローアップを行う運びとなりました。

被曝露者ではHBs抗体があったためHBVに対する曝露後予防は行わず、HCV曝露後フォローも考慮して1ヶ月後の外来フォローアップを手配しました。

●Take Home Message

 ・自施設の針刺し事故対応マニュアルを開いてみよう

 ・マニュアルがない、または自施設で対応不能ならば、最寄りのHIV予防薬配置医療機関を確認する

 ・HIV感染予防は受傷1-2時間以内の治療開始が必要な緊急病態であると心得る

 ・HBs抗体があればHBVの曝露後予防は不要、ただしHCVのフォローアップを約1ヶ月後に行う

●参考文献

(1) US Public Health Service. Updated U.S. Public Health Service guidelines for the management of occupational exposures to HBV, HCV, and HIV and recommendations for postexposure prophylaxis. MMWR 2001; 29: 50(No. RR-11)

(2) Franco A, et al: Clinical case of seroconversion for syphilis following a needlestick injury: why not take a prophylaxis? Infez Med 15:187-190, 2007

(3) S T Mast, J D Woolwine, et al. Efficacy of gloves in reducing blood volumes transferred during simulated needlestick injury. J Infectious Disease 1993; Volume 168, Issue 6, 1589-92

(4) 東京都エイズ診療協力病院運営協議会編. HIV感染防止のための予防服用マニュアル(平成29年7月改訂版). (東京都福祉保健局ホームページ www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/koho/kansen.html より入手可) 閲覧日: 2019/1/23

(5) 抗HIV治療薬ガイドライン(2018年3月発行) XV 医療従事者におけるHIVの曝露対策. (厚生労働行政推進調査事業費補助金(エイズ対策政策研究事業)「HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班」ホームページ www.haart-support.jp/guideline.htm よりアクセス可) 閲覧日: 2019/1/23

(6) Kuhar DT, Henderson DK, et al; US Public Health Service Working Group. Updated US Public Health Service guidelines for the management of occupational exposures to human immunodeficiency virus and recommendations for postexposure prophylaxis. Infect Control Hosp Epidemiol. 34(9): 875-92. 2013

(7) New York State Department of Health. HIV Clinical Resource. PEP for Occupational Exposure to HIV Guideline. (www.hivguidelines.org/pep-for-hiv-prevention/ よりアクセス可) 閲覧日: 2019/1/23

(8) HIV post-exposure prophylaxis. Guidance from the UK Chief Medical Officers’ Expert Advisory Group on AIDS. Department of Health, 2008. (http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20130105025754/http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_088185?ssSourceSiteId=ab よりアクセス可) 閲覧日: 2019/1/23

(9) Schillie S, Murphy TV, et al. CDC Guidance for Evaluating Health-Care Personnel for Hepatitis B Virus Protection and for Administering Postexposure Management. MMWR 2013; 62 (RR-10): 1-19