2020.01.17

EMA症例48:3月症例 解説

<アンケート結果>
今回は29人のみなさんから回答をいただきました。ありがとうございました。
まず、アンケートの結果をお示しします。
質問1)現時点で最も疑う疾患は?

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質問2)追加で知りたい情報(問診)は?(一つだけ)
一つだけ、ということで絞りにくかったと思います。
一番多かったのは、消化器症状が3名でした。次いで、嚥下困難、発症時刻、頭痛の有無、咽頭痛の性状、痛みの移動、内服薬がそれぞれ2名、そのほかめまい症状や最近の外傷歴、呂律困難感の有無などでした。

質問3)追加で知りたい情報(身体所見)は?(一つだけ)
こちらも一つだけ、ということでどれが診断のカギになるか、ということで難しかったと思います。
一番多い答えは、指鼻指試験・血圧の左右差・小脳症状・温痛覚でそれぞれ3名の方が答えておられました。脳神経系の評価とともに、見逃してはいけない疾患である大動脈解離の可能性も考慮されたのだと思います。次点は、脳神経系の神経学的所見・カーテン徴候でそれぞれ2名、そのほかHorner症候群、嗄声の種類、眼振、感覚異常の詳細所見、などでした。すべての患者さんに詳細な所見(神経学的所見を含む)をとることはできませんが、この患者さんでは何を評価しておくべきか判断できるのも重要な資質だと考えこの質問を作りました。

質問4)鑑別疾患の絞り込みに必要な検査は?(3つまで)

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多くの方が3検査を挙げてくださっていました。やはり脳血管障害を疑って、あるいは除外目的で頭部MRI・CTを選択されたのだと思います。もっとも多い組み合わせも頭部MRI・頭部CT+αという検査でした。
さて、患者さんの経過はどうなったでしょうか・・・

<解説>
・患者さんの経過
診察医は感覚の低下に気が付いたものの再現性に乏しく、明らかな筋力低下もなかったことから脳血管障害を積極的には疑いませんでした。「体調不良」の原因を検索するために、採血・胸部レントゲンを撮影しました。胸部レントゲンでは明らかな異常は認められませんでしたが、採血上は代償された代謝性アシドーシスを認めました。ふらつきの原因は不明であったものの、糖尿病に対する治療介入が必要と判断し入院をしぶる患者さんを説得していました。
そうこうするうちに嘔吐が出現、改めて神経学的所見を取ったところ、右水平方向の眼振、左方向注視時の複視、右鼻唇溝消失、右口角下垂、右三叉神経1、2枝領域と左下肢の感覚低下、指鼻指試験やや拙劣、でありワレンベルグ症候群が疑われました。MRIでは右延髄外側に高信号領域を認め、入院となりました。自宅でのエピソードは、小脳失調によるふらつきであり、救急車内での嘔吐もワレンベルグ症候群によると考えられました。

・ワレンベルグ症候群とは
ワレンベルグ症候群は延髄外側症候群とも呼ばれ、延髄外側の梗塞によって生じる症候群です。
主な症状を以下に示しますが障害される部位によって多彩な症状を呈します。

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もっとも多くみられた症状がめまい(47%)という報告もあり1)、四肢の筋力低下を来さないため脳血管障害と気づかれず見落とす危険が高く注意が必要です。

・ワレンベルグ症候群の原因
多くの場合、椎骨動脈や後下小脳動脈、これらから分岐する穿通枝の閉塞によっておこり、アテローム血栓性梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症のいずれも原因となります。もう一つの原因として椎骨脳底動脈解離があり、頸部の外傷歴や過伸展などが誘因となり頸部痛・後頭部の痛みを伴います。解離の有無によって治療方針が異なるため注意が必要です。本症例ではMRAで解離所見を認めずアテローム血栓性梗塞と診断されています。

・画像検査の注意点
ワレンベルグ症候群の頭部MRIでは拡散強調画像で尾側のスライスにぽつんと高信号領域が移る程度であり、見落とす危険が高くなります。急性期の脳幹梗塞では約40%の症例でDWI所見が偽陰性であったという報告もあります2)。
本症例の画像ではありませんが、ワレンベルグ症候群の患者さんの画像を供覧します。

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発症当日はうっすらとしか画像に現れていないことがよくわかります。注意深く画像を確認する、冠状断を撮影するなど見落とさない工夫が必要です。また、通常の頭部MRAだけでは椎骨脳底動脈が十分確認できない場合があり、椎骨脳底動脈解離を疑う際にはその旨を検査オーダーに書くなど注意が必要です。各施設でオーダーセットが組まれている場合も多いと思いますので自施設のものを確認してみてください。

<Take home message>
・ワレンベルグ症候群の症状は多彩、四肢の筋力低下がないことに注意
・MRIの異常所見は軽微、隅々までチェックする。冠状断を撮影するなどの工夫を!

<参考文献>
1) Searls DE, et al. Symptoms and signs of posterior circulation ischemia in the new England medical center posterior circulation registry.Arch Neurol. 2012;69(3):346.
2)成澤 綾、ほか.脳幹梗塞急性期の拡散強調MRI.脳神経.2001, vol. 53, no.11, p 1021-1026