2020.01.17

EMA症例53:9月症例解説

 皆様、様々なご意見ありがとうございます。今月の症例はバルプロ酸中毒でした。状況からそうだろうし、血中濃度バルプロ酸濃度も確かに高いのだけれど、意識障害の原因を他にも考えなくてはならないし、バイタルは不安定だし、バルプロ酸中毒の治療はどうしたらいいのか悩むしということで、意外と難しい症例ではなかったかと思います。今回教育班が学習目標として掲げたのは以下です。

・急性中毒の初療を適切にする
・バルプロ酸中毒の中枢抑制以外の症状を知る
・バルプロ酸中毒の治療について知る

それでは解説編です。まずはアンケート結果からみていきたいと思います。

アンケート結果

質問①
この患者さんの初期対応としてまず何を行いますか?
47-1

気道確保、酸素投与、静脈ルート確保という、まさにABCの確保が上位3つを占めました。ありがとうございます。中毒診療の基本はABCの確保となります。詳細は後述したいと思います。

質問②
追加で行いたい事があれば選んでください
47-2

 血液検査をやっておきたいという意見が多かったです。血液検査では8名の方にアンモニアを挙げていただきました。バルプロ酸に何か関連があるのでしょうか。詳しくは以下の解説で。その他、凝固線溶系、肝胆道系酵素、CPK、COHb、乳酸、VitB1、浸透圧、ケトン体、炎症反応などが挙げられておりました。身体診察では皮膚の発赤、外傷痕、握雪感といった外傷を探すような所見や、皮膚ツルゴール、眼球運動、四肢の麻痺などの追加で見ておきたいトキシドロームに関わる所見を挙げていただきました。また血圧の左右差を挙げていただいた方もいらっしゃいました。

質問③
今後どのような治療を行いますか?
47-3

 治療については大量輸液と活性炭投与、血液浄化あたりが多かったです。とは言っても、意見が分散しており、「これだ」という方針が定まっていないというのが現状なのかもしれません。

バルプロ酸について

 バルプロ酸は欧州で1964年に導入された抗けいれん薬で、日本でも1991年から販売開始されました。現在ではてんかんに伴う性格行動障害や、気分障害の治療にも利用されています。作用機序としては、バルプロ酸がGABA(γアミノ酪酸)トランスアミナーゼを阻害し、GABA代謝を抑制することで脳の抑制性シナプス内のGABA量を増加させて、神経興奮を抑えるとされます。
 比較的迅速に消化管から吸収され、通常0.5〜4時間程度で最高血中濃度に達します。代謝は主に肝臓でされ、半減期は9.5時間。ベンゾジアゼピン、サリチル酸、erythromycin、シメチジンなどと併用すると作用増強することが知られています。また徐放剤も販売されており、こちらは最高血中濃度に達するまで8〜12時間程度かかるとされますので、服用後にどんどん血中濃度が上昇する場合があり、バルプロ酸を大量に内服された場合には徐放薬かどうか見ておく必要があります。血中濃度がどんどん上昇する恐れがあり、それに伴い遅れて中毒症状が出現することもあるので、来院時だけではなく、血中バルプロ酸濃度をfollowで測定することも考えておきたいです。
 生物学的利用率は100%で、血中タンパク結合率は90%以上ですが血中濃度100μg/mL以上では結合が飽和するとされています。分布容積は0.1〜0.4L/kgで、ほぼ細胞外液と同じ程度です1)

バルプロ酸中毒の症状

 意識障害を伴うことが多く、バルプロ酸の血中濃度が850μg/mlを越えると全例で昏睡となるようです2)。とはいえ、すぐに血中濃度を測定できない施設もあるかもしれません。内服量からの重症度判別があるので紹介します3)(表1)。

表1 内服量と重症度の関係
47-h1

当たり前のように服薬量が増えればそれだけ危険性が増します。具体的にどのような症状が出るかについてですが、335例を対象にしたケーススタディでは症状の頻度が以下(表2)のようであったと報告しています4)

表2 バルプロ酸中毒の症状
47-h2

さらにバルプロ酸は抗けいれん薬にもかかわらず、副作用でけいれんを起こすという報告もあるようです5)。その他にもバルプロ酸に特徴的な症状があるので、押さえていきたいと思います。

①高アンモニア血症
 バルプロ酸の代謝物であるプロピオン酸が尿素サイクルを障害することでアンモニア代謝を阻害し、血中アンモニア濃度が上がります。これは肝機能異常なしに起こります。高アンモニア血症から意識障害が起こることもあるようなので、外来で検査可能であればやっておいても良いでしょう。注意しなくてはならないのは、アンモニアの血中濃度とバルプロ酸の血中濃度には相関がないかもしれないということです4)。バルプロ酸濃度が133μg/mLでもアンモニアが204μmol/Lだった例や、逆にバルプロ酸が870μg/mLと非常に高値でもアンモニアが33μmol/Lだった例があるようです。

②低カルニチン
 バルプロ酸はカルニチンと不可逆的な結合を起こす作用があります。大量のバルプロ酸服用により、バルプロ酸とカルニチンの結合体が尿中に排泄されて体内のカルニチンが減少してしまうのです。カルニチンはミトコンドリアの脂肪酸代謝に不可欠で、これがなくなるとミトコンドリアでエネルギー産生ができなくなります。バルプロ酸の大量服用では、心抑制や低血糖が起こり得ます。成人ではあまり起こらないかもしれませんが、糖貯蔵量の少ない小児では血糖値にも注意しなくてはなりません4)。当然意識障害の時には調べるはずですが・・・。

③脳浮腫
 バルプロ酸を大量服薬して12時間から4日間後に脳浮腫を起こすことが知られています。ただこれも服薬量と相関しないようです。脳浮腫はアンモニアとの関連が指摘されています。アンモニアがαケトグルタル酸と結合することで、クエン酸回路が回らなくなるとATP産生量が減ります。その結果グルタミン酸が代謝されなくなり、脳の星状細胞に取り込まれて細胞内のグルタミン濃度上昇を招きます2)。こうして細胞内浸透圧が上昇した結果水分移動がおこり脳浮腫に陥るのではないかと考えられています。しかも高アンモニア血症のときはグルタミナーゼが阻害されるので、星状細胞内のグルタミンは一層増えることになります。血中アンモニア濃度やバルプロ酸濃度のfollowを行い、これらが正常値なのにもかかわらず意識障害が遷延する場合や、痙攣発作や身体診察上なんらかの巣症状を認める場合には脳浮腫を疑いましょう。

治療・対応について

ABCの確保!
 治療はまずは気道確保です。今回最初にして欲しかったのは気道確保です。症例提示のアンケートでは、まず行いたいこととして多くの方に気道確保を挙げていただきました。ありがとうございます。
 今回は嘔吐していただけでなく意識状態も悪かったため、気道確保は必須です。気道が確保されたら呼吸・循環の評価をします。場合によっては人工呼吸や大量輸液などの管理が必要になるかもしれませんので、バイタルサインに目を光らせておいてください。

どうする意識障害!?
 一般に薬物中毒で意識低下していると考えられる場合でも、他の意識障害の原因は常々考えておかねばなりません。特に外傷は見逃さないでおきたいところです。バルプロ酸に関して言えば、ナロキソン投与で意識障害が改善することが知られています。目を覚まさせて問診するということも可能です。ただしバルプロ酸濃度が高いと無効であり、軽症や中等症であっても予後には大きく寄与しない可能性が指摘されています。意識障害の鑑別のためには使えるかもしれませんが、使いどころを考える必要があります。
 明らかにバルプロ酸による意識障害であると考えられる場合でも、前述の通り徐々に血中濃度が上昇する場合もありますので、血液検査で血中濃度を繰り返し測定し、できればpeakoutを確認したいところです。また意識障害がバルプロ酸そのものによるものか、血中アンモニア値上昇に伴うものなのかは考えておかねばなりません。さらに数日にわたり意識低下が起こっている場合や、痙攣が起こる場合は、脳浮腫の可能性も考慮しなくてはならないので、頭部CTをfollowで撮影する必要が出てきます。

除染と拮抗薬
 バルプロ酸には拮抗薬がありません。内服早期であれば消化管除染を考慮しましょう。一般的に胃洗浄は服薬1時間以内が推奨されます。ただし欧米の中毒学会では胃洗浄を可能な限り行わないように推奨していますので、日本と立ち位置が違うことは知っておいてもいいかもしれません。活性炭投与について服薬1時間以内の投与が有効とされますが、それ以上時間が経過していても活性炭の投与は推奨されています。バルプロ酸に関して述べると、吸着は期待されますが、腸管からの吸収が速いため早期の投与が望まれます。徐放剤を服用している場合では複数回投与を考えたくなりますが、臨床的な効果としてはエビデンスが不十分です。
 胃洗浄や活性炭の投与は、是非とも気管挿管してから行って欲しいと思います。昏睡状態であれば特に。噴水状に嘔吐されて、患者の肺は真っ黒、こっちの顔は真っ青などという経験をしてほしくありません。

血液浄化
 血液浄化については意見が分かれるところです。前述の通りバルプロ酸は分子量が144Dと小さく、分布容積も小さいのですが、タンパク結合率が高いです。普通であれば血液透析で除去される可能性は低いのですが、ある程度血中濃度が高くなるとタンパクとの結合が飽和して遊離バルプロ酸の割合が増すので、透析で除去可能です。ただそれで予後がどのくらい変わるかというと難しいところです。ほっといて呼吸循環管理をきちんとしていれば代謝されて血中濃度は下がるはずですから。透析によりバルプロ酸濃度が下がったという報告は多くあり、入院期間を短くし得るということなのですが、エビデンスレベルとしては十分ではなく、生命予後を変えるとまでは言い切れない状況です。またいち早く透析を導入し、L-カルニチンの投与まで行ったにもかかわらず脳浮腫を起こしてしまった症例報告もあります6)

高アンモニアと脳浮腫の治療
 高アンモニア血症に対しては、カルニチンを投与することで抑制できる可能性が示唆されております6,8)。アンモニアが高値であれば投与を考慮しても良いかもしれません。前述の血液浄化ですが、アンモニアの濃度は下げられるかもしれません6)
 脳浮腫に対してもこれといった特異的な治療はありません。電解質を調整したり、適切な酸素化を図ったり、過換気気味に管理したり、水分過多を避けるなどの支持療法が中心となります。ここにおいても、血液浄化の効果は議論の余地があります。

本症例について

 本症例ではバルプロ酸の血中濃度が上昇していたことからバルプロ酸中毒と考え、血中アンモニア濃度を測定したところ83μmol/Lと若干上昇しておりました。治療としては気管挿管後に活性炭を投与し、さらに透析まで行いました。透析の結果バルプロ酸濃度は速やかに下がり、翌日には覚醒しました。意識が改善したことを確認しその翌日に抜管。結局数日で退院されました。透析したことで早期に覚醒したのか、しなくても同様のタイミングで覚醒したのかはわかりません。ただただ脳浮腫を起こすようなことがなくてよかったなと思います。
 まだまだ不明な点が多いバルプロ酸中毒ですが、この期に自施設の治療方針を他科も交えて相談していただければ幸いです。ERでやらなくてはならないことは、とにかくABCの確保であるということに違いはありません。

まとめ

・中毒診療の基本はABCの確保!→全身状態の安定化と意識障害の鑑別をしながら中毒物質の検索をしましょう
・バルプロ酸中毒では高アンモニア血症と脳浮腫に要注意
・カルニチン投与や血液浄化については議論の余地があるところ→自施設での治療方針を見直してみましょう

参考文献
1)デパケン® 薬剤添付文書
2)Sztajnkrycer, M.D. Valproic acid toxicity: overview and management. J Toxicol Clin Toxicol, 2002. 40(6): p. 789-801.
3)Murray et al, Toxicology handbook. 2nd ed. Sydney: Churchill Livingstone; 2010
4)Spiller, H.A, et al. Multicenter case series of valproic acid ingestion: serum concentrations and toxicity. J Toxicol Clin Toxicol, 2000. 38(7): p. 755-60.
5)hiroshi T, et al. バルプロ酸. 救急医学, 2009.33: p. 439-442.
6)Licari, E., et al., Life-threatening sodium valproate overdose: a comparison of two approaches to treatment. Crit Care Med, 2009. 37(12): p. 3161-4.
7)Thanacoody, R.H., Extracorporeal elimination in acute valproic acid poisoning. Clin Toxicol (Phila), 2009. 47(7): p. 609-16.
8)“valproic acid poisoning" UpToDate