2020.01.17

EMA症例26:3月症例解説

 みなさまから大変多くの回答をいただきました。ありがとうございます。
意見がわかれており、難しい症例であったと思います。それでは回答のまとめからしていきたいと思います。

質問① 
現時点で、今回の意識障害の原因として考えておきたいものを3つ回答してください。
有効回答数37

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 突然の意識障害、左片麻痺、両側の腱反射亢進というキーワードから、頭蓋内疾患に限らず多くの疾患を挙げていただきました。ERで想起したい緊急性の高いものは網羅されていると思います。特に、低血糖、大動脈解離などがさっとでてくるところがすばらしいですね。

質問② 
頭部CTになにか所見がありますか?
有効回答数27

 多くの方が明らかな異常所見は指摘できないと回答されておりました。一方、7名の方からEarly CT signを指摘する回答もありました。Early CT signってなんぞ?というところから解説をします。Early CT signは脳梗塞の超急性期に見られるCT所見で、いくつか種類があります。

・Hyperdense MCA sign
 発症直後より出現。中大脳動脈内に血栓を反映した高吸収構造を認めます。
・レンズ核の輪郭不明瞭化
 発症後1~2時間で出現。レンズ核は穿通枝灌流領域で、虚血に対して脆弱なため早期から輪郭が不明瞭化するようです。
・皮質-白質境界・島皮質の不明瞭化
 発症後2~3時間で出現。皮質の吸収値が低下し,白質との境界が不明瞭になります。島皮質は他部位よりも頭蓋骨のアーチファクトが少ないため観察が容易なようです。
・脳溝の消失・脳実質の低信号化
 発症後3時間以降に出現。浮腫性変化を反映した所見です。

Early CT signはMELT Japan(http://melt.umin.ac.jp/)やASIST Japan(http://asist.umin.jp/)で実際の画像を確認でき、診断トレーニングも可能です。ぜひやってみてください。

 さて、それでは今回の画像から上記の様なものは読み取れるでしょうか?
 実は今回3名の方から脳底動脈のhigh densityをご指摘いただきました。今回の画像から読み取っていただきたかったのはそれです。脳底動脈の血栓を示唆する所見で、脳底動脈のHyperdense signと呼ばれています。改めて提示します。是非とも目に焼き付けておいて下さい。

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質問③ 
この時点で次の一手としてどのような対応をしますか?
有効回答数22

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 頭部MRIを撮りたいという人が多くいらっしゃいました。ちなみに、当院でも頭部MRIを施行しております。大動脈造影CTは、大動脈解離からの脳梗塞を考えての選択だと思いますが、広範な脳梗塞を示唆する身体所見が得られたときには常に考えたいものです。脳神経外科は脳動脈造影について、神経内科はt-PAの相談という意見でした。今回なかなか診断が難しく、何から始めればよいのかと悩まれたと思います。よくわからないときは、早く他科にコンサルトしてみんなで考えるというのも良いのではないかと思います。

質問④ 
診断がつけば診断名を、診断がつかない場合もし追加で行いたい検査があれば記載してください。
有効回答数22

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 それでは、この症例の経過を追いながら診断を述べたいと思います。
 当院では、MRI撮影後に脳神経外科にコンサルトを行いました。ご指摘の通り左椎骨動脈の狭小化を認め、MRI・DWIで右小脳に梗塞が疑われるものの身体所見との解離が激しく、実はERではっきり診断できませんでした。脳神経外科の医師が脳底動脈の途絶を指摘し、脳幹梗塞であれば身体所見と合致しますので、最終的に脳底動脈閉塞の診断でt-PAを開始しました。この時点で3時間20分。(診断がもっと早くできていればと悔やまれます。)t-PA終了後も症状には著変なく、頭部造影CTを撮影しました。そのときの画像が以下です。

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 依然脳底動脈が途絶しており、脳底動脈に血栓の残存が考えられ、MERCI retriever®でカテーテルによる血栓回収を行う方針となりました。血栓回収後、無事血流は確保され片麻痺も改善しました。翌日以降のMRIでは小脳、中脳、橋にFLAIRでHIA(高信号領域)が散在しており、症状としては小脳失調と軽度構音障害を残しましたが元気にリハビリをしております。

<脳底動脈閉塞 Basilar Artery Occlusion>
 脳底動脈は穿通枝により橋の正中・傍正中領域を栄養しており、また前下小脳動脈、上小脳動脈を分枝している血管です。なんらかの原因でこれが閉塞するものを脳底動脈閉塞と呼びます。(診断のところで回答いただいたtop of the basilarは脳底動脈の遠位部分、後大脳動脈に分岐する部分の閉塞を指します。症状はウェーバー症候群などを呈します。)
 脳底動脈閉塞はすべての脳梗塞のうちの1%程度と比較的稀な疾患です。ただし脳幹梗塞を起こすため無治療での死亡率は85-95%程度と言われており、抗血栓療法を行っても死亡率は40%、生存できても自立して生活できるのは20%程度と予後はきわめて不良です。
 原因は動脈硬化(26-36%)、血栓閉塞(30-35%)、脳底動脈解離(6-8%)などが多くみられ、動脈炎、髄膜炎、頭部外傷、凝固異常、偏頭痛、動脈瘤、血管異常なども稀ですが原因となるようです。また、原因不明(22-35%)なものも多く、医原性に発症することもあります。若年者でも認められる事があり、当院でも20代の症例を経験しております。動脈硬化では後方循環系の前駆症状が出る事があるようですが、急性閉塞では前駆症状がなく、突然の意識障害、片麻痺もしくは両側麻痺として発症します。
 鑑別としてはくも膜下出血、てんかん、低血糖やその他代謝疾患、中毒、低酸素脳症、髄膜炎・脳炎、両側大脳半球梗塞、心原性・出血性ショック、ギランバレー症候群、フィッシャー症候群、ビッカースタッフ型脳幹脳炎、ボツリヌス、筋無力症クリーゼ、脳底動脈型偏頭痛などが挙げられます。病歴、身体所見から疑い、心電図、胸部レントゲン、超音波、CT、MRIなどを駆使して、少しでも早く診断する事が重要です。確定診断はMRAもしくはCTAによることになるでしょうから、なるべく早く撮影したい所です。予後改善はどれだけ早く再灌流できたかどうかにかかっています。早期診断命!!
 治療はまず血栓溶解になりますが、経静脈か経動脈かでの治療成績に大きな違いは無いようです。経静脈でのt-PA投与が一般的だと思いますが、予後を考えると発症から時間が経っていても投与が推奨されます。昨年t-PAは発症4.5時間までの保険適応が認められました!もし血栓溶解療法が奏功しなければ、血管内治療に踏み切り、血栓回収や血管拡張による治療をすることになります。疾患そのものがレアであるため、大規模な治療成績に関する報告はまだ無いようですが、再灌流できた例では予後が大幅に改善します。

 今月の症例は稀な疾患ではありますが、緊急度も重症度も高く、早期診断と早期介入により予後が改善できる、ER医として腕の見せ所である疾患だと考えたので取りあげました。今後みなさんの活躍によって、脳底動脈閉塞の治療成績が向上したらうれしいです。

まとめ
# 突然の意識障害の鑑別に脳底動脈閉塞を入れておく
# 脳底動脈閉塞を疑ったら出来る限り早期診断早期治療を目指す
# 頭部CTでの脳底動脈Hyperdense signに注目
# 診断に苦慮する場合は他科の医師も巻き込んで早期診断を

参考資料
1) 超急性期脳梗塞を見逃すな!~知っておきたいearly CT sign~. レジデントノート2010年12月号
2) Posterior circulation cerebrovascular syndrome. UpToDate
3) Basilar artery occlusion. Lancet Neurol 2011;10:1002-14
4) Long-term Outcome After Intravenous Thrombolysis of Basilar Artery Oclusion. JAMA 2004;292:1862-1866