EMA症例33:10月症例解説
今回もたくさんの方々に回答していただきました。
ありがとうございました。
今回の症例は嘔吐後の上腹部痛を主訴に来院されました。
診断は、ずばり「特発性食道破裂(Boerhaave’s syndrome)」です!
特発性食道破裂は急激な食道内圧の上昇により、食道壁の全層の損傷を生じる疾患です。原因は嘔吐、出産、悪阻、てんかん発作、吃逆、胃腸炎、笑いなど、急激に食道内圧が上げるものが挙げられます。30〜50代の男性に多く、好発部位は筋層が弱く、周囲に臓器がないため圧が逃げやすい下部食道下壁となっています。初発症状は胸痛、腹痛、呼吸困難、背部痛など多岐にわたるので、鑑別診断として念頭にないと診断に至るのが難しい症例です。初診時での正診率は33%という報告もあります。今回の症例の現病歴は飲酒後に嘔吐し、2回目の嘔吐後に激しい上腹部痛が生じました。患者さんは初めからここまで詳しく病歴を言わないと思いますので、詳細な病歴聴取が鍵となります。
上腹部痛の鑑別には胸部・腹部疾患を考慮しなければならず鑑別診断は多岐にわたりますが、中でも絶対に見逃してはならない疾患があり、それをkiller chest painと呼びます。Killer chest painは以下の通りです。
◉急性冠症候群 (ACS)
◉急性大動脈解離
◉心筋炎
◉肺塞栓症
◉気胸(特に緊張性)
◉特発性食道破裂
◉急性膵炎
◉胆嚢炎
◉腸間膜動脈塞栓症
ここで、今回の症例の質問に対してのみなさんの回答を見ていきたいと思います。
Q1. 追加で聴取・診察したいことは(3つまで)?
黒色〜暗赤色の内容物を嘔吐というエピソードがあったため、直近の黒色便の有無を聴取したい方が多かったようです。その他には、生ものの摂取の有無、同様の上腹部痛の既往を挙げた方がいました。
Q2は胸部単純レントゲン写真後の質問でした。
ここで、もう一度胸部単純レントゲン写真を提示します。
矢印の通り、縦隔気腫を認めます。
9月症例で皆さんすでに勉強されていますので、お気づきになった方も多かったでしょうか。
特発性食道破裂の症例では90%以上に胸部単純レントゲン写真で異常所見が認められます。今回のような縦隔気腫のほかに腹腔内のfree air、肺野浸潤影、胸水などが認められ、好発部位の関係から左側に認められることが多いです。
Q2. 確定診断のために追加したい検査は(3つまで)?
縦隔気腫を認めたことから、胸部・腹部造影CT検査を選択された方が多かったようです。また、急性冠症候群否定のため12誘導心電図を選択された方も多かったですね。
臨床症状や胸部単純レントゲン写真から特発性食道破裂が疑われた場合は、胸腹部造影CTやガストログラフィンを用いた上部消化管造影にて確定診断を行います。上部消化管内視鏡検査は画像検査で破裂部位が分からない時に考慮されますが、経験者の判断のもとに行った方がよいでしょう。
Q3. 最も疑う診断は?
Q4. 次に行う対応は(1つのみ)?
特発性食道破裂の治療は、従来は開胸または開胸開腹下に穿孔部の閉鎖と縦隔・胸腔ドレナージの絶対適応でしたが、縫合不全が多く、侵襲も大きいため、近年胸腔鏡手術や保存的治療の報告が増えています。保存的治療の適応については様々な報告がありますが、共通していることは全身状態が良好であること、穿破が縦隔内に限局していることです。保存的治療の内容は絶飲食、高カロリー輸液投与、抗生剤投与、胸腔ドレナージ(場合により食道内間欠的持続吸引)です。内視鏡的治療は腫瘍など外科的手術が選択できない時や医原性の穿孔に選択されることが多く、多くはステント留置術です。下記のようなアルゴリズムもあります。どの治療法を選択するにせよ、外科にコンサルトし方針を決定する必要があります。
最後に、今回の症例の経緯を説明します。
胸部単純レントゲン写真にて縦隔気腫を認めたため、胸腹部造影CTを施行したところ頸部から縦隔内にairの混入を認めました。
エピソードと胸腹部造影CT所見から上部消化管内視鏡検査を施行したところ、EC junctionより3cmほどの部位に15mmの穿孔を認め、特発性食道破裂の診断となりました。
その後、同部位に対して内視鏡的クリッピング術を施行し、ICU入室となりました。入室後は抗生剤を投与し、左胸水の増加を認めたため胸腔ドレーンを留置しました。傍食道に膿瘍形成を認めましたが限局的で、全身状態良好で経過し、第7病日より飲水開始、第14病日より流動食開始となりました。抗生剤は第14病日で投与中止しましたが、その後も膿瘍は縮小傾向で経過良好であり、第23病日に退院となりました。
Take Home Message
◉特発性食道破裂の診断には病歴聴取が大事!食道内圧が上昇するようなエピソードがなかったかどうかを聞き出そう!
◉killer chest painの鑑別に特発性食道破裂を忘れずに!否定できなければ胸腹部造影CTや上部消化管造影を考慮しましょう。
◉特発性食道破裂には保存的治療という選択もあります。
以上、10月症例でした。
参考文献
1. Up To Date: Boerhaave’s syndrome: Effort rupture of the esophagus
2. N S Blencowe et al. Spontaneous oesophageal rupture. BMJ 2013;346:f3095
3. 千野修ら、特発性食道破裂 臨床消化器内科2008Vol.23 No.7 C日本メディカルセンター
4. J.P. de Schipper et al. Spontaneous Rupture of the Oesophagus:Boerhaave’s Syndrome in 2008.Dig Surg 2009;26:1–6
5. CameronJL, et al. Selective nonoperative management of contained intrathoracic esophageal disruptions. Ann Thorac Surg 1979:27:404
6. ShafferHA Jr,et al. Esophageal perforation. A reassessment of the criteria for choosing medical or surgical therapy. Arch Intern Med 1992;152:757-761
7. IveyTD, et al. Boerhaave syndrome.Successful conservativem management In three patient with Late presentation. AmJ Snrg 1981;141:531-533