2020.01.17

EMA症例35:12月症例解説

さて、先月の症例は化膿性腱鞘炎でした。手掌側の腱鞘を伝って広がるコワイ感染症でしたね。
今月は手背側の感染症”Clenched-fist injuries(CFIs)”です。
やはり手の感染症は手のひらも甲もコワイですね。

○Clenched-fist injuriesは別名”fight bites”とも呼ばれ、human bitesの中でも最悪なものとして知られています。
適切な初期対応をしないと大変!
・misleading history(後述),
・ぱっとしない傷の見た目、
・飲酒していたり診察の協力を得られない患者、
・入院をしぶる患者、
・すぐには症状が出ない、
・そして上記による不十分な診察(最低限の診察)、
・・・全てが初期対応のミスを招きます。

misleading history、例えば人を殴ったことを隠している場合は特にやっかいです。
そういう時は“scare tactic approach”で問診をするとうまくいく事があります。
(患者さんや付き添いの人にhuman bitesがいかに怖いかを説明しながら問診、診察をします。これは女性の子宮外妊娠などでも使える小ワザですね。)
今回はボクシングの練習中ということで比較的わかりやすかったのですが、
歯に当たったかどうか尋ねたところ「たぶん当たってない。わからない。」という事でした。

○古典的には利き手の中指のMCP関節の外傷ですが、それ以外の関節(薬指やPIP関節)にも起こりえます。
パンチが歯にあたり傷ができると、そこについた細菌が握りこぶしを解いた時に、伸筋腱の動きとともに手背の奥深くへ引き込まれます。
パンチにより加わるエネルギーはとても大きく、傷が関節まで達することはそんなに珍しい事ではありません。17-58%が損傷が骨まで達し,52-62%が関節包を破り, 15-20%が腱損傷を合併していたという報告もあります。
従って、小さい傷でもとても感染のリスクが高いのです。
そして患者さんの多くは、痛みや腫脹、膿の流出が始まるまで、傷を気にしません。
感染は本症例のように急性に (24時間以内)成立する時もあれば、数日以上たってから成立することもあります。

8154ad7a09d7ab4d41409b27933b5955

(文献1より引用。握りこぶし”clenched fist”のpositionでないと損傷が見えないかもしれません。)

腫脹、可動域制限、発赤、傷と不釣り合いな強い痛み、などが典型的な症状です。

ですので、質問①の追加したい診察所見としては、可動による痛みの増悪・可動域制限、
特に軸方向へのpressureで痛みが強く増すかどうかを確認したいところです。
あれば深部への感染を強く疑えます。
みなさんも“歯に当たったかどうか”や、“可動時痛の有無”を回答してくださっている方が多かったです。

質問②:①で追加した診察で所見があった(陽性)場合のマネージメントは?(回答数17)

618abd24f9b2409695385eed5e9ee24d

質問②は質問①の回答によって、それぞれ正解が変わってくる質問でした。
腱断裂など、外傷の評価を中心に気にされた方と、感染症の評価を中心に気にされた方がいました。
ずばりClenched fist injuryと答えられた方も2人いらっしゃいました。さすがです!

○初期対応は、
・レントゲン写真にて異物・骨折確認
・大量の水道水か生食による創内部の洗浄(1%ポピドンヨードによる洗浄を奨める本もあります)
・培養
・抗生剤
・破傷風ワクチン
・疼痛管理
・良肢位での固定
・速やかな外科医(整形外科や形成外科)へのコンサルテーション
となります。
傷の内部を確認(腱や関節包、骨へ達していないか)するために、さらに創を広げなければならないこともあります。
洗浄しながら傷を広げてみると、思った以上に深かった!というのはよく経験する事です。
救急医がどこまでするかは病院のタイプやマンパワー、地域によって変わってくるでしょう。

まだ上記のような感染が成立していなければ(感染症状がなければ)
十分洗浄した後に生食ガーゼなどをつめて経口抗生剤を処方し数日中にフォローとします。
原則縫合はしない方がいいでしょう。
感染症状があるならば抗生剤を点滴投与のうえ、速やかに手の外科医へコンサルトです。
また、感染症状がなくても関節包へ達するような深い傷の場合も、速やかに手の外科医にコンサルトした方がよいでしょう。

感染は4~5種の混合感染のことが多く、抗生剤はstaphylococcus aureus, Streptococciなどに加え、Eikenella corrodensなどの口腔内の嫌気性菌もカバーする必要があります。
ABPC/SBTの3-5日の予防内服が一般に推奨されます。
human bitesと気づかず第1世代セフェムの予防内服、とすると残念な結果になるかもしれません。ここがclencehd fist injuriesのコワイところですね。

82c0eaf216ce9f83556ec26b96fbe650

本症例の数日後の写真です。
初診時に対応した純粋な研修医が、「顎に当たった、たぶん歯には当たってない」という患者さんの言葉を信じてセファゾリンを1g点滴した後、Lケフレックス内服に切り替えて2日後の外来フォローとしたところ、このような状態まで熟してしまい、疼痛も強く緊急入院、形成外科医により手術室での創洗浄となりました。

○Take Home message
#手の傷は要注意!手背側の皮膚は薄く、特に関節上の傷は思った以上に深く、感染のリスクが高い。しっかり傷の評価と洗浄をしよう。
#特にグーパンチによると思われる傷(MCP関節上の傷)ではhuman biteの可能性を考えよう。
#human bitesを疑ったら予防的抗菌薬は口腔内嫌気性菌もカバーしよう。
#Clenched fist injuriesを疑ったら、速やかに手の外科医へコンサルト!特に感染徴候を認めるならば抗生剤はすぐに点滴で投与しよう。

○参考文献
1. Charles P. Melone etc.; Clin Sports Med 28(2009)609-621
2. Rebecca K.etc; West J of Emerg Med.2011;12(1):6-10
3. Marx; ROSEN’S EMERGENCY MEDICINE 7th EDITION
4. ROBERTS & HEDGES’ CLINICAL PROCEDURES in Emergency Medicine 6th EDITION
5. Michael B. Weinstock etc; Bouncebacks! Emergency Department Cases: ED Returns