2020.01.17

EMA症例51:7月症例解説

〈症例解説〉
7月の5年以上患者を繰り返し苦しめてきた左下肢痛の症例でした。

【本例の診断までの経過】
実際には、7回目のER受診時にある疾患を疑い、腹部・骨盤単純CTが撮像されました。

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そう、診断は閉鎖孔ヘルニアでした。実はこの患者が6回目(約1ヶ月前)にERを受診した際、閉鎖孔ヘルニアの可能性が考えられています。しかしその時点では既に下肢痛が完全に消失しており、CTを撮像してもヘルニアの嵌頓を“捕まえられない”であろうと判断され、代わりに「閉鎖孔ヘルニアの可能性を考えており、次回受診時に腹部・骨盤CTを御検討下さい」というカルテ記載が残されました。そして7回目の受診時に診察医がタイムリーにCTを撮像することができ、診断に至り、同日にヘルニア修復のため緊急手術となりました。

【皆様からの回答】
下記は皆様からいただいた回答のまとめです。

質問1) 追加で聴取したい病歴や身体診察上評価しておきたいclinical sign/所見は? 

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質問2) 疑う疾患を診断する上でERで行ないたい検査は? 

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質問3)病歴・診察所見より現時点で最も疑う疾患は?

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多くの方が、提示した情報からずばり診断を言い当てて下さいました。また、私自身が鑑別診断として考えていなかった/知らなかった疾患を挙げて下さった方もおり、とても勉強になる回答をお寄せいただきました。

【閉鎖孔ヘルニアのPresentation】
今回EMA教育症例で閉鎖孔ヘルニアを取り上げるのは2回目になります。前回は2年前に嘔吐・吐血を主訴に受診した症例を提示させていただきました。
 症例提示. http://www.emalliance.org/wp/archives/8111
 症例解説. http://www.emalliance.org/wp/archives/8150

前回の症例の様に、通常閉鎖孔ヘルニアは小腸閉塞のclinical presentationを呈し、腹痛・繰り返す嘔吐を主訴に救急室を受診に至ります。そして多くが腸閉塞の精査で行なわれた腹部・骨盤CTで診断がなされます。しかし本例では左殿部~膝にかけた激痛が主訴であり、腸閉塞症状が前面に出なかったことが診断を難しくし、これまで何人もの医師が診察しているにも関わらず、閉鎖孔ヘルニアが鑑別として一度も考えられていませんでした。私達の日頃の診療では何気なく行なった検査で当初疑っていなかった疾患が偶然に診断されることも少なくありません。しかし本例は「疑わなければ診断に至らない!」ことを改めて気付かせてくれるものでした。

【鑑別診断の進め方】
閉鎖孔ヘルニアが今回の様な下肢痛を呈することを経験したり知っていた方は本例を“Snap diagnosis”として捉えたかもしれません。ただ、例え知らなくても情報を整理して考えることで病態へ近づくことができます。重要なのは病歴、そして診察所見です! ERでの下肢痛へのアプローチを考えながら本例を振り返ってみたいと思います。

私達が患者を診察する際にまず(患者を診察開始する前に)行っているのは主訴や患者の性別・年齢、そしてトリアージ段階でのバイタルサインを基に、絶対見逃してはならない“Critical"な疾患と可能性(有病率・罹患率)の高い“Common"な疾患を意識した鑑別診断リストを頭に描くことです。そして病歴聴取や身体診察の過程で想起した鑑別診断の可能性をより高める情報(pertinent positive)、低くする情報を(pertinent negative)を集めていきます。“下肢痛”でまず想起するCriticalとCommonな疾患には以下のような疾患が含まれるではないでしょうか?

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       高橋和久, 下肢の痛みとしびれの診断の進め方, Clinicians 2014; 633: 34より改変

まず、急性の下肢痛で絶対に除外したい病態として急性動脈閉塞症があります。しかし、痛みの部位が殿部から膝にかけてであり、末梢がspareされていること、心房細動の既往がないこと、診察上皮膚に色調の変化や冷感がなく、足背動脈が触知可能である点から、可能性は低いと考えられます。腫脹や圧痛がない点で、深部静脈血栓症やコンパートメント症候群も否定的でしょう。外傷の既往がなく、股関節・膝関節に圧痛や可動痛がないことから骨症や関節炎はほぼ除外できます。限局性のない広範囲の痛みであり、皮膚の所見に乏しいことから、脊髄や神経の圧迫は考慮すべき病態ですが、痛みが“発作性”に起きており、「全く痛みなく生活できている」期間があるという点で合致しません。神経学的所見に異常なく、ラセーグ徴候が陰性で、すでに腰椎レントゲン及びMRIが施行されており、腰椎の疾患による症状とは考え難いと結論づけることができます。また、time courseや皮膚所見から蜂窩織炎や帯状疱疹も否定されます。

CriticalとCommonを考えましたが、どれも可能性が低そうです。そんな時は、心因性にいきなり飛びつく前に“Rare”な疾患の可能性を考える必要があります。ここでいうRareにはcommonな疾患のatypical presentationと罹患率・有病率の少ない疾患の2つが含まれます。ここで再度着目すべきは痛みが“発作性”である点です。一般的に“心因性”と捉えられる痛みは持続痛・慢性痛であることが多く、発作性を呈することは稀かと思います。また、発作性の痛みを呈する病態は実はあまり多くありません。典型的に発作性の痛みと表現される疾患に頭痛(片頭痛や群発性頭痛)、三叉神経痛、胆石発作、尿管結石発作等が含まれます。そして考えられることが少ないけれど発作性疼痛を来たしうる病態のひとつにヘルニアの嵌頓と自然整復があります。さらに病歴を振り返るとこれまで「嘔気・嘔吐を伴うこともあった」という情報があり、これが腸閉塞に伴う症状で、その重要性にこれまで気付かれていなかった可能性もあり、ヘルニア嵌頓をさらに疑う根拠となります。そして下肢痛を来たしうるヘルニアとして閉鎖孔ヘルニアの可能性が考えられます。その他に非常に稀な下肢痛をきたすヘルニアとしてsciatic hernia(坐骨ヘルニア)というものもあります(1)

診断がなされた後Retrospectiveに病歴を振り返ると、家事を行なっているとき(立位時)に症状が出現していることが多い点も嵌頓に至った要因として合致しますし、鎮痛薬投与後に痛みが改善している点は鎮痛薬が効いたというよりは経過観察中の臥位により自然整復に至ったと推察することができます。また、痛みが徐々にではなく「すっと良くなる」といった表現も自然整復を考えれば納得ができます。診断に有用な情報(pertinent positive)が実はこれまでの病歴・カルテの中に沢山隠されていたのにその十分な解釈や理解は診断に至るまでできていなかったことにも気付かされた症例でした。

【閉鎖孔ヘルニアの特徴】
閉鎖孔ヘルニアの特徴のひとつとして嵌頓と自然整復をきたし易いという点があり、約1/3の症例で診断に至る以前に一過性の症状を呈していたという報告があります(2)。閉鎖孔ヘルニアの下肢痛の部位は教科書的には大腿内側とありますが、神経の分布にはある程度の個人差があるため、典型的な疼痛部位とならいこともあります(3)。最近のLancetにも膝痛を呈した症例や繰り返す殿部痛の症例が報告されています(2)(4)。また、坐骨神経痛と誤診されていた症例報告もあります(5)

閉鎖孔ヘルニアはやせ型の高齢女性(特に70~90歳)に起こる疾患として知られていますが(4)、本例も体重32kg、BMI15.4とやせ型の方でした。下肢を伸展、外転させることにより痛みが増悪するというHowship-Romberg徴候は約15~50%の症例で認めると報告されておりますが(4)、本例では陰性でした。その他にHannington-Kiff signというものもあります。これは内転筋反射と膝蓋腱反射を比べ、内転筋反射のみ低下している際に陽性と判断され、閉鎖神経の障害が示唆されます。内転筋反射は膝から5cm程度上の大腿内側、内転筋の打診により内転筋の収縮が惹起されるというものです(6)。また、直腸診や膣の内診でヘルニアが管腔外のmassとして触知できることもあります。診断は通常腹部・骨盤CT(腸管の壊死・虚血を評価するために造影が望ましい)で行なわれますが、超音波のプローベを恥骨上枝に縦に当てると恥骨から外側に向かって突出するヘルニアを認め診断することも可能です(3)

【ER医としての責務】
本例は救急医間の申し送りがうまく機能し診断に至った例でもあります。定期的なフォローを行なわない救急室という特性から、日頃私達は救急医間の申し送りを意識して診療を行なっていないことも多いかと思います。しかし、今回の様に頻回の受診歴のある患者や帰宅させたけれど気になる患者等には、特に意識して自らのアセスメントと次回受診時にどう対応してほしいかをカルテに残しておくことが重要です。

救急室で診断に至らず、帰宅させている症例は多々あります。そうして帰宅させている患者の中にも実は重大な疾患が隠れている可能性を本例は改めて気付かせてくれます。また、こうしたdiagnostic challengeの症例に関して研修医から相談を受けた際、「....の可能性は考えられるから、これは追加で聞いてみよう! この所見を取ってみよう! この検査を追加で行おう!」と的確にアドバイスをし、「急性期の診断学」というERの醍醐味やおもしろさを彼らに体験させこれをgreat learning experienceにするのか、「緊急性はないから帰宅させよう」、「良くわからなかったね」で終わらせてしまい、彼ら(そして私達自身)の学びの機会を奪ってしまうばかりか、重大な疾患の見逃しから患者そして彼らを危険にさらしてしまうのか、指導する立場の私達の資質や能力が常に問われています。日頃の診療の自戒の念をこめて本例を皆様と共有させていただきました!

【Take Home Message】
☆ 下肢痛の原因として閉鎖孔ヘルニアがあることを知っておこう!(特に嘔気・嘔吐を伴うときは疑ってみよう!)
☆ 疑わなければ診断に至らず!
  ⇒ 診断にいたらないとき、心因性をと決め付ける前に“Rareな疾患”を疑おう!
☆ 診断に困るとき、重要なのはHistory!
  ⇒ 病歴を整理して病態を考えよう! 
☆ 申し送りとしてのカルテ記載を意識しよう!

【参考文献】
(1) David D, Brooks, MD. Overview of abdominal wall hernias in adults. In: UpToDate, Wenliang C (Ed), UpToDate, Waltham, MA.
(2) Tateno Y, Adachi K. Sudden knee pain in an underweight, older woman: obturator hernia. Lancet 2014; 384: 206.
(3) 窪田忠夫. ブラッシュアップ急性腹症.中外医学社 2014.
(4) Takada T, Ikusaka M, Ohira Y, et al. Paroxysmal hip pain. Lancet 2011; 377: 1464.
(5) 加藤丈陽, 川本龍一, 楠木智. Howship-Romberg徴候を坐骨神経痛として見逃されていた閉鎖孔ヘルニアの1例. 日老医誌 2011; 48: 176-179.
(6) Hannington-Kiff JG: Absent thigh adductor reflex in obturator hernia. Lancet 1: 180, 26,1980.