2020.01.17

EMA症例40:5月症例解説

アンケートにご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

転倒時に手をついて手が痛む、この病歴の場合に一番思い浮かぶのは橈骨遠位端骨ではないでしょうか。橈骨遠位端骨を疑って診察・画像検査をしても異常がない…こんなときに見逃してはいけないのは「舟状骨骨折」であり、この患者さんでも舟状骨骨折を疑い診察・検査を進めていきます。
舟状骨骨折は手のひらを伸展位でついたときに手関節が過伸展すると生じ、スポーツに起因して発生することが多いことから好発年齢は15~30歳といわれています1)。転倒時にどのような体勢で倒れたのか、詳細な病歴聴取(身ぶり手ぶりを交えて確認するといいでしょう)を行う必要があります。

皆さんの回答は以下の通りでした

5f19f8038b959234c30f03075d8068f4

舟状骨骨折は橈骨遠位端骨骨折とことなり外見上の腫脹・変形が少なく、捻挫と誤診されやすい骨折です。そのため舟状骨骨折を疑った際の身体所見としては、次のものが知られています。
①解剖学的嗅ぎタバコ入れの圧痛(Snuffbox tenderness)(感度 71~100% 特異度 19~35%)2)3)
解剖学的嗅ぎタバコ入れとは長母指伸筋腱と短母指伸筋腱にかこまれた部位(画像1参照)を指します。この下に舟状骨があるため、この部位に圧痛がある場合は舟状骨骨折があるものとして対応します。

3d46a548c170ba3731a532f1d4388608

(画像1:日本骨折治療学会ホームページ4) より)

②axial compression test(感度 71~100% 特異度 35~48%)2)3)
親指を伸展して長軸方向に押して痛みがあると陽性
③舟状骨結節の圧痛(感度 87% 特異度 57%)
手首を背屈させて、親指の下、手首のしわがあるあたりに舟状骨結節があります
皆さんの回答は以下の通りでした

66caf9ce37399f5f2a455838389a18f4

診察をしたところ、右手の解剖学的嗅ぎタバコ入れに圧痛を認めました。舟状骨骨折を疑った際には、通常の手関節2方向では異常が認められることは少ないため、手関節正面尺屈位と45°斜位のX線所見も確認します。
舟状骨骨折でレントゲン上骨折線が確認できるのは1~2割という報告もあり5)、受傷早期にはレントゲンでは骨折線が明らかではない不顕性骨折も多くあります。画像診断能はMRIが一番高く次いでCTです。舟状骨骨折は骨壊死や偽関節・遷延治癒を起こし易いため、診断・治療が遅れると患者さんの負担が増します。救急外来ではCT、MRIまで撮影できない場合も多いためレントゲンで骨折線を認めなくても、解剖学的嗅ぎタバコ入れに圧痛がある場合は「舟状骨骨折あり」として対応をする必要があります。近年、超音波での診断も行われており、感度が80%であったという報告もあります6)

皆さんの回答は以下の通りでした

fc73d1948c993f0e72455369b56b010d

この症例での画像を供覧します(画像2)

af7fb79b039696f8896143778a63203e

(画像2:矢印の部分に骨折線を認めます)

舟状骨骨折の治療法は骨折の程度によって決まります。今回のように骨折線が軽度見られるような場合は、保存的治療が選択されることが多いです。この患者さんも救急外来で固定を行い、その後整形外科外来で保存的治療がなされています。
固定方法は施設によって異なるかもしれませんが、手関節は中間位もしくは軽度背屈位、母指は対立位で前腕から母指基節骨までを固定するthumb spica castがよく知られています(画像3)。

cbd1b6393c137ade5b92f19861437702

(画像3: thumb spica cast7)

ということで、今月は舟状骨骨折の患者さんでした。

<まとめ>
・「転んだ時に手をついた」という病歴では舟状骨骨折を疑い解剖学的嗅ぎタバコ入れに圧痛を確認する
・レントゲンで異常を認めなくても、病歴・身体所見から疑わしければ「舟状骨骨折あり」として対応をする

<参考文献>
1:Geissler WB:Arthroscopic management of scaphoid fractures in athletes. Hand Clin, 25:359-369, 2009.
2:Parvizi J, et al. Combining the clinical signs improves diagnosis of scaphoid fractures. Journal of Hand Surgery 1998; 23 (3): 324-327
3:Unay K, et al. Examination tests predictive of bone injury in patients with clinically suspected occult scaphoid fracture. Injury 2009; 40: 1265-1268.
4:矢島弘嗣. “舟状骨骨折”. 日本骨折治療学会. http://www.jsfr.jp/ippan/condition/ip12.html (2014年5月23日)
5:Anne S B, et al. Splints and Casts: Indications and Methods. Am fam physician. 80 : 491-499, 2009
6:Carpenter CR, et al . Adult scaphoid fracture. Acad Emerg Med. 21: 101-121 : 2014
7:Waeckerle J F, et al. A prospective study identifying the sensitivity of radiographic findings and the efficacy of clinical findings in carpal navicular fractures. Annals of emergency medicine, 16: 733-737, 1987
8:草野望. 舟状骨骨折の画像診断. 関節外科. 2012, vol.31, no.8, p.26-34