2020.01.17

EMA症例28:5月症例解説

みなさま
たくさんの素晴らしい回答ありがとうございました。
今回の症例の診断名は巨大ブラによる偽性(緊張性)気胸の1例です。

偽性緊張性気胸という病気の認識、レントゲンにて指摘ができることを学習目標としていました。
緊張性気胸は緊急性が高いため迷った場合には胸腔チューブを挿入することになると思いますが、今回のケースでは事前に巨大ブラをレントゲンで指摘する医師がいたことによって巨大ブラを破裂させずにその後無事抜管でき独歩にて帰宅されたという経過を辿りました。挿管後の血圧低下については鎮静剤使用による一過性のものと思われ補液にてすぐに血圧改善を認め、胸腔穿刺をしていたら抜管が困難になったかもしれないと自身で恐怖体験をした症例です。
それでは質問を振返って行きましょう。

質問1 来院後の初期対応 3つ選択

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有効回答41名
差し迫った状況を再現するために選択肢に制限をつけました。正解はありませんが現場では血液ガス、点滴、聴診を行いました。

質問2 挿管の薬剤選択

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回答人数50名
挿管の薬剤の選択は難しいですが、実際には酸素予備能がないことから換気困難挿管困難CICV can not intubate, can not ventilateになるとすぐに低酸素に陥ると判断し鎮静剤のみを使用し挿管を行いました。一般的にLEMON、MOANSなどが挿管や換気を評価しRSI使用の判断に用いられる事が多い(詳細は成書をご覧ください)ですが気道管理において病態を考える語呂合わせとしてHOP(Hypotension、Oxygenation、pH-Ventilatory kills)もあります1。

質問3 胸部レントゲン読影所見

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回答人数40名
緊張性気胸と回答された方にも緊張性気胸と一致しない所見があるとご指摘のある回答もありました。今回のHPの写真一枚(画像はhttp://www.emalliance.org/wp/archives/7803を参照されてください)での分析には限界がありますがこのレントゲンの読影所見としては、肺紋理が上下肺野に認めている点、左肺門部が外にせり出しており緊張性気胸の場合のように内側に圧排される傾向が欠如している点、緊張性気胸の場合に健側に比較して患側の肋間がもっと開大するはずである点、という点があげられます。
他に緊張性気胸との鑑別として文献で言われている事としては皮下気腫がないこと、気胸で認められる虚脱した肺が肺門にない、もし胸腔ドレーンを挿入していた場合にはドレーンが肺の末梢に留まることがポイントと言われています2 3。
質問4 読影後の行動

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回答人数40名
実際はCT撮影を行いました。CTオーダーをしている間にも緊張性気胸で認められる身体所見がないか確認を行いました(緊張性気胸の身体所見は後述)。
また、巨大ブラの気胸の場合は診断がCTで困難な事があります。その読影所見のポイントとしては圧排もしくは固まった肺がある、非解剖学的な透過性亢進がある、2重壁サインがある、というものです4。2重壁サインとは胸壁とブラの2重の壁がCTで認められるというものです。これはブラの壁の内外両側に空気のアウトラインが見える事をいい、これを認める場合には気胸の診断となります(下図矢印が2重壁サイン)。

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図はGayle M. Waitches et al; Usefulness of the Double-Wall Sign in Detecting Pneumothorax in Patients with Giant Bullous Emphysema Am J Roent 2000; 174 : 1765-1768より

○偽性気胸の可能性はないか?という考えを持つ
ブラは一般的に慢性閉塞性気道疾患や感染症が背景にあると増大すると言われます。しかし巨大特発性ブラが原発性に原発性嚢胞性疾患や巨大嚢胞性肺気腫としておこることもあります。こういったブラは典型的には肺の上葉に片側1/3を占めるように出現する事が多いです。しかしこれらのブラの中には年間20cmの割合でサイズが増大し片側肺のほとんどをしめることがあるのです10。
他に偽性緊張性気胸として症例報告があるのは気管支嚢胞(小児に多い)、横隔膜破裂/ヘルニアがあります5 6 7。

○緊張性気胸の診断もまた容易ではないことを認識する
偽性緊張性気胸についてまとまったレビューはなくここでは緊張性気胸について学んでみましょう。
緊張性気胸の定義は重症な臨床症状の出現、胸腔穿刺によるシューという音の確認、縦隔偏位(死後のレントゲンにて、±横隔膜低位、臨床的もしくは人工換気中の胸部レントゲン)、血行動態の異常(胸腔穿刺による血行動態の改善、レントゲンにて対側への縦隔偏位、気胸の拡大)、同側の胸腔内圧上昇(大気圧より高い、呼吸サイクルを通して陽圧、呼気陽圧)など文献によって実に様々です8 9。
挿管後の緊張性気胸で認められる徴候としては全例に認めるものは急性発症、中等度〜重症な血圧低下および混合静脈血酸素飽和度の低下、よくみられる徴候(33%程度)として換気圧上昇、同側胸部の過膨張、運動性低下、空気流入の低下があります。またまれなものとして(20%の症例で)頸静脈怒張があります1。また換気中の緊張性気胸の身体所見として皮下気腫(頻度100%)、頻脈(95%)、呼吸音減弱(87%)、高共振(空洞を聴診することによって得られる音声の増強のこと、85%)、収縮期血圧<90(81%)、チアノーゼ(75%)、PaO2低下(70%)、気管偏位(60%)があるとしています10。また、緊張性気胸の診断は様々な症状を呈するので難しく仰臥位の患者の高さまで視線を降ろして胸郭の動きの左右差を確認するのが有用だとしている文献もあります11。
緊張性気胸の胸部レントゲン画像所見としては同側の過膨張(同側の横隔膜低位、肋間隙の増大、胸郭量の増大)と縦隔の圧排(同側の心臓境界の平坦化、反対側への縦隔の偏位)が挙げられます8。

いかがでしたでしょうか?まとめとして
○気胸を疑ったときは偽性気胸を除外する
○緊急性を要する場合でもすぐに飛びつかずにしっかりと理学所見をとる
○待てなそうであれば穿刺をするが、待てそうであれば(かつ典型的でなければ)検査を考えてみる
といったところでしょうか。危険な状況で判断力が必要なときにも一歩引いて冷静に観察することが必要ですね。

※本症例のレントゲン読影については沖縄県立中部病院呼吸器内科喜舎場先生にして頂きました。ありがとうございます。

1 Scott Weingart :EMcrit blog http://networkedblogs.com/z5P88
2 John M. Findlay et al: Radiological presentation of a giant bulla as a tension pneumothorax Emerg Med J 2012; vol43 e211-213
3 Maria Elena Vega, M. D. et al: A Tension Bulla Mimicking Tension Pneumothorax NEJM 2011 365;20
4 Waseem,MD Giant Bulla Mimicking Pneumothorax J Emerg Med 2005 vol29, No2,pp155-58
5 Stephen P Tarpy et al: Unusual presentation of a ;large tension bronchogenic cyst in an adult Thorax 1993;48:951-952
6 Amila C. A. C. Y. Punyadasa et al :’Pseudopneumothorax’-Hold that chest tube! Int J Emerg Med 2008;1:59-60
7 James J Rankine Diagnosis of pneumothorax in critically ill adults Postgrad Med J 2000;76:399-404
8 S Leigh-Smith,T Harris: Tension pneumothorax-time for a re-think? Emerg Med J 2005;22:8-16
9 Graham Simpson : Tension pneumothorax case report is misleading Thorax April 2012 vol67 no.4 p355
10 Steier M et al.: Pneumothorax complicating continuous ventilator support. J Thorac Cardiovasc Surg 1974;67:17-23
11 S Leigh-Smith et al.: Tension pneumothorax: eyes may be more diagnostic than ears