2020.01.17

EMA症例6:7月症例解説

みなさまこんにちは。7月症例「吐き気がおさまりません」の患者さんの解説です。
皆さん、たくさんのコメントをありがとうございました。
なかなかディスカッションという形にできず申し訳ないのですが、いつも感謝しています!

まずはコメントに寄せられた質問事項などの回答を。
転倒前に失神は?→目撃がないことが多く、はっきりしませんでした。「よく転ぶ」という情報のみでした。
めまいは?→めまいはないと言っていました。
排便は?→排便は発症後にも普通にあったそうです。ただ、食べられない影響か、受診日は排便は認めていませんでした。

ということでした。そうなると皆様ご指摘の、、では解説です。

診断:急性心筋梗塞

嘔気の機序はまだ不明瞭な点が多くありますが腹腔内疾患のみならず種々の腹腔外疾患においても引き起こされることが知られています。

嘔気嘔吐の鑑別疾患
神経系:脳出血、髄膜炎、緑内障
心臓:心筋梗塞、大動脈解離
消化管:胆道系疾患、虫垂炎、腸閉塞、急性胃腸炎など
泌尿器:尿路結石、尿路感染
電解質:低ナトリウム血症、高カルシウム血症
中毒性:DKA、テオフィリン中毒、ジゴキシン中毒など
その他:片頭痛、メニエール病

嘔気をきたす疾患としては急性胃腸炎が高頻度ですが嘔吐を伴わない、もしくは下痢を呈してこない嘔気を安易に胃腸炎と診断するのは危険です。
本症例では睡眠中に嘔気で覚醒していることから突然発症であったことが考えられ、嘔吐を伴わず、下痢も呈していないことなども胃腸炎としては典型的ではありません。
加えて突然発症となる病態は捻れる、詰まる、破れるなどの急性疾患を示唆するため注意が必要です。

心筋梗塞は一般的には糖尿病、高血圧、高脂血症、男性、高齢者などをrisk factorとして胸部の不快感や肩への放散を主訴に受診するものと言われています。
しかし、女性、高齢者、糖尿病患者(特にインスリン依存性)では典型的な症状を起こさないことが多いとされています。
本症例のように女性の心筋梗塞患者は、非典型的な症状を呈すると言われています。
ただ、女性の心筋梗塞患者は男性に比べて高齢で糖尿患者が多く、女性である事が交絡因子であるのではないかとの指摘もありますが,多くの報告で嘔吐や食欲低下、全身倦怠感など胸痛を伴わない患者が男性よりも多いとされています。
また、安静時や夜間、精神的ストレスによって惹起されることが多いのも特徴の一つとなっており、診断を難しくする原因となっています。

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本症例ではⅡ,Ⅲ,aVfでST上昇を認め、右冠動脈を首座とした心筋梗塞が疑われました。右側誘導ではRV4-5でST上昇を認め右室梗塞もきたしているものと考えられました。PCIスタンバイ中に何度か極度の徐脈から意識消失を繰り返しました。受診までに転倒を繰り返したという病歴も徐脈からのAdams-stokes発作と思われます。temporaly pacemakerを挿入し冠動脈造影を行ったところ右冠動脈起始部の完全閉塞でした。血液検査ではHbA1c8.4%の糖尿病が明らかとなりました。

心筋梗塞患者の対応に触れると長くなるので割愛させて頂きますが右室梗塞によるショックでは血管拡張薬は禁忌とされているので広範な右冠動脈の虚血が示唆されたら右側誘導をとり右室梗塞の有無を確認するのがいいかもしれません。皆様の施設では右側誘導をとるなどの御指導はされていますか?

嘔気嘔吐はよくある愁訴ですが、病歴聴取で突発であったり下痢を伴わなかったりした場合は胃腸炎と考えずに消化管外の疾患の鑑別を行うといいかもしれません。
急性胃腸炎や急性上気道炎は高頻度疾患であり、もちろんよく出会うのですが非典型的な症状を「とりあえず」胃腸炎や上気道炎とするのは極力避けるのが見逃しを防ぐこ
とに繋がるものと思われます。

基本的ですが教訓的な症例でしたので提示させて頂きました。

参考文献
J Am Coll Cardiol. 2006 Feb 7;47(3 Suppl):S4-S20.
Am J Emerg Med 2004; 22:568-574.

NEJMのcase record of MGHのcase 34-2006は似た症例であり興味があれば読んでみて
ください。