2019.05.09

EMA症例92:12月症例解説

ご回答いただいた皆様、ありがとうございました。 今回は選択肢なく自由回答だったので、少し答えにくかったでしょうか。

シュノーケリングで沖に流されたけれど、なんとか自力で浜までたどり着いた29歳男性の約3時間後から急性発症した激しい背部痛、という症例でした。 病歴、検査所見からピンとくれば鑑別にあがるけれど、知らないと困っちゃう、そんな症例でした。

まず皆様の回答のご紹介とともに質問についてみていきます。 答えていただいた方の属性は以下の通りです。

 

<質問1>この時点での鑑別診断は何を考えますか?(疑わしいもの上位3つ) みなさんの回答は以下の通りです。

 

<病歴聴取の大切さ>

「急性発症の激しい背部痛」といえば、動脈などの管の閉塞(腎臓などの臓器の梗塞、尿路結石)や、血管の裂ける痛みで急性大動脈解離が鑑別に挙がるでしょうか。 だとすると、若い男性なのでマルファン症候群や不整脈が背景にあるのかなども気になってきますね!

「激しい背部痛」で考えると急性膵炎、ぎっくり腰(急性腰痛症)などが鑑別にあげられるでしょうか。飲酒量も気になります。ぎっくり腰であれば痛みは基本的には体動時だけのはずですね。 「海関連の痛み」ということで減圧症も多く挙がっていました。 本当にシュノーケリングだけなのか、潜ってはいないのかもしっかり聞き取りたいですよね。

その他、少数意見で海ぶどう中毒、腎梗塞、陰圧性肺水腫、誤嚥性肺炎、食道破裂、痛風による胸髄症、Surfer’s myelopathy、外傷、横紋筋融解症、急性胆嚢炎、後腹膜血腫、なんらかの虫刺傷などが挙げられました。

Surfer’s myelopathyはサーフィン初級者に多く見られる非外傷性の虚血性脊髄障害で、パドリングの脊柱伸展肢位による下位胸髄の血流障害でおこる脊髄梗塞です。同じように背部痛から発症し両下肢の麻痺へと急激に進展する疾患で、MRIで診断されます。 海ぶどうは海藻で、ぷちぷちして美味しいです。 ぜひ沖縄にいらした時には食べて見てください。 冷蔵できないので(ぷちぷちがしぼんでしまいます。)、腸炎ビブリオが付着していることがありますが、お店に並んでいるものは消毒されているはずです。

このように病歴、身体所見から多くの鑑別をあげて、その鑑別をもとに検査を組み立てていきます。 検査所見は、血中CK 960 U/L、 Cre 1.3 mg/dL、尿中タンパク (2+)、 潜血 (1+)、 尿酸結晶 (3+)あたりが気になるところですね。 CKが高いのは離岸流で流されて頑張って泳いだから? 血糖357mg/dlと高いのはストレス?DKA?? 尿潜血陽性だけれど尿中RBC(-)なので、ミオグロビン尿??? 一元的に説明できる疾患があるのでしょうか?? 腹部エコー、腹部単純・造影CTでは、質問1で鑑別の上位に挙がった尿路結石や腹腔内の動脈閉塞、解離はありませんでした。急性膵炎の所見もありません。 ではなぜこんなに痛がっているのでしょう? わからない時は、時間が解決する場合があります。

 

<病歴・身体診察・検査所見でわからない時は、時間が解決?>

本症例も疼痛コントロールと輸液を行いながら経過観察し、4時間後に血液検査の異常値をフォローしてみたところCreが2.1 mg/dLとさらに上昇し、CPKも1000 U/Lとごく軽度上昇していました。 横紋筋融解による急性腎不全が起こっているのでしょうか・・・??? しかしそれにしてはそこまでCPK高くないような気がします。

 

<質問2>この時点で鑑別診断は何を考えますか?(複数回答も可)

<質問3>追加したい問診、身体所見、またはエコーやCTで他に確認しておきたい所見はありますか?

みなさんの回答は以下の通りです

 

 

その他、ビブリオ腸炎、壊死性筋膜炎、精巣捻転、脊髄梗塞、副腎不全、甲状腺クリーゼなどが挙がっていました。

確認したい所見としては、造影CTでの腎臓の造影状況、内服歴、飲酒歴、海藻摂取量、海水を飲んだか、どの程度泳いだのか、潜水の有無・深度、血液ガス、皮膚所見などが多くあげられていました。 最後まで意見は割れましたが、今回の症例は、運動後急性腎不全(ALPE)でした。

 

みなさん、 運動後急性腎不全(acute renal failure with loin pain and patchy renal ischemia after anaerobic exercise : ALPE)をご存知でしょうか? 1982年に初めて提唱された、日本発の疾患概念で、報告もほとんど日本からのものです。 若年男性(16~35歳前後)に好発し、短距離走などの無酸素運動を契機に発症することが多いです。1)

マラソンなどの長時間の激しい運動で生じる横紋筋融解症に伴う急性腎不全と異なり、非ミオグロビン尿による腎不全です。 その名の通り、無酸素運動後(E)に斑状の腎虚血(P)と激しい腰背部痛(L)を伴う急性腎不全(A)を特徴とします。2) 運動後1時間~48時間後(3~12時間後に多い)に両側の激しい背部痛、側腹部痛を訴えます。しばしばのたうちまわるほどの激しい痛みで、救急外来では尿路結石や大動脈解離などが疑われます。 腎性低尿酸血症、運動前の解熱鎮痛薬や風邪気味などもALPE発症のリスク因子と考えられています。 特に腎性低尿酸血症(一般的に2.0mg/dl以下)があると約50倍ALPEを発症しやすく、再発のリスクも高い(29%)です。2,3) 日本では腎性低尿酸血症が0.1~0.4%と多いことよりALPEの報告も多いと考えられています。4) 運動の種類としては、体育祭などで200M走を複数回全力疾走した後の発生が多く、そのほかサッカー、筋力トレーニング、競泳、自転車競技、重量挙げなどの無酸素運動を繰り返す運動がきっかけとなります。 発症機序は不明な点が多く、無酸素運動の際に使われる筋肉のタイプ2筋繊維の障害により腎血管を攣縮させる物質が発生するという説があります。2)

 

<ALPEの診断>

やはり、病歴がかなり特徴的です。運動してから症状出現までに時間差があるため、運動に関して病歴を聴取しないと、診断しそびれる可能性があります。

過去の症例報告にも偏りがあり、相当数見逃されている可能性が指摘されています。2)

横紋筋融解によるミオグロビン尿性急性腎不全に比べて、血清CPK値は正常もしくは軽度上昇となります。 (横紋筋融解によるミオグロビン尿性急性腎不全では、通常血清CPK値は1万~10数万の著しい上昇を認めます。また、筋肉からの遊出によりP、K、尿酸、ミオグロビンの血中濃度が高値となり、血清Ca値は障害筋への沈着により低値となります。) また、ALPEでは乏尿はまれで、タンパク尿・血尿は陽性の場合も陰性の場合もあります。

 

 

画像診断や腎生検などは、病歴よりALPEが強く疑われれば必須ではないのですが、造影剤を40cc静注し、数時間から2~3日後までの間に単純CTを施行すると両側腎に楔形の造影剤の残存を認めることができます。 クレアチニンが高値(6mg/dl以上)ではびまん性の造影効果しか得られないこともありますが、その場合も回復時には楔形に造影剤が残存します。2,5)

 

 

(文献6より。徐々に造影剤で病変部位が染まるようになりさらに時間が経つと病変部位はwash outされずに楔形に残る)

 

(本症例の造影剤投与24時間後の単純CT: 腎臓に楔形の造影剤の残存を認める)

 

<治療・予防>

現時点では、安静、脱水があれば補液、といった保存的加療のみです。 痛みに対して安易にNSAIDsを投与しないように気をつけましょう。

乏尿、尿毒症、高K血症、心不全などがあれば透析も必要となります。 長期の腎予後についてはわかっていませんが1回のエピソードでは腎機能障害を残さないとされています。 しかし再発することも多く、このような患者での長期予後についてはわかっておりません。3)

日本には家族性の低尿酸血症患者も多く、見つけた時はALPEのリスクについて説明しておいてもよいでしょう。予防としては運動前の解熱鎮痛剤の使用、脱水は避ける、などとなります。

 

本症例は数時間毎の経過で腎不全が進行し、第3病日にはクレアチニン10.5mg/dlまで上昇し乏尿も認めたため、血液透析を計6回施行しました。

腎機能は徐々に改善し、第21病日には正常化したため退院となりました。

当院では、他にもサッカー後、運動会の100M走後、痙攣重責後のALPEなども経験しております。

知っていれば病歴からぴんと来る、知らなければ急激な腎機能悪化にドキドキしてしまう、そんな疾患でした。

 

<Take home message>

・無酸素運動後(E)に斑状の腎虚血(P)と激しい腰背部痛(L)を伴う急性腎不全(A)ではALPEを考えよう。

・横紋筋融解症と異なり、血清CPK値は正常か軽度上昇にとどまる。

 

 

1)Jeonghwan Lee et.al;Clinical characteristics of acute renal failure with severe loin pain and patchy renal vasoconstriction; Kidney Res Clin Pract.2012 Sep; 31(3): 170-176

2) 急性腎不全:診断と治療の進歩 特殊な病態とその対 応 6 運動で生じる急性腎不全 石川勲 日本内科学会雑 誌 第99 巻 第5 号 P56-62 2010

3)運動後急性腎不全(ALPE:acute renal failure with loin pain and patchy renal ischemia after anaerobic exercise)について 耒田 善彦 沖縄県医師会 医師会報2006年9月号. www.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2013/.../091.html

4) 膜輸送体蛋白と尿細管異常の進歩6 低尿酸血症 市田 公美ほか 日本内科学会雑誌 第95 巻 第5 号 p86-90 2006 5)運動後急性腎不全(ALPE) 石川勲 Gout and Nucleic Acid Metabolism Vol.34 No.2(2010)P145-P157 6) Ishikawa I. Acute Renal Failure with Severe Loin Pain and Patchy Renal Ischemia after Anaerobic Exercise in Patients with or without Renal Hypouricemia Nephron 2002;91:559–570