2020.01.17

EMA症例36:1月症例解説

みなさま1月症例の解説です

33歳のごく普通の女性が、過去に何度もERを嘔吐下痢腹痛で受診しており、今回も同様の症状で受診したという経緯でした。この人の診断に近づくために、どういう質問をしていくと良いかと言う事を考えていただきたくて、追加で聞きたい情報は無いですか?という問いを設けました。以下の様な回答がありました。

妊娠関係:妊娠の有無、月経歴、月経と症状の関係
一般病歴:発熱の有無と熱型、詳細な食事の情報、体重減少、四肢しびれ
既往歴:虫垂炎の有無、これまでの検査歴(CT、内視鏡、低C4血症etc.)
家族歴:心疾患、遺伝性血管浮腫

ある疾患を既に想定した質問から、一般的な質問まで様々な意見が寄せられました。質問によっては即診断につながることもあります。この患者さんへのクリティカルな質問はどんなものなのでしょうか。以下解説で触れます。

次に腹部エコーの解説をします。あえて解説なしで画像のみ提示したのですが、胃から十二指腸にかけてかなり強い浮腫が認められています。嘔気と腹痛の原因はココから来るものと考えてよさそうです。今回限られた情報で、みなさま診断に難渋された事と思います。疑われる疾患について回答者は8名でした・・・(泣)。皆様から寄せられた疾患は、遺伝性血管性浮腫、なんらかの血管浮腫、アナフィラキシー、胃腸炎、虚血性腸炎、SLE、ヘノッホシェーンライン紫斑病、腸重積、SMA症候群、アニサキス、胃潰瘍など多岐にわたっており、おそらくアンケートを送信されなかった方も、このあたりの疾患を想定しつつ考えていただいたのではないかと思います。それぞれに合う点、合わない点があり、さらに病歴や検査が必要な部分があるかと思います。

診断と解説の前に、情報を整理します。嘔吐下痢症状は皆さんよく出会われると思いますが、今回この人を診断するにあたり、普通じゃないポイントを挙げたいと思います。

普通じゃないポイント①
1ヶ月に一度の頻度で同様の症状がある

「へぇ毎月あるんですねぇ、でも今回は下痢が無いみたいだし関係ないのでは!」と考えるもの一つですが、何か関連がありそうだと思って解決の糸口として使って欲しい情報です。女性が1ヶ月に一度・・・来るものと言えば・・・?男はオオカミになるかもしれませんが、女性と言えば月経ですね。ホルモン?ストレス?月経の事についてぜひとも聞いてみたくなりますよね?

普通じゃないポイント②
尋常じゃない浮腫

超音波で腸管壁に水たまりができているような強い腸管浮腫です。そういえば浮腫と言えば口唇が腫れるとか言ってました。クインケ浮腫と言われたとか。新しく使い始めた薬剤はなさそうです。多臓器に浮腫を起こす様な病態が隠れているのでしょうか。

というわけで、この人に追加で聴取したい情報がなんとなくまとまったと思います。過去の病状について詳細に聞いたところ、以下の情報を頂きました。
・25歳くらいから手足が月経前後に腫れることがあった
・月経と関係なく腫れることもある
・顔も腫れる事があり唇から顔面全体に広がる
・かゆくない
・顔が腫れた時は声が出にくくて唾を飲み込み辛い
・呼吸し辛い時もあり耳鼻科を受診してクインケ浮腫を疑われた
・2ヶ月前に他の病院で血液検査をしてC4が低いと言われた

以上の事から

「遺伝性血管性浮腫(HAE:hereditary angioedema)」

を考え、追加検査しつつ入院経過観察の方針としました。

血管性浮腫について
組織の深部におこる浮腫で、局所的な血管透過性亢進が原因と考えられています。皮膚や気道、消化管に発生し、蕁麻疹と異なり境界は不明瞭で痒みも伴いません。ドイツ人医師クインケにより報告されたのでクインケ浮腫と呼ばれますね。数時間〜数日で勝手に軽快することがほとんどですが、喉頭浮腫を起こすと気道閉塞となることもあり注意が必要です。HAEはC1 esterase inhibitor(C1-INH)活性の先天的、もしくは後天的な欠損が原因となります。C1-INHは補体系や凝固系の因子、キニン系を抑制しますが、欠損するとキニン系を抑制できなくなり血管浮腫が生じます。NEJMにかなり強烈な写真が載っていますので是非ご覧下さい1

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMicm1200960

血管性浮腫は遺伝性血管性浮腫(HAE)と後天性血管性浮腫(AAE:acquired angioedema)があります。HAEは1-5万人に1人と稀な疾患ですが、AAEはHAEよりさらに稀な様です。HAEはC1-INH産生が低下によるⅠ型と、機能異常によるⅡ型に分けられ、どちらも常染色体優性遺伝で10代を中心に発症します。家族歴が大事になりますが、家族歴のない孤発例もHAE全体の25%程度に認められるようです。C1-INH活性の正常なエストロゲン依存性のⅢ型HAEというものも存在しますが、激レアで日本での報告はありません。

症状について
典型的な症状は皮膚の浮腫、腹痛、喉頭浮腫による窒息ですが、これら全てが揃うのは50%程度とされています2。多くの人が発作の数時間前に倦怠感や気分の落ち込み、不安などを自覚する様です。皮膚症状は典型的には顔と陰部で、痒みが無く、圧痕浮腫ではなく、紅斑を作りません。腹部症状としては、腹痛が70-80%の人に認められると言われており、胃腸の浮腫に由来します。軽度のものもあれば、嘔気嘔吐を伴う激烈な腹痛が襲う事もあり、本症例の様に腹部症状のみで発症することもあります。HAEと診断されていない患者の1/3が急性発作の際に開腹手術を受けてしまったという報告もありますが、診断がついていても他の急性腹症との鑑別は難しいかもしれません2。喉頭浮腫を起こす頻度は高くはないですが、HAEの人の半数が一生に一度は経験すると言われています。過去には30%近い人が窒息で死亡しておりましたが、近年診断と治療が進歩したため死亡率は激減しています。これら症状はほっといても数日間で改善するようです。

診断について
HAEの診断にはC1-INH活性の測定が必要です。保険適応があるので、疑ったら調べてみてください。また発作時にはC4がHAEの95%で低値となるので診断の目安になります。詳しく病型を調べたければC1-INHの定量検査を行う必要がありますが、こちらは保険適応外です。家族歴が無い場合や、AAEとの鑑別が難しい場合にはC1q(保険適応外、AAEで低値になる)を調べたり、遺伝子検査を行ったりすることが必要になります。HAEやAAEらしくなければその他の血管浮腫を考える必要があります3。下記文献にカナダのものですが、診断アルゴリズムが載っております。Open Accessなのでぜひ参照ください4

治療について
C1-INH補充薬としてベリナートP®という薬剤があります。2時間以内に95%以上の人が反応する特効薬ですが、1回10万円くらいします・・。使わなければ金銭的に痛いので常備している病院の方が珍しいかもしれません。その他、ecallantide(カリクレイン阻害剤)やicatibant(ブラジキニン受容体拮抗薬)も急性期治療で海外では推奨されていますが日本では未承認です。FFPも選択肢に挙がりますが、副作用や感染との天秤を考えなくてはなりません。日本補体学会のガイドラインではトラネキサム酸の使用(15mg/kg 4時間毎)が推奨されておりますが、World Allergy Organizationは推奨しておりません5,6。ヨーロッパを中心にトラネキサム酸などの抗線溶薬もそのプロテアーゼ阻害作用を期待しての発作時投与が行われて来ましたが、著効するわけではなく副作用の方が勝つかもしれないとうことです2,4。ちなみにアレルギーではないので、エピネフリン、ステロイド、抗ヒスタミン薬は効果が無く推奨されません2,4。日本の救急外来の対応としては

 顔・頸部以外で軽症➡経過観察
 顔・頸部で軽症、もしくは症状が強い➡C1-INH(or FFP)
 喉頭浮腫➡気管挿管or外科的気道確保+C1-INH(or FFP)

という考え方で良いと思いますが、何度も浮腫を起こす人や喉頭浮腫の経験がある人は予防したいと思うのが人情です。長期予防にはダナゾールやトラネキサム酸の内服が推奨されています4。またHAEだとわかっている人に侵襲的な処置を加えることがわかっているなら、術前にC1-INH補充療法を行ったうえで、追加補充の準備をすることも推奨されます2,5

まとめ
今回の症例ではC1-INH活性の著明な低下を認めており診断となりました。家族歴が無かったため遺伝子検査を提出しております。

HAEは自然軽快する疾患とはいえ繰り返す事が多く、また気道緊急など命に関わる状況に陥る事も考えられます。Walk-inで来ることも、救急車で来ることもあると思いますので、ぜひ頭の片隅にこの疾患を置いていただいて、「攻める問診」でHAEの患者さんを助けていただければと思います。

Take Home Massage
①痒みを伴わない局所の浮腫をみたら血管性浮腫を考える
②HAEを疑ったらC1-INH活性を測定。積極的に診断しよう!
③HAEと診断したらC1-INH補充!!

参考文献
1)Didier G. Ebo, M.D., and Chris H. Bridts, B.Sc. Disfiguring Angioedema. N Engl J Med 2012; 367:1539
2)Agostoni A, Aygören-Pürsün E, Binkley KE, et al. Hereditary and acquired angioedema: problems and progress: proceedings of the third C1 esterase inhibitor deficiency workshop and beyond. J Allergy Clin Immunol. 2004 Sep;114(3 Suppl):S51-131.
3)Charlesworth EN. Differential diagnosis of angioedema. Allergy Asthma Proc. 2002 Sep-Oct;23(5):337-9.
4)Bowen T, Cicardi M, Farkas H, et al. 2010 International consensus algorithm for the diagnosis, therapy and management of hereditary angioedema. Allergy Asthma Clin Immunol. 2010 Jul 28;6(1):24.
5)Timothy Craig, Emel Aygören Pürsün, et al. WAO Guideline for the Management of Hereditary Angioedema. World Allergy Organization Journal 2012, 5:182-199 http://www.waojournal.org/content/5/12/182
6)HAEガイドライン2010 補体研究会 http://square.umin.ac.jp/compl/HAE/HAEGuideline2010.pdf