2020.01.17

EMA症例31:8月症例解説

8月症例はいかがでしたか。回答頂いた皆さま、ありがとうございます!
まずは頂いた回答をお示しします。

質問1:何を考え、どんな症状を問診し、どんな身体所見をとりたいですか?

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・「腹部膨満」から、イレウス(大腸癌の再発をはじめ、閉鎖孔ヘルニアや鼠径ヘルニアによるもの)を考え、腹痛や嘔吐の有無、経口摂取の状況を問診したり、筋性防御や腹部腫瘤といった腹部所見を詳細に取りたい
・発熱の病歴から、敗血症(特に腎盂腎炎をはじめとした尿路感染症)や腹膜炎を考え、悪寒戦慄の有無、CVA tendernessをチェック

という意見が多かったです。また、
・もともとの詳細な意識レベルや認知症の経過を問診しながら、髄膜炎、脳炎の可能性も考慮する
・IEを考慮して、心雑音を聴取する
・大腸癌の転移・播種からの腹水を考える
といった意見もありました。

質問2:検査は何を行いたいですか?
以下の通り、一般的な採血を行いつつ、腹部エコー→造影CTが必要だろう、という考えが伺えます。

質問3:どんな疾患・病態を考えたいですか?
・イレウス(絞扼性イレウス、敗血症からの麻痺性イレウス、大腸癌再発による、ストマ狭窄による)
・腹膜炎(癌性あるいは細菌性)
・腹腔内膿瘍
・尿閉
といったご意見が多く、他にも以下のようなものを挙げて頂きました。
・大腸捻転症 ・大腸穿孔 ・SMA塞栓 ・子宮や卵巣への癌浸潤
・排尿障害から膀胱切迫破裂 ・腎後性腎不全
・髄膜炎

さて、実際の診察では、発熱の病歴があったことから、ルート確保と同時に血算・生化の血液検査を提出。
腹部膨満が明らかであったため、腹部エコーを施行しました。

腹部エコーでは、膀胱内に尿が貯留し、膀胱は著明に拡張していました。 
さらに、膀胱の背側にも嚢胞様の大きな腫瘤が描出されました。腸管の拡張や液体貯留は指摘できませんでした。

ひとまず導尿を施行し、尿検査も提出。(導尿後、腹部の緊満感は改善。)
その結果と、あらかじめ提出していた血液検査の結果が以下です。

■尿所見:
尿蛋白 (±) 尿潜血 (±) 亜硝酸塩 (-) 白血球 (+3)
■血液所見:
WBC 24800/μl、Hb 10.8 g/dl、PLT 39.2万/μl、CRP 23.42 mg/dl
BUN 20.2 mg/dl、Cr 0.70 mg/dl、ALP 705 U/l、γGTP 323 U/l、AST 30 U/l、ALT 28 U/l、LDH 240 U/l

イレウス疑いでの紹介でしたが、少なくともそれを示唆する所見はなく、また膀胱内に多量の尿貯留と高度の炎症反応上昇を認めたことから、複雑型の尿路感染症を鑑別に挙げました。そのため、この時点で血液培養、尿培養は提出を済ませ、さらにエコーで膀胱の背側に認めた嚢胞様の腫瘤が、何らかの膿瘍である可能性も考え、造影CTへ進みました。

また高齢者の腹痛(や腹部のはっきりしない訴え)では、症状や身体所見が非特異的であることが多く、それでいて致死的な疾患が隠れていることが多いため、CTの閾値はかなり下げる、という意識も大切です。

■腹部造影CT:

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膀胱の背側に膿の貯留した子宮腔を認め・・・
「子宮留膿腫」と診断しました。
(ちなみに骨盤内左側のcystは以前から指摘されている卵巣嚢腫。)
産婦人科にコンサルトしたところ、内診で鵞卵大の子宮を触れ、経膣エコーで子宮内腔に内容液貯留像を認めたため、やはり子宮留膿腫が疑われました。ヒスキャス(経膣のドレナージチューブ)を挿入し、ドレナージを行ったところ、膿性の子宮内容350gが排出されました。抗生剤(アンピシリンスルバクタム)投与し入院加療となりましたが、その後は解熱も得られ、炎症反応も速やかに改善し退院となりました。(子宮内容の培養結果はGP.Bacillus 3+、GP.coccus3+でした。)

<子宮留膿腫>
子宮留膿腫は、子宮腔に膿が貯留する稀な疾患です。閉経後の高齢女性に多く、症状は下腹部痛、膿性の膣分泌物、子宮の腫大など、いずれも非特異的であるため見逃されることが多いです。発熱も多いですが、高熱ではないこともあり、尿路感染と誤診されることが多くあります。今回の症例も来院前に「尿路感染症」として抗生剤を使用されており、その影響もあってか受診時には解熱してしまっていたので、診断が遅れる危険がありますね。
診断が遅れは、穿孔→腹膜炎への進行を招き、当然予後の悪化に繋がります。
子宮の悪性・良性腫瘍、放射線膣炎、萎縮性膣炎、先天性の構造異常、子宮内のデバイスは、本疾患のリスクとなります。
腹部エコーで、腫大した子宮・高エコーな内容物を指摘できると、診断に有用で、CT・MRIで確定診断となります。治療は適切なドレナージと、好気性菌・嫌気性菌をカバーした抗生剤投与です。

■(本症例のものではありませんが、参考のエコー像)

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Pearls
★高齢女性の発熱・下腹部痛 →「子宮留膿腫」も頭の片隅に!
★「難治性の尿路感染症?」「ほんとに尿路感染症?」→ 子宮留膿腫あり得るかも!
★高齢者の腹部の訴え→「何が隠れているか分からない!」
スクリーニングにエコーを活用しつつ、CTの閾値は下げてしっかり検査しよう。

参考文献
American Journal of Emergency Medicine (2010) 28, 103–110
Pyometra. What is its clinical significance? J Reprod Med 2001;46:952-6
感染症学雑誌第81巻第3 号