EMA症例44:10月症例解説
とてもたくさんの回答を頂き、ありがとうございました。
強い腹痛で夫と共に搬送された32歳女性でしたね。妊娠の可能性は強く否定されていました。
さっそく、みなさんの回答結果をみてみましょう。
質問1)追加したい情報、身体所見は?
主に、以下の3系統に分かれました。
・産婦人科系(12人)・・・
不正性器出血の有無、婦人科受診歴、最終性交日/不特定との性交渉、ピル服用歴、子宮外妊娠の既往
・消化器・感染症系(12人)・・・
生もの摂取歴、旅行先/目的、周囲に同症状の有無、皮疹、関節症状、CVA叩打痛、便の性状、黒色便/下血の有無、胃潰瘍の既往歴、手術歴
・痛みについて(8人)・・・
痛みの部位、拍動性か、移動性か、間欠的か、波があるか、放散痛の有無
その他、喫煙歴や外傷の有無などを挙げているかたもいました。
産婦人科系の追加情報の取り方として、「夫のいないところで再度sexual activityを聴取」とわざわざ書いてくださった方も1人いらっしゃいました!
質問2)まず施行したい検査は?
図1
ほとんどの方が、まず腹部超音波、血液検査、尿検査(妊娠検査)を選ばれました。
ちなみに尿検査は「導尿」と「自尿を待つ」で半々でした。
さて、この症例の経過です。
腹部エコーにてモリソン窩、ダグラス窩、脾腎境界までEcho free spaceが見えました。
①若い女性の急性発症の強い腹痛
②腹部全体に圧痛・反跳痛
③echo free space!
ということで子宮外妊娠/卵巣出血を(ややとまどいながらも)強く疑い、導尿にて尿検査を提出しながら産婦人科をコールしました。
[腹部超音波]
図2
尿検査はやはりhCG定性(+)でした。
経膣エコーでは子宮内に胎嚢(GS)は見えず、子宮周囲に血腫らしきものを認め、血液検査でもHb 8.5g/dl、Hct26.4%、β-HCG129.2mIU/ml(正常値0.0-3.0)
となり、子宮外妊娠の疑いにて緊急開腹手術となりました。
約1300mlの腹腔内出血を認め、右卵巣妊娠の診断で卵巣楔状切除術が施行されました。
はやりの昼顔妻だったのか、その後の夫婦はどうなったのかはご想像におまかせします。
・女性の腹痛
みなさんのご解答の通り、妊娠可能な女性の腹痛は必ず子宮外妊娠を含む産婦人科的疾患を除外できないといけません。
対応が遅れれば命に関わったり、妊孕性の問題となります。
今回のような場合、感染性腸炎なども鑑別に挙がると思いますが、緊急度が違いますね。
本人がいくら否定していても、そうでないとわかるまでは、子宮外妊娠を念頭において検査、診察を進めましょう。
急性発症で、嘔吐/下痢などの消化器症状が乏しい、強い持続的な腹痛、発熱を伴わない時などには、特に緊急性の高い産婦人科疾患(子宮外妊娠、卵巣出血、卵巣茎捻転など)を疑いましょう。
ただし、ショックや卵巣頚捻転などでは嘔吐/下痢を伴う事もあります。
問診では
①妊娠歴(回数、流産、人工授精の有無)
②月経歴(最終月経、前回月経、周期、期間、量、性状の変化など)
③性行為(最終性交日、性交時痛/出血の有無、パートナーの数)
は必ず確認しましょう。
ただし非常にデリケートな質問ですので、どんなに急いでいても細心の注意を払わないといけません。
まず通常の問診や診察をしてから、夫や親などの付き添いの人がいないところで、隣の患者さんにも聞こえないようにする必要があります。
そして、婦人科疾患の可能性もあり大事な質問であると説明した上で問診をします。
・子宮外妊娠
全妊娠の2.6%が子宮外妊娠で、妊娠第1期三半期の性器出血や腹痛を主訴に受診した患者の18%に及びます。
また米国における同時期の妊娠関連死亡の主な原因(6%)であり、全ての妊娠関連死亡の9%を占めます。
93-97%が卵管での着床で、他に間質部、帝王切開創部、子宮頸部、卵巣、腹腔内での妊娠があります。
受診時に腹痛と性器出血共に認めるのは半分以下で、むしろその場合は流産を示唆します。
<腹痛>
急性発症で持続的な腹痛で、消化器症状は乏しいです。
圧痛は限局性は乏しいものの下腹部で特に強いことが多く、下腹部の疝痛は少量の腹腔内出血を示唆します。
卵管が破裂すると、多くはより腹部全体の持続痛となり広く反跳痛を認めますが、逆に腹痛が軽減する事もあります。
肩への放散痛は腹腔内出血が横隔膜を刺激しているサインで、より大量の腹腔内出血を疑います。
<主なリスクファクター>
・子宮外妊娠の既往 (Odds ratio 9.3-47)
・卵管手術の既往 (Odds ratio 6.0-11.5)
・IUD使用 (Odds ratio 1.1-45)
・クラミジアや淋菌などのSTDの既往 (Odds ratio 2.8-3.7)
・不妊症 (Odds ratio 1.1-28)
・性交渉の相手が複数 (Odds ratio 1.4-4.8)
子宮外妊娠が鑑別に挙がったら、まず尿中hCG定性にてスクリーニングします。
結果を待っている間に(もしくは同時に)経腹超音波を行いましょう。
ここで腹腔内出血を認めたら、子宮外妊娠の破裂や卵巣出血など産婦人科疾患による出血を考えます。
バイタルサインがすぐに不安定になる可能性があり、尿中hCGの結果は待たずに産婦人科コンサルトしなければいけません。
尿中hCG陽性なら、正常な子宮内妊娠かそれ以外かを鑑別します。
そこで経膣超音波です。
子宮内にGSが見えるか、卵巣が腫大していないかなどを確認します。(ここからは日本では産婦人科医が行っていると思います。)
子宮内にGSがない場合、考えるのは以下の3つだけです。
①正常な子宮内妊娠だがまだ早すぎて見えない
②流産の前後
③子宮外妊娠
症状(腹痛など)、LMPから想定される週数、リスク、超音波所見などで子宮外妊娠が否定できないときは、血清hCGを測定します。
卵管への血流供給には限界があるためトロホブラストは成長できず、血清hCG濃度はプラトーに達した後、低下します。反対に正常妊娠であれば血清hCGは2日で倍加します。
流産せずに卵管へ浸潤すると、卵管は拡張され破裂します。
この場合、腹腔内へ出血し、時にバイタルを侵します。
・尿中hCG定性。自尿を待つか、導尿か
バイタルサインが安定しており、経腹超音波にて腹腔内出血を認めなければ、自尿を待って尿中hCG定性スクリーニングを行えると思います。
しかし、今回のように急性発症の激しい腹痛で全体に反跳痛もあり、眼瞼結膜蒼白、血圧も90台と低めな場合、子宮外妊娠破裂の可能性があり、自尿を待つ時間はないかもしれません。
すぐに経腹超音波を行い、腹腔内出血を認めれば、本人に説明し導尿で検体をとらせてもらうほうがいいでしょう。
[Pearls]
・妊娠可能な女性の急性発症の腹痛では、そうでないとわかるまで子宮外妊娠を念頭に診察する。性器出血もそろうのは半分以下。
・デリケートな問診は、他人・家族のいないところで、タイミングにも注意をはらって行う。
・子宮外妊娠が鑑別に挙がり、バイタルサインが不安定だったり腹腔内出血を認める場合は速やかに産婦人科コンサルト!(尿中hCG検査は導尿で)
[参考文献]
#William Silen. Cope’s Early Diagnosis of the Acute Abdomen, 22nd edition
#窪田忠夫著.ブラッシュアップ急性腹症
#John R. Crochet, Lori A. Bastian, Monique V. Chireau, JAMA, April 24, 2013—Vol 309, No. 16
#Incidence, risk factors, and pathology of ectopic pregnancy ; UpToDate