2020.01.17

EMA症例4:5月症例解説

皆さん、多くのコメントありがとうございます。この解説よりも皆さんのコメントの方が為になるんではないかと思い、解説をやめようかとも思いました。まあ、独り言と思って読み流してください。熱い議論が交わされたバイタルは救急医にとってとても重要ですね。しかし、今回は本題からそれるので、またの機会にでも取り上げさせていただきます。簡単に症例のおさらいから行きましょう。

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1歳2ヶ月、女児
主訴: 嘔吐
現病歴: お昼からの頻回嘔吐、10回くらいとのことで15時受診。
腹痛はなさそう。血便無い。最終排便は昨日。昼までは経口摂取はいつも通り。嘔吐物は胃内容物→粘液へ変わっている。血液はない
頭部外傷は明らかなものはなし。

既往歴:term baby、出生体重3220g,
予防接種:DPT×3 ポリオ BCG

身体所見
vitals: BP86/mmHg, P 140/m, RR36/m, SpO2 96%, BT35.5℃
少しぐったり
頭部:明らかな外傷なし、大泉門:閉鎖
口腔内:軽度乾燥
肺:ラ音、気管支狭窄音なし
心臓:雑音ない
腹部:膨隆、massなし、蠕動亢進、圧痛ははっきりしない

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幼児の嘔吐は怖いですね。 訴えを何も教えてくれないために、病歴という診察の第一歩からつまずく点が怖いです。もちろん保護者からの病歴は大事ですけど、本人からの話でないのでバイアスは拭えません。自分が小児を診る際は、意識障害・認知症・アルコール中毒の患者を診るスタンスとあまり変わりません。

嘔吐の鑑別疾患は膨大です。小児ではそれが成長段階によって変わってくるのでたまらないですね。鑑別は膨大でも、大きくジャンル分けすると以下のように分けれるのではないでしょうか?

①消化器(おおまかな年齢による分類):
生後   数日−数ヶ月     数ヶ月−2歳  2歳以上
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代表疾患 壊死性腸炎      腸重積    虫垂炎
     幽門狭窄症      鼠径ヘルニア 腸重積
     腸捻転        逆流性食道炎
     ヒルシュスプルング病

②頭蓋内病変:頭蓋内出血、腫瘍など占拠性病変、水頭症

③感染症:髄膜炎、肺炎、尿路感染症、A群連鎖球菌咽頭炎

④全身性疾患:DKA、尿毒症、中毒

さて、この症例の続きを述べさせていただきます。

接触歴はないが胃腸炎ははやっており、胃腸炎かな?
と思いつつ経口摂取は困難と考えて輸液を開始。血糖は114. その後も嘔吐は5,6回ある。
受診後4時間くらいしてからお母さんに「先生、足の付け根が膨れています」といわれ見てみると、視診上は何も所見ないが触診してみると確かに右ソケイ部に小さく固いものが触れる。

ソケイヘルニアincarcerationとして整復すると整復され、嘔吐は止まった。

今回は、右ソケイ部のヘルニアにより嘔吐していた症例です。病歴がとれない患者さんは、診察と検査がより大切となります。ソケイ部や会陰部の診察は、今まで本当に冷や汗をかいてきました。腹痛で来院した青年で、その彼女から陰嚢が腫れていると言われて初めて発覚した精巣捻転。意識障害で来院した糖尿病患者で、バルーンを入れようとしたナースから言われて初めて発覚したフルニエ壊疽。会陰部は「陰」と言われるように、こっそりとしているのでいつも見過ごしてしまう。いかんですね。面倒だけど、恥ずかしいけど、臭いけどきちんと診ましょう。

小児のソケイヘルニアで知っておきたいこと:
男児に多く(女児の10倍)、右側に多い(1.5倍、ソケイ管の閉鎖は右側の方が遅い)。
診察時にヘルニアがはっきりしない場合は、“silk glove sign1(p778)”が参考になる(最近のprospective studyでは感度・特異度ともに90%以上2だったと)、もちろん超音波(95%以上の診断率3)や親の写真(変な趣味?!)も参考に。
嵌頓したヘルニアは整復を試みる。幼児をリラックス(鎮静も考慮)させて、トレンデルンブルグ位にしたあと、氷冷(低温火傷に注意)にて内容物の浮腫を軽減、腸骨方向にゆっくりと安定した力をヘルニアに加える(ときとして10分以上も加圧することもある)。これで80%は戻ると言われている4。もちろん、虚血や腹膜炎症状がある場合は、整復は試みずにすぐに(小児)外科医を呼ぶ。
整復後は、再嵌頓するリスクが高いので、(小児)外科にコンサルトする。施設によっては、そのまま入院させて1、2日以内に手術するところもある。

Clinical Pearls
-大まかに年齢別に嘔吐を起こす消化器疾患を知っておく
-必ずオムツ/パンツを下げて会陰部を診察
-小児ソケイヘルニアの診断には、ローテク技の“silk glove sign”を知っておこう
-整復後は、外科に一報入れよう

参考文献)
1. Pierina Kapur, Pediatric Hernias and Hydroceles, Pediatric Surgery for the Primary Care Pediatrician, Part I, Ped Clin N Am 45 (1998) 773-789 (googleにてfree)
2. Luo CC, Chao HC. Prevention of unnecessary contralateral exploration using the silk glove sign (SGS) in pediatric patients with unilateral inguinal hernia. Eur J Pediatr 2007;166(7): 667–9.
3. Chen KC, Chu CC, Chou TY, et al: Ultrasonography for inguinal hernias in boys. J Pediatr Surg 33:1784-1787, 1998
4. Lloyd D. Inguinal and femoral hernia. Operative pediatric surgery. New York: McGraw-Hill; 2003. 543–54.
-Mary L. Brandt, Pediatric Hernias, Surg Clin N Am 88 (2008) 27–43
-Neil Mullen, Vomiting in the Pediatric Age Group, Medscape 2009, http://www.medscape.com/viewarticle/711641_3