2020.01.17

EMA症例43:9月症例解説

今回もたくさんの方に回答していただきました。ありがとうございました!

今回の症例はアルカリによる化学熱傷の1例でした。
普段みなさんが診療される熱傷は、熱湯やみそ汁をこぼして生じた、というような熱傷が多いと思います。今回のような化学熱傷の多くは救命救急センターに搬送されると思いますが、みなさんの病院に直接来院される可能性もあるかもしれません。そのような時のために、熱傷の初期対応ならびに重症度の評価を学んでいただきたく、このような症例を挙げさせていただきました。

アルカリは組織と接触することで蛋白の融解を生じ、脂肪を鹸化(けんか)します。その鹸化の際の反応熱で周囲の組織を損傷します。そんな化学熱傷で最初にやらなくてはならないことは、原因物質の除去です。受傷後速やかに大量の水で洗い流す必要があります(水道水により15分以上、眼の場合は20分以上)。大抵は病院搬送前にやることなので、おそらく現場で洗浄されて搬送すると思いますが、洗浄の有無は必ず確認してください。万が一洗浄されていない場合は必ず洗浄しましょう。
ということで、今回の症例は救出されたままの状態で診療所に来たので、最初にやることは「洗浄」です。みなさんの回答は以下になります。

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今回は化学熱傷の際の洗浄の大切さを伝えたくて少しアレンジしましたが、実際の症例は現場でpH試験紙が中性になるまで洗浄してから病院搬送されています。

熱傷の初期対応は外傷の初期対応を元に考えられた、Advanced Burn Life Support (ABLS)という初期対応コースがあり、初期対応はPrimary SurveyとSecondary Surveyに分けられます。

Primary Surveyでは、ABCDEアプローチを用いて全身状態を評価します。

A: 気道の評価と確保、頸椎保護
B: 呼吸の評価、高濃度酸素投与
C: 循環動態の評価と末梢静脈路確保
Primary Surveyでの初期輸液は5歳以下で125mL/h、6〜13歳で250mL/h、14歳以上で500mL/hとします。
D: 意識レベルの評価
E: 脱衣と保温

今回の症例はアルカリの誤飲はありませんでしたが、疼痛のために頻呼吸になっていたためPrimary Surveyの時点で気管挿管を施行し、末梢静脈路確保し輸液をしました。

Secondary Surveyでは病歴聴取、正確な体重の把握、全身の身体診察(特に気道熱傷や体幹・四肢の全周性熱傷、顔面・手・会陰部の熱傷の有無)、熱傷の重症度判定、初期治療、検査を行います。
熱傷の重症度判定は熱傷面積と熱傷深度によって決まります。熱傷面積はⅡ,Ⅲ度熱傷の範囲を9の法則を用いて評価します。
もう一度今回の症例の体幹の写真を示します。

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この写真の赤い丸でかこった部分はⅢ度熱傷になります。両前腕はⅡd度熱傷、頸部や体幹はⅡs度熱傷になります。ここで、この症例のBurn Sheetをもう一度示します。

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この症例の熱傷面積は、上記より61%となります。

熱傷の24時間以内の輸液量についてはいろいろな議論があります。有名なのは、Parkland公式(Baxterの公式)の熱傷面積(%)×体重(Kg)×4mlですが、これだと過剰輸液になり、組織の浮腫を助長し返って悪影響を及ぼすということで、ABLS2010では熱傷面積(%)×体重(Kg)×2(小児では3)mlが推奨されています。初療時はPrimary SurveyのCで述べた輸液量から開始し、Secondary Surveyで熱傷の重症度を評価した後、熱傷面積(%)×体重(Kg)×2mlの半量を最初の8時間で、それ以降の16時間で残り半量を投与することが推奨されています。

ただ、これらの計算式はあくまでも目安で、入院後は尿量を0.5ml/h(小児では1.0ml/h)維持できるように輸液をしましょう。というのも、熱傷の重症度を初療の段階で決めるのは難しいことで、特に化学熱傷では見た目以上に熱傷が深いことがあります。なので、計算式の分を輸液すれば良いという訳ではなく、前述の尿量を維持できる輸液量がその症例の必要輸液量ということになるのです。結果的に計算式より輸液量が多かったら見た目より深い熱傷で、少なかったら見た目より軽い熱傷ということです。
というわけで長くなりましたが、今回はABLSで推奨されている輸液量にしたいと思いますので、憶測の初期輸液量は61(%)×65(Kg)×2=7930mlとなります。実際にこの症例は初日に9751ml輸液しました。

Secondary Surveyが終了した時点で、どのレベルの医療施設での治療が適切かを検討します。よく用いられるのがArtzの基準です。

<Artzの基準>

重症熱傷:救命救急センターなどの熱傷専門施設での入院加療を要する
 30%以上のⅡ度熱傷
 10%以上のⅢ度熱傷
 顔面、手、足のⅢ度熱傷
 気道熱傷
 軟部組織の損傷や骨折の合併
 電撃傷、化学熱傷

中等症熱傷:一般病院での入院加療を要する
 15-30%のⅡ度熱傷
 顔面、手、足以外で10%未満のⅢ度熱傷

軽症熱傷:外来通院可能なもの
 15%未満のⅡ度熱傷
 2%未満のⅢ度熱傷

また、ABLSではもっと簡便に熱傷の専門治療が出来る施設への転送判断基準を設けています。

<ABLSの転送判断基準>
 10%以上のII度熱傷
 顔面、手、足、外・会陰部、主要な関節部の熱傷
 Ⅲ度熱傷
 電撃傷(雷含む)
 化学熱傷
 気道熱傷
 熱傷治療と生命予後に影響する基礎疾患の存在
 骨折などの外傷の合併(外傷の方が重篤な場合は外傷の治療を優先)
 小児熱傷で小児の入院管理が十分にできない場合
 社会的・精神的介入や長期のリハビリを要する場合

今回の症例が重症熱傷であることは言うまでもありません。なので、このような症例を診た際は適切な初療を行った後、24時間以内に救命救急センターなど熱傷の専門治療ができる施設へ転送してください。
みなさん救命救急センターへの転送を選択されていましたが、24時間以内というのが原則になります。

Take Home Message
☆ 化学熱傷はまずpHが中性になるまで洗浄されているかを確認しよう!
☆ 熱傷も外傷と同じ!まずはPrimary Surveyを行いましょう!
☆ 重症熱傷は24時間以内に専門施設へ送りましょう!

以上、9月の症例でした。

<参考文献>
熱傷治療マニュアル(田中裕ほか、中外医薬社)
急性中毒標準診療ガイド(日本中毒学会、じほう)
American Burn Association Consensus Statements. Nicole S. G. et al. Journal of Burn Care & Research 2013: 34(4); 361-85.
ABLS2010輸液療法の変更点をふまえこれまでの輸液療法を見直す. 井上貴昭ほか、熱傷2014: 40(2); 76-85.