2020.01.17

EMA症例23:12月症例解説

たくさんの素晴らしい回答ありがとうございました。
今回の症例は陰嚢の壊死性筋膜炎、フルニエ壊疽です。
それでは質問の内容を振り返ってみましょう。

○急性陰嚢腫脹の鑑別は?(回答人数33人)
5621deba8a18b839c7a4321764bb05e8

その他の回答としては陰嚢出血、紫斑病、腹水、特発性陰嚢水腫、精管切除後、精液瘤、静脈瘤、象皮症等が
ありました。一般的には救急領域での頻度の高い、見逃してはいけない鑑別としては
フルニエ壊疽、精巣捻転、精巣上体炎、精巣炎、鼠径ヘルニアが挙げられます。
フルニエ壊疽の鑑別として挙ってくるものとしては他に陰嚢膿瘍、陰嚢腫瘍、連鎖球菌性壊死性筋膜炎、
血管閉塞症候群、単純性ヘルペス、淋菌性亀頭炎/浮腫、壊疽性膿皮症、ワーファリンによる皮膚壊死などがあります。※1

○診断は?(回答人数31人)
26人の方にフルニエ壊疽とのお答えを頂きました。他のお答えとしては鼠径ヘルニア、蜂窩織炎などが
ありました。3日間での症状急性進行、元々ADLがフルの方が動けなくなるほどの全身状態悪化を考慮すると
フルニエ壊疽が最も疑われます。

○あなたのトリアージレベルは?どれくらい待てるか?(回答人数32人)
救急室医師、看護師を全て集める 17人(53%)
他の患者を置いておいてこの患者の治療に専念 10人(31%)
指示を看護師にお願いし他の患者の診療を行う 5人(16%)
待っていてもらう 0人(0%)

○次に行動するとすればどれか?(有効回答33人)
5621deba8a18b839c7a4321764bb05e81

重症度が高いため敢えて選択肢の数を制限し治療、検査の優先順位をつけて頂く形としました。
答えはないのですが、実際の症例では、点滴、血液培養/抗生剤、外科コール➡外科がくるまでに
時間があるのでその間にCTを行いました。この症例では画像検査を行う余裕がありましたが、個人的には
重症度がもっと高ければ画像検査は必須ではなく、なるべく早く手術を行った方がよいと思います。
ちなみに今回の症例では以下のように発赤の広がりに一致してCTにて皮下、骨盤腔への感染の広がりが
確認されました。

5621deba8a18b839c7a4321764bb05e82-300x225

○専科にコンサルトしたところ、「今から手術だから血圧も保たれているし抗生剤を投与して入院させて
おいて」と言われた。この時点であなたならどうするか?(回答人数27人)
重要性を伝えるために再度コンサルトする 15人(56%)
他科もしくは他院転送 6人(22%)
ICU入室 2人(7%)
その他 4人

非常に難しいですね。ご意見も様々ですが、緊急手術が必要と判断されます。
回答には「疾患の緊急性を主張し、速やかなデブリを再度依頼する。必要なら専科の上級医にコンタクトを
とる」といったご意見もあり専科の上級医と相談するのもいいかもしれませんね

□フルニエ壊疽は緊急性が高くできるだけ早いコンサルトが必要!
フルニエ壊疽の死亡率は文献によって異なりますが25%といわれており※2、3、経過が劇的で今は
バイタルが保たれていても、1時間後にはショック、CPAとなっていることもあります。
ガス壊疽を伴っている場合には何と2−3cm/時間で握雪感が広がるともいわれます※10。専科の対応が
できなければ手術のできる病院に早急な転院が望ましいでしょう。壊死性筋膜炎の一般的に治療に関しては
血行動態の安定化、広域抗生剤、外科的デブリドマンです。特に内科的な治療のみでは死亡率が
ほぼ100%に達するため必ず壊死組織の素早い、かつ完全なデブリドマンが必要となります※8。
またデブリドマンが1日おくれると死亡率を27%上昇させると言われています※13。

□皮膚所見は必ずしも典型的ではないことがある!
今回の症例は発赤や水泡を伴い非常に典型的な症例でした。壊死性筋膜炎の80%では皮膚病変が
認められます※5。ということは厄介な事に皮膚所見が全く認めない事があるのです。
もちろん発赤だけの場合も蜂窩織炎との鑑別が問題となります。発赤の程度の割に患者本人の痛みが強い
場合、進行が非常に早い場合などは注意が必要でしょう。以下に診断への手助けとなるものを記しますが
大事な事は検査にとらわれるあまり診断が遅れないようにする事です。それをふまえて
まず診断のために病歴で注意すべきは危険因子や病因の有無です。感染の危険因子としては
糖尿病、アルコール多飲、免疫抑制状態、化学療法、慢性的なステロイド使用歴、HIV、白血病、肝疾患、
衰弱状態です。病因としては消化管系(全体の30−50%)泌尿器や産婦人科系(20−40%)、
皮膚損傷(20%)に分けられます。具体的には陰嚢外傷、膀胱留置カテーテル、肛門周囲膿瘍、
感染流産などで、意外なところでは虫垂炎や憩室炎などがあります※1。
診断のツールとして採血検査ではLRINECscore※6、7が知られています。

5621deba8a18b839c7a4321764bb05e83
 
Chin-Ho Wong MD et al;The LRINEC(Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis) score: A tool for distinguishing necrotizing fasiciitis from other soft tissue infections :Crit Care Med 2004 vol.32,No.7 1535-1541

LRINECスコア6点以上(moderate)で 陽性的中率92% 陰性的中率96% ROC曲線では0.976
(95%CI 0.995-0.997)、スコア8点以上(high)で 陽性的中率96% と数値だけ見ると驚異的です。
しかし検査前確率が非常に高めに設定されている、validation cohortがprospectiveなのかどうかの記載が
ないなど、これを鵜呑みにして実臨床で使用するのはどうにも難しいですね。その他には画像検査として
CT、エコー、MRIがあります。CTやMRIでは画像上深筋膜肥大、造影効果、液体貯留、ガスが深筋膜や
浅筋膜周囲に認められます※8。ただしMRIは現時点では議論が分かれる所です※9。エコーでは皮下に
ガスが確認されれば診断できるでしょう※10。余談ですが四肢の壊死性筋膜炎のエコーでは深筋層に
4mm以上の液体貯留があれば(mid-resident levelのエコーで)感度88.2%、特異度93.3%、陽性的中率
83.3%、陰性的中率95.4%とされています※11。またexpert opinion levelのエビデンスですが
”finger test”が知られています※12。これは壊死性筋膜炎が疑われる部位へ局所麻酔を行い、
2cmほどの幅で深筋膜までの切開を行います。そこで出血を認めないのがまず壊死性筋膜炎の恐れがあり、
多くの場合「濁った汚水のような液体」が認められます。そして深筋膜のレベルで、指で優しく調べます。
そこで組織が容易に破れるようであればfinger test陽性となり、壊死性筋膜炎と診断されます。
さて長々といろいろな検査を書きましたが、それだけ診断が困難なことが多いということですね。
迅速な外科コンサルト心がけましょう。

フルニエ壊疽まとめ
□非常に緊急性が高く手術が必要、できるだけ早く外科コンサルト
□皮膚所見を伴わない事がある、疑わなければ診断できない
□画像、検査での診断は困難なことがあり外科診察が必要

以上が今回の症例となります。いかがでしたでしょうか。
皆様たくさんの回答およびご意見ありがとうござました。

※1Fournier’s gangrene and its emergency management
A Thwaini et al;Postgrd Med J.2006 August;82(970):516-519
※2Emergency diagnosis of Fouriner’s gangrene with bedside ultrasound
Daniel Morrison MD et al Am J Emerg Med(2005)23,544-547
※3Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Skin and Sotf-Tissue Infections
Dennis L. Stevens et al; Cinical Infectious Diseases 2005: 41 (15 November)1373-406
※4Predicotrs of mortality in patients with necrotizing fasciitis
Cheng-Ting Hsiao MD et al; Am J Emerg Med (2008)26,170-175
※5Dermatologic Emergencies
Richard P. Usatine, MD and Natasha Sandy, MD; AAFP vol82,No7 October 1,2010 773-780
※6The LRINEC(Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis) score: A tool for distinguishing necrotizing fasiciitis from other soft tissue infections
Chin-Ho Wong MD et al; Crit Care Med 2004 vol.32,No.7 1535-1541
※7The laboratory risk indicator for necrotizing fasciitis(LRINEC)score: useful tool or paralysis by analysis?
Barie PS; Crit Care Med 2004 Jul; 32(7):1618-9
※8Necrotizing Soft-Tissue Infecition: Diagnosis and Management
Daniel A. Anaya and E. Patchen Dellinger; Clinical Infectious Diseases 2007;44:705-710
※9The diagnosis of necrotizing fasciitis
Chin-Ho Wong and Yi-Shi Wang; Curr Opin Infect Dis (2005) 18; 101-106
※10Fournier gangrene: rapid diagnosis with bedside ultrasonography
Jason D. Heiner,MD eta al; CJEM2010;12(6):528-9
※11 Ultrasonographic Screening of Cinically-suspected Necotizing Fasciitis
Zui-Shen Yen,MD,MPH et al; Acad Emerg Med December 2002,Vol. 9, No.12 1448-1451
※12 Massive Infectious Soft-Tssue Injur Diagnosis and Management of Necrotizing Fasciitis and Purpura Fulminans
Troy J. Andreasen,M.D. et al; Plast. Reconstr. Surg. : April 1, 2001 107 1025-34
※13 Aggressive surgical control management of necrotizing fasciitis serves to decrease mortality
Bilton BD et al; Am Surg 1998 ; 64 :397-400;discussion400-1