2020.01.17

EMA症例7:8月症例解説

みなさん、ご無沙汰しています。

さて今回は皆さんも察しの通り、Ludwig’s Anginaです。

8月症例はこちらからどうぞ

そう頻繁にみるものではありませんけど、Killer Sore Throatの代表格としてこの際、他のKiller Sore Throatとともに学んでしまいましょう。

Killer Sore Throatで何がKillerなのかと言うと、気道を閉塞しうるという点です。喉頭蓋炎、扁桃周囲膿瘍、Ludwig’s、咽頭後膿瘍などは代表格です。その中で、とくに顎下部/頚部の感染症( Ludwig’s、咽頭後膿瘍)は気道閉塞以外に、縦隔炎やLemierre’s Diseaseなどの合併症も起こりうるので注意が必要です。顎下/頚部の深部感染をまとめてDeep Neck Infection (DNI)と呼ぶこともあります(図参照)。

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この女性は、診察上顎下部が腫脹/発赤しており診断にはそこまで悩まないと思われます。Ludwig’s Anginaの診察所見のポイントを挙げるとすれば、嚥下痛、顎下部の発赤/腫脹、舌の挙上。これらは口底〜頚部の軟部組織が感染腫脹することによって引き起こされる症状ですから理解しやすいですね。う歯を放置することによる感染が原因として高く(アメリカは歯医者が馬バカ高いので歯の状態が悪い人が多い)、2/3は歯(とくに下顎の臼歯)と言われています。

DNIの診断確定、膿瘍の除外、耳鼻科の治療方針の決定にはCTは欠かせません。また、この感染症(とくに咽頭後膿瘍)の一つの恐ろしいところは縦隔炎に進展しやすい点です。頚部CTで炎症が、頚切痕に波及している場合は胸部をもCTして縦隔炎の有無を確認しましょう。もちろんCTのない施設では、気道確保の必要性を考慮した上、即転送となります。

対応の三本柱は、気道管理、抗生剤、外科的処置となります。

気道管理:これは救急医/麻酔科医の腕の見せ所ですね。気道確保必要性の有無は、最終的に各臨床医によるところですが、やはり重度の呼吸困難感、stridor、呼吸補助筋の使用、tripod positionはとくに注意が必要なところです。気道確保が必要と判断した際に気をつけること2点。一つは安易に臥位にしないこと。もう一点は、安易に鎮静剤を使用しないこと。これらの行為は残っている僅かな気道を閉塞しかねないからです。患者さんには、楽な体勢をとらせるのが一番です。

さて、いざ気道確保する段階になったらどのように確保するか?これは非常に難しいトピックで、患者さんの状態や医師のバックグランドや経験が大きく影響します。耳鼻科の文献にあたると、こういった顎下部・頚部の感染症においての気道確保に気管切開を推奨しています。しかし、救急で迅速にこれを行うのは非常に難しいのは誰もが承知していることです。また、普通の経口挿管は多くの困難(鎮静、開口困難、臥位、舌の挙上)が待ち受けているのは、火をみるより明らかです。

現実に残されている方法としては、輪状甲状靭帯切開もしくはファイバー下の経鼻挿管でしょうか?もちろん、前頚部に感染徴候がある場合の輪状甲状靭帯切開はためらわれますが、それはあくまでも相対的禁忌であり、これを恐れるあまり患者を低酸素脳症に至らしめるのは、あかんですね。

抗生剤: 口腔内常在菌(S viridans, Klebsiella pneumoniae, S aureusなどの好気性菌や Peptostreptococcus, Bacteroides fragilisなどの嫌気性菌)が多くの場合に原因菌となるので、これをカバーできる抗生剤が必要となります。

耳鼻科の先生が好きなのは、ユナシン(ampicillin/sulbactam)やゾシン( piperacillin/tazobactam)ですね。耳鼻科系の頚部深部感染症の2/3はβラクタマーゼ産生菌とのことです。そのために阻害薬が入っているもの、もしくはβラクタマーゼに影響されない抗生剤選択が必要になってくるが多いようです。それ以外には、PenicillinG(PCNはアメリカで口腔内感染によく用いられます。スペトラムが比較的合っているのと安いという理由) + ClindamycinもしくはMetronidazole。VancomycinはMRSAが強く疑われる場合や敗血症になっている場合に追加されます。それ以外に、ペネム系や高世代セフェム系も候補として挙ります。

外科的処置:これは、耳鼻科領域の話になりますので割愛します(扁桃周囲膿瘍は救急医の範疇かもしれません)。しかし、耳鼻科への手渡しがスムーズになるよう、気道管理、バイタルの安定化、抗生剤などはきちんと抑えておきましょう。

色々と書かせていただきましたけど、気をつけることは3点。気道管理、合併症の除外、抗生剤投与。これらをしっかりと行い、耳鼻科の先生に「やるじゃん」と言われる状態で患者さんの手渡しをしましょう。

参考文献)
Ovassapian A., Tuncbilek M., Weitzel E., et al: Airway management in adult patients with deep neck infections: a case series and review of the literature. Anesth Analg 100. (2): 585-589.
Itzhak Brook, MD, MSc: Microbiology and Management of Peritonsillar, Retropharyngeal, and Parapharyngeal Abscesses.
J Oral Maxillofac Surg 62:1545-1550, 2004
Vieira F: Deep Neck Infection. Otolaryngol Clin North Am – 01-JUN-2008; 41(3): 459-83