2020.01.17

EMA症例52:8月症例解説

症例は、これといって既往歴のない若い男性の腹痛というものでした。“痛み”ですから、まずはSurgical Abdomenかどうかをパッと判断して、そうでなければじっくりと“OPQRST”などの問診から診察を始めていく…

この患者さんの様に、病歴と身体所見では、あまり原因がはっきりしないことは少なくありませんよね。そう言うときについやってしまいがちなのが「胃腸炎」という診断名をつけることですが、胃にも腸にも炎症がくるなんて、そうそうないわけで、初期研修をした沖縄では「風邪や胃腸炎なんていう診断はしてはいけません!」と教えられて育った記憶があります…

そんな風に偉そうに書いている私も、この症例をfirst touchで診ていたら、「疼痛も良くなっているし、帰宅〜。症状がまた出てくるようなら再度受診を〜」と思っていたかもしれません。しかし、この症例、なんと初期研修医が腹部CT(単純)まで撮影して私の所にプレゼンしに来たのでした…

普段の私なら、「なんでCTなんか撮ったんだー!!」と優しく?指導したと思いますが、今回ばかりはそれに救われることに…やっぱり腹痛は全例CT?
そんなわけではないのですが、ちゃっかり写ってしまった“あの子”について、今回は勉強してみたいと思います。

さて、Q1からみなさんの回答を振り返ってみましょう。

現病歴としては、腹痛の発症様式、息切れ、胸背部痛、鼡径部痛、生もの摂取歴、渡航歴、外傷機転の有無に加えて、家族歴、腹部手術歴、内視鏡施行歴などの御指摘を頂きました。なかでも、外傷機転の有無というのは、ともするとしっかり聞かないで診察を進めてしまい、あとであらあらと思うこともあるので、要注意ですよね。

身体所見でも、陰部や鼠径部の診察という先月の症例を彷彿とさせるような回答や、heal drop test、Rovsing徴候などの腹膜炎や虫垂炎を念頭に置いたと思われる回答を頂きました。

Q2に移りますが、現時点で追加したい検査は?ということで、以下のようになりました。

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圧倒的に腹部骨盤CTが多いですね。造影が6名に対して2名が単純。この造影するかしないか論争は、はまると深そうなのでここではスルーしますが、とても大事なディスカッションポイントですよね。その他にも、自分でエコー!、という回答を頂きました。大切な所見については自分でも確認する姿勢が大事です。

Q3、現時点での鑑別診断ということで、以下のような回答を頂きました。

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虫垂炎が圧倒的に多く、ほか、憩室炎、尿路結石、動脈瘤切迫破裂と続きました。Common is common!なので、自分もそのように鑑別を進めるだろうなと思います。

Q4ですが、そんなわけで、最初「CTを撮ってあるんですよ」と初期研修医に言われるまでは、腹痛が良くなってきていて、発熱もなく、腹膜刺激徴候もないのであれば一旦帰宅させるかなぁと思いながらプレゼンを聞いていたのですが…

みなさまから頂いた回答としては、

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なんらかの膿瘍と読んで下さった方が多かったですね。

フォローの方法については、

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さて、問題編で提示したあの腹部CT画像を見直して、私たちは、MRIの予約と外科外来フォローを組んだ患者さんでした。後日撮影したMRIを供覧します。

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T1

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T2

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造影MRI

MRIでは、5.5×3.2×5.8cm大の腫瘍性病変を骨盤腔の仙骨前面に認め、T1で低信号、T2高信号という所見でした。腫瘤壁は造影効果を認めましたが、その内腔には造影効果を認めませんでした。

以上より、この“骨盤腔内腫瘍“はdevelopmental cystが疑われました。外科的切除が待機的に行われ、病理学検査による最終診断としてはdevelopmental cystのうちのepidermal cystという組織型と判明しました。

<Developmental cystについて>
1953年にHawkinsらが、骨盤腔内に発生する先天異常による腫瘍性病変を
“developmental cyst”と名付けました。本疾患の発生頻度は不明ですが、1985年の論文では、入院患者ベースでは4万人のうち1人程度に本疾患を認めたという報告もされています(1)。病理学的には、この中に、epidermal cyst、dermoid cyst、mucus secreting cystなどが含まれます(2)。性比としては、女性に多く、今回のようにepidermal cystが男性に起こることは極めて稀ですが、その他の組織型のdevelopmental cystであれば、十分に男性でも起こりうると考えて良いでしょう。

 今回の患者さんは、外科的切除の後の病理学的な検査により、epidermal cystであることが分かりました。epidermal cystはdevelopmental cystのうちの5%程度を占めるといわれており、女性に多く、無症状のことが多いとされていますが、今回のように有症状となる事もあるのですね。

 developmental cystはその一部が悪性であることが知られています。また感染を合併し膿瘍化し得ること、また、女性では骨盤腔内炎症の波及から不妊の原因となり得ることが知られているため、経過観察ではなく、外科的な完全切除が必要になります。

 症状としては非特異的なものが多く、腹痛、嘔気、血尿、便秘、下痢などが挙げられますが、これだけでは鑑別診断が多すぎて困ってしまいますね。これらの症状は、この腫瘤が直腸後面などの骨盤腔内に位置し、直腸や尿管を圧迫することによって生じるとされています。

 診断のモダリティとしては、血液検査などでは特異的な所見はなく、どうしても画像検査が主たるものとなります。文献によれば、CT、MRI、経直腸的超音波などが挙げられています。

 CTでの特徴的な所見としては、薄い隔壁をもつ円形をした腫瘤性病変であり、単房性も多房性もどちらも示しえます。腫瘤の場所が特徴的であり、直腸の後面に位置します。また、一般に、腫瘤そのものの造影効果は乏しいとされています。

 MRIでは、本症例がそうであったように、T1像で低信号、T2像で高信号を呈します。腫瘍壁が不均一に部分的に肥厚していることや、同部が造影MRIで造影効果を呈することなどが悪性所見を示唆するという報告もあります。しかし一方で、CTやMRIによる組織型や良悪性の鑑別は困難であるともされており(3)、やはり、developmental cystが疑われれば、経過観察や保存的加療ではなく、外科的な完全切除が望ましいとされています(4)

 注意しなくてはいけないのは、この腫瘍を膿瘍などと勘違いして、needle biopsyやaspirationをしないこととされています。というのも、developmental cystは10%程度の割合で悪性であることが知られており、医原性の播種を起こさないために、また手技による2次性感染症を合併させないためにも、needle biopsyやaspirationは推奨されないとのことですね。

 従って、このような腫瘤性病変を骨盤腔内に認めたら、なんとなくcystっぽいからこのまま様子見てねーと安易に帰宅させてはいけないということのようです。developmental cystである可能性を明記、つまり悪性腫瘍の可能性もあり、女性であれば不妊などのリスクもあることを説明したうえで、必ず外科外来を受診して下さいと患者さんに伝えることが大切な疾患です。また外科の担当医にも救急医である我々が、適切にコンサルトすることが大事だと思います。

Take Home Message
◎比較的レアな疾患ですが、骨盤腔内の腫瘤性病変の鑑別として、developmental cystを知りましょう!
◎developmental cystのリスク(悪性化、膿瘍化、不妊など)を知りましょう!
◎マネジメントは外科的な切除しかありません。たとえERを受診した症状が改善していたとしても、必ず外科を受診するように紹介や外来予約を取り、患者さんにもそのように指示して、帰宅させましょう。

1.Jao SW, Beart RW Jr, Spencer RJ, Reiman HM, Ilstrup DM. Retrorectal tumors. Mayo Clinic experience, 1960-1979. Dis Colon Rectum. 1985 Sep;28(9):644-52.
2.Hjermstad BM, Helwig EB. Tailgut cysts. Report of 53 cases. Am J Clin Pathol. 1988 Feb;89(2):139-47.
3.Riojas CM, Hahn CD, Johnson EK. Presacral epidermoid cyst in a male: a case report and literature review. J Surg Educ. 2010 Jul-Aug;67(4):227-32.
4.Mitsuyoshi T, Kimimasa I, Masashi K, Masato H, Takashi S, A Case of Tailgut Cyst Associated with Malignant Findings. Jpn J Gastroenterol Surg, 2007(40):152-6