2020.01.17

EMA症例30:7月症例解説

7月症例は「吐血をした」と救急搬送依頼があった81歳女性についてでした。
20名の方から回答をいただきました。参加して下さった皆さんありがとうございました。

みなさんの回答のまとめです。

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吐血を引き起こす原因の特定、吐血であるかの確認、重症度につながる情報が挙げられました。回答者が1人であった回答のなかにも、胸痛・頚部痛・眼前暗黒感・意識消失の有無などが挙げられていました。

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 まず行う処置としては、採血+輸液+αという組み合わせをされた方が多かったです。

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 消化管出血から、大血管疾患、脳卒中まで、どれも吐血を引き起こす可能性がありますね。
上の表のなかに、実際の患者さんの病名も含まれています、さて患者さんの経過を見ていきましょう。

<その後の経過>
 担当医はまず上部消化管出血を疑い、輸液と同時に採血を行いました。患者の衣服に付着していた吐物は茶褐色でした。採血結果では貧血の所見はありませんでしたが、上部消化管出血の否定は必要と考え、経鼻胃管を挿入しました。得られた胃内容物は茶褐色で、少なくとも緊急上部消化管内視鏡が必要な上部消化管出血は不要と考えました。

採血結果を示します
WBC 15.0 (×103/μl), HGB 15.4 (g/dl ), PLT 25.0 (×104/μl) , TP 8.56 (g/dL), CK 40(IU/L ), AST 27 (IU/L), ALT 8 (IU/L), LD 214 (IU/L), CRN 0.71 (mg/dL), BUN 19.4 (mg/dL), GLU 141 (mg/dL), Na 141 (mEq/L), K 3.5 (mEq/L), Cl 99 (mEq/L),CRP <0.20 (mg/dL) 少なくとも1日のうちに数回嘔吐をしていることから、鑑別疾患を嘔吐にも広げ考えました。付き添いの施設看護師から、食事摂取量は変わらないにも関わらず1か月で3㎏の体重減少があることがわかりました。 担当医は、患者が高齢でもあり十分な病歴が聴取できなかったため、悪性腫瘍の存在も考慮し腹部骨盤部単純CTを撮影しました。 上から画像を見ていると・・・

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CT_2

CTの所見は・・・左閉鎖孔ヘルニア嵌頓,食道~嵌入腸管まで拡張
 (円の中がヘルニアの所見です)
改めて診察を行うと…Howship-Romberg症候が陽性でした

*最終診断:絞扼性イレウスを呈した閉鎖孔ヘルニア
 患者さんは同日緊急手術となりました。

<閉鎖孔ヘルニア>
①疫学:平均年齢81.5歳で圧倒的に女性に多く見られる疾患。
  ヘルニア全体の0.0073%と非常にまれ。症状が非特異的なため診断が難しい。
6%の患者さんでは両側に認められる。
②症状:イレウスを呈して診断される場合が多い。神経痛による大腿の痛みや、消化管壊死の結果点状出血を呈することもある。Howship-Romberg徴候が特徴的とされる。
・Howship-Romberg徴候:患側の股関節の進展、内転、内旋により誘発される大腿内側の放散痛やしびれ感のこと。50%程度の症例にのみ認められる
③診断:骨盤造影CT(非常に感度高い)
④治療:手術によりヘルニアを解除する。腸管が壊死していると腸管切除が必要になることも。

消化管壊死などの合併症発生率や死亡率が高いにもかかわらず、症状も非特異的なため疾患の存在をあらかじめ疑ってかからなければ身体所見からはほとんど情報を得られません。
今回は身体所見からは見抜けませんでしたが、CTをくまなく読影していたことで診断にたどり着くことができました。

吐血の原因としては、一般的に上部消化管出血が想起されやすいです。しかし上部消化管出血の原因としても、脳卒中→ストレス潰瘍→出血の可能性もありますし、今回と同じような吐血を主訴に来院した絞扼性イレウスの症例は報告されています。幅広く鑑別診断を持ち診療にあたることが重要だと感じました。

<Clinical pearls>
①主訴だけに着目せず、幅広く原因を考える
②吐血の原因には腸閉塞や脳卒中も考える
③CTは撮影されているところはもれなく確認する

以上です。

<参考文献>
・ERエラーブック 55p監訳 岩田充永 メディカルサイエンスインターナショナル2012年出版
・STAMATIOU, D. et al., 2011. Obturator hernia revisited: surgical anatomy, embryology, diagnosis, and technique of repair. The American Surgeon, 77(9), pp. 1147-1157.
・河野哲夫, 他:閉鎖孔ヘルニアー最近6年間の本邦報告257例の集計,日臨外会誌 63,1847-1852,2002.
・中野克俊, 他:子宮広間膜裂孔ヘルニア嵌頓による絞扼性イレウスの1例,日臨外会誌 69,3285-3289,2008.