2020.01.17

EMA症例46:12月症例解説

多くの方に回答いただきありがとうございました。

今回の症例はERに来た頭痛と複視を訴える患者です。みなさんも多くの頭痛患者を経験していることと思いますが、頭痛に複視の訴えが加わった際に何を鑑別にどう動くかということが焦点になるのではないかと思い、あえて疾患を当てることを本筋にしない質問構成とさせていただきました。

まずはお寄せいただいた回答を見てみましょう。

質問1 現時点で疑われる疾患を記載してください(自由記載)
SAH, 動脈瘤, 髄膜炎, 脳炎, もやもや病, 小脳梗塞, テント下の血管腫か腫瘍か微小出血, 静脈洞血栓症, 海綿静脈洞血栓症, 左椎骨動脈解離, wallenberg症候群, 右眼動脈血栓症, 動眼神経麻痺:それを引き起こすような動脈瘤・出血・腫瘍など, 閉塞性緑内障, Fisher症候群, 高血圧緊急症, 抗リン脂質抗体症候群, Lemierre症候群, 子癇

質問2 次にどのようなことを行いたいか
問診(正常時血圧、流産歴、感冒症状の有無), 血圧管理, 視野異常の有無, 眼裂狭小化の有無, 眼底鏡, 眼圧測定, 細隙灯検査, 検尿, 凝固系検査, 髄液検査, MRI(DWI, T2, FLAIR, T2*など), 脳外科/眼科コンサルト, 3DCTA, MRV, Angioの準備, HESS検査

質問3 Dispositionとして適切と思われるものを選んでください
経過観察のため入院 5 23%
鎮痛薬を処方して帰宅 0 0%
神経内科に即日コンサルト 7 32%
精神科に即日コンサルト 0 0%
その他 4 18%
内訳(眼科コンサルト、マンニトール投与、抗凝固療法、入院の上脳外科コンサルト)

質問1の鑑別では非常に幅広く(かなり稀な症例も)挙がっていると思います。質問2ではそれらの鑑別を行うには、頭部CTもMRI/MRAも陰性の中、どのようなアプローチが必要かという趣旨でした。頭蓋内の検索だけでなく、問診やバイタルサインの変化に注目した回答にEMAの皆さんの臨床に対する熱さを感じました。質問3はどういったDispositionを取るかで、とても悩ましく正しい答えはないのかもしれませんが、敢えて質問としてみました。回答にご協力いただきありがとうございました。

ここで実際のその後の経過を見てみたいと思います。

【その後の経過】
補液が200mlほど入ったところで症状はやや軽快していました。しかし複視の訴えがなお残存していたため、より正確な専門医による神経診察の必要性があると判断され神経内科にコンサルトしています。神経内科医診察でも複視は認めましたが、その他の所見は得られず。頭蓋内に病変は認めなさそうであるため、複視の原因究明と緑内障の除外をするために神経内科より眼科に即日コンサルトとなりました。

眼科医診察では右上斜筋麻痺を認めましたが、眼圧正常で緑内障発作の可能性はなく先天性の上斜筋麻痺が顕在化した可能性があるとの回答。そうこうしているうちに症状が軽快したという訴えもありましたが、血圧はなお高値であったため神経内科より降圧薬が処方され、一旦自宅で様子を見ていただくこととなりました。

<翌朝>
救急外来を受診しているところを前日のER担当医が見つけ、声をかけると、昨日よりも前頭部がズキズキして痛いという。眼をあけるだけで気持ちが悪くなり焦点が合わない。また昨日に比較して頭痛がひどくなったと訴えていました。

本人の受診動機は6ヶ月児が市販のミルクを飲まないため、母乳に影響がない頭痛薬が欲しいと言っています。

【解説】
32歳の女性の頭痛でCommonな鑑別疾患に片頭痛があがります。

参考までに、片頭痛の診断にはPOUNDが有用であることが有名ですので紹介します※1
(注:一般外来を対象とした論文)

P:Pulsating 拍動性
O:hOur duratioin 持続時間が4〜72時間
U:Unilateral 片側性
N:Nausea and vomiting 嘔気嘔吐
D:Disabling 何もしたくない/できない

バイタルサインでは31歳という年齢にしては血圧が158/102mmHgと高値。頭痛+高血圧という組み合わせを見た場合には、救急医として頭蓋内病変を除外したいですので(血圧の高さと頭蓋内疾患には相関があることも報告されている)※2頭部CT/MRI/MRAを行ったところいずれも陰性でした。

<複視>
複視の鑑別では片眼が両眼かをまず考えることになります。片眼(単眼性)であれば眼そのものの病態を考えます。単眼性の場合は片側を覆っても複視が生じたままですが、両眼性では視線の不一致が原因となるため片側を覆うことで複視が消失します。その際第Ⅲ、Ⅳ、Ⅵ脳神経の病変を疑いますが、その他に眼球突出を伴えば、頸動脈海綿静脈洞瘻(血管雑音が有名)、眼窩腫瘍、バセドー病を考え、眼瞼下垂を伴えばボツリズム、Fischer症候群、重症筋無力症などを考えます。また先天的な眼筋不全麻痺もあり眼科診察が必要となります。

経過の通り神経内科経由で眼科診察を行いましたが原因はハッキリしません。症状軽快したため帰宅となりましたが、翌朝救急外来を受診となります。さて、再び来院した患者に対してどのようなアプローチをとるのがよいでしょう?

<腰椎穿刺によるアプローチから>
再来院時のバイタルサインは血圧127/99mmHg(降圧薬内服後1時間)、脈拍数91回/分、体温37.3℃、呼吸数20回/分、SpO2 98% room air。身体診察・神経学的診察所見では複視が右上方視で増悪。頭部顔面に血管雑音は聴取しませんでした。また微熱ではあるが発熱があると判断し髄膜炎を鑑別にあげ腰椎穿刺を行いました。

髄液検査結果:
総細胞数 5, 有核細胞数 1, 赤血球数 4, N:L比 0:1, 蛋白定量 37, 糖定量 50

細胞数は少なく髄膜炎の可能性は否定的。蛋白細胞解離もないため外眼筋麻痺を起こすFisher症候群(ギラン・バレー症候群に類似した疾患であるが上肢の麻痺がない)も考えにくい。しかし、複視は増悪しており更なるアプローチが必要となります。

さて、どうしましょう。

頭部CTやMRI,MRA,で得られない画像評価となると血管外や軟部組織、MRAより解像度が高いため微細な解離や出血などを見つけることが可能な頭部CT angio検査が思いつきます。以下に3DCT-angio画像を示します。

ths1

右の内頚動脈基部に腫瘤状に造影された肉芽腫様変化(矢印)が見えるでしょうか。この部位は海綿静脈洞で動眼神経、滑車神経、外転神経などの神経が走行しており、ここに出血や腫瘤などの病変があると眼痛や頭痛、複視が出現します※3

ths02

<診断:Tolosa-Hunt症候群>

Tolosa-Hunt症候群はステロイド反応性の肉芽腫で国際頭痛学会の診断基準では

・無治療で1週間を超える片側の頭痛

・動眼神経、滑車神経、外転神経のうち1本以上の麻痺

・MRIか生検にて肉芽腫の検出

・麻痺が眼痛に随伴するか眼痛の発症後2週間以内に麻痺を認める

・ステロイド投与後72時間以内に症状が寛解する

・原因になりうるその他疾患の除外

となっています。MRIで検出とありますが、今回の症例のようにスライスの都合で丁度隠れて所見を得ることができない(下図参照)、あるいは救急外来で見慣れていないために見逃されるということも有り得ます。T1強調画像で軟部組織にHIAを探しますが、微細な病変であることが多く読影が難しいこともあります。放射線読影医や脳神経外科医の助言を得るための環境を求めることも重要でしょう。本症例では神経内科入院の上、ステロイド投与されたところ症状改善し退院となりました。

ths3

Tolosa-Hunt症候群は比較的稀なケースであるため忙しい救急外来でストレートに診断にたどり着くのは容易なことではありません。緊急度が低そうであると、ついつい対症療法でお茶を濁してしまいがちになりますが、より安全に最適な選択肢やDispositionを患者さんに提供できるかもER医として大切な能力ではないでしょうか。

Take Home Message
・診断がつかないときに慎重になる選択肢を持つ
・診断に詰まったときはできるだけ安全なDispositionを考慮する
・頭痛と複視の鑑別は積極的な検査でアプローチを考える

<参考文献>
1.Detsky ME, et al : Does this patient with headache have a migraine or need neuroimaging? JAMA, 2006 Sep 13;296(10):1274-83.
2.William T. Talman, MD : Cardiovascular Regulation and Lesions of the Central Nervous System. Annals of Neurology, 1985; 18: 1-12.
3.Kline LB, et al : The Tolosa-Hunt syndrome. J Neurol Neurosurg  Psychiatry, 2001;71:577-82.
4.PS Khera, et al : Ind J Radiol Imag 2006 16:2:175-177