2020.01.17

EMA症例8:9月症例解説

EMA症例⑧ 解説 セロトニン症候群

さて、今回の症例。実は初めに対応をした複数の医師の印象は「ヒステリーか!?」。もともと解離性障害で通院中、勝手にERからいなくなったりしてるし、『精神的なもの』も…
とはいえ、皆さんからもご指摘いただいた通り、25歳のショックバイタルですので、まずはモニタリングしながら急速輸液とともに、突然の意識レベル低下の鑑別を進めました。

身体所見としては、
眼球は上転しているが、緩慢な左右への動き
小刻みに舌を動かし、咀嚼するようなそぶり
上下肢は小刻みな振戦を認め、下肢は屈曲・伸展を繰り返している…

■血糖:78mg/dl
■血液所見
pH:7.481 PaCO2:29.8Torr HCO3:21.2mmol/l BE:-1.7mmol/l
WBC:27100/μl CRP:2.89mg/dl
電解質正常、腎機能・肝機能に大きな異常なし CK:2642U/l
■頭部CT:異常なし
■尿所見:異常なし
■胸部~腹部CT:炎症源を示唆する所見なし

その後さらに体温の上昇を認め(第1病日深夜に39.8℃まで)、腰椎穿刺施行するも下記のとおり異常なし(もちろん血液培養・尿培養も提出→結局は陰性でした)
■髄液所見
有核細胞:3/3/μl (N:L比 0:3) 蛋白:24mg/dl  糖:73mg/l(その際の血糖:78)

さの頃から、ギョロギョロと視線を動かすような眼球運動が出現し、
下肢は尖足のような肢位で、腱反射も著明に亢進してきた

そしてなにより病歴でキーとなる「パキシル(SSRI)の内服歴」から…
そうです、「セロトニン症候群」が非常に疑わしいと考えました。

セロトニン症候群とは、セロトニンの過剰により、①自律神経症状②認知行動症状(精神症状)③神経筋症状をきたし、ときに致死的となる急性疾患です。原因薬剤の投与あるいは増量から24時間以内に発症するのが特徴です。
軽傷のものはセロトニン症候群と診断されず見過ごされている可能性も高く、正確な頻度は知られていませんが、nefazodoneを内服した患者で、0.4例/1000人・月という報告や、SSRIのoverdose患者のうち14~16%がセロトニン症候群を発症するという報告があります。

セロトニンの中枢神経作用を増強するいかなる薬剤(治療域であってもありえる)でも生じますが、最も一般的なものが抗うつ薬。特によく処方されるSSRIに注意です。他の代表的な原因薬剤として、
・セロトニン前駆物質を増加:L-ドーパ、リチウム、LSD、トリプトファン、トラゾドン(抗うつ薬)
・セロトニン放出促進:アンフェタミン、コカイン、MDMA(エクスタシー)、フェンフルラミン、レセルピン
・セロトニン再吸収阻害:SSRI、三環系抗うつ薬、トラゾドン
・セロトニン代謝遅延:MAO阻害薬

今回はパキシルの内服歴があり、ぜひ疑うべき状況です。(ただ今回の症例では、新規に開始した薬剤ではなく、増量もなかったとのこと。発症のきっかけは定かではありませんでした。増量などの明らかなきっかけがなくても生じ得るものなのでしょうか?ERから無断でいなくなった間に薬を飲んだのでは、という推測もしつつ…)。

「セロトニン症候群」の診断としては、
5週間以内にセロトニン作用薬を内服していて、以下のうち一つでも合致すれば、診断でき、特に①と②は診断価値が高いといわれています。感度84%、特異度97%となかなかです。
また、クローヌスはセロトニン症候群に特徴的で、悪性症候群等との鑑別にも役立つ所見なので注目です。
(The Serotonin syndrome. N Engl J Med, 352:1112-1120,2005
The Hunter Serotonin Toxicity Criteria QJM 2003;96:635-642)
①振戦+腱反射亢進
②自発性クローヌス
③筋硬直+高体温(>38℃)+(眼球クローヌスor誘発性クローヌス)
④眼球クローヌス+(精神運動興奮or発汗)
⑤誘発性クローヌス+(精神運動興奮or発汗)」
下のようなアルゴリズムで見るのも分かりやすいですね。

serotonin

今回の症例では、上下肢の振戦+腱反射亢進(アキレス腱反射が著明で、下肢優位に出現するのもセロトニン症候群の特徴に合致)を認め、①に合致。
目をぎょろぎょろするような眼球運動は眼球クローヌスであったと後から認識し、発汗も著明で、④にも合致します。筋硬直は認めませんでした。

他に、以下のうち4つ以上のmajor症状、あるいは3つのmajor+2つのminor症状があれば診断できる(Serotonin syndrome:a brief review.CNAJ 168:1439-1442,2003)。
①自律神経症状 
major:発熱(41℃以上は予後不良の指標)、多汗
minor:頻脈、頻呼吸、呼吸困難、下痢、血圧低下、高血圧
②認知行動症状(精神症状):
major:混乱、上機嫌、混迷、昏睡
minor:興奮、神経質、不眠
③神経筋症状:
major:ミオクローヌス、振戦、悪寒、筋固縮、反射亢進
minor:協調障害、散瞳、アカシジア

ただし、診断に決定的な症状や検査はありません。皆さんが鑑別に挙げてくださったように、感染、代謝疾患、内分泌疾患、他の薬物中毒などを除外した上で、原因となる薬剤を飲んでいないか疑うことが最も重要です。
今回もまずは感染を疑い、画像検査、血液・尿・髄液の培養を提出し、念のため入院時には抗生剤も併用しました。
CKの上昇があり、悪性症候群との鑑別も非常に悩むところでしたが、薬剤の種類、発症様式、筋強剛がないことからセロトニン症候群>悪性症候群、と判断しました。
ちなみに悪性症候群はドパミンアゴニストが原因薬剤となり、緩徐発症(数日~7日)、無動、鉛管状の筋強剛、高体温、嚥下困難などが特徴・セロトニン症候群との鑑別の参考になります。

治療はセロトニン作用のある薬剤の中止と、supportive careが中心。
原因薬剤を中止することで、多くは24時間以内に改善してきますが、25%で挿管・呼吸器管理が必要になります。
治療薬としては抗セロトニン作用のあるシプロヘプタジン(ペリアクチン)を、12mg(4~8mgの記載もあり)経口投与。効果がなければ2時間ごとに2mgを再度投与する(最大で32mgまで)。効果があれば維持量として8mg(4mgの記載もあり)ずつを6時間ごとに48時間経口投与、です。
不穏にはベンゾジアゼピンが有効で、身体抑制は予後を悪くする(筋の収縮を起こし、乳酸アシドーシスや高体温をもたらす)ので、しっかり鎮静が◎です。
本症例でも薬剤を中止し、ペリアクチンをNGチューブから投与。少量のベンゾジアゼピンを併用したところ、(ややゆっくりの経過ではありますが)第2病日には頻脈が著明に改善、第3病日には覚醒・意識レベル改善を認め、血液データも自然に改善、第5病日に退院となりました。

と、いうわけで、
★精神疾患がある患者さんの意識障害
→『精神的なもの』では、と思いたくてもバイタルや身体所見から怪しさを探ろう!
★意識障害や高熱の原因に薬剤の問診はやっぱり大切!
★急に「おかしくなる」(=精神症状・神経筋症状)鑑別に、セロトニン症候群も!

参考文献:The serotonin syndrome. N Engl J Med, 352: 1112-20,2005