2020.01.17

EMA症例2:2月症例解説

皆さま、今回もたくさんの素晴らしいコメントありがとうございます。

ずばり診断は、皆さんからも多数の票を獲得した(笑)「急性大動脈解離(StanfordA型)」です。

よくよく患者さんから話を聞くと、

「毎日夜にプールへ通っている。今日は25m泳いでターンをした直後、突然背中が痛くなり、泳げなくなった。なんとかプールサイドへ這いあがり休んでいたところを、他の遊泳者が救急要請。」と。足背動脈を触知すると右が弱く、血圧は左98/52mmHg 右90/48mmHg. 右下肢の感覚低下も訴えていましたが、3分後には皮膚色、感覚とも左右差は消失しました。

『突発の背部痛』という病歴が得られ、また『片側の下肢の血流不全(短時間で改善)』から、もちろん大動脈解離を疑って造影CTを施行したところ、StanfordA型の急性大動脈解離を認めました。

緊急性の高い致死的疾患である急性大動脈解離。この患者さんのような典型的な病歴がなくて見逃しそうになった、という経験があるのではないでしょうか。とはいえ、全員に造影CTを撮るわけにはいかないので、今回の解説では、ポイントを絞った病歴・所見をまとめてみたいと思います。

① リスクは大事! 

最も多いのは高血圧。今回の症例もそうですね。

他に二尖大動脈弁、Marfan症候群、Ehlers-Danlos症候群、Turner症候群、巨細胞性血管炎、妊娠、コカイン中毒、大動脈内のカテーテル、大動脈弁置換などの心臓手術。こんな既往があれば若年者でもぜひ検査の閾値は下げましょう。

②症状は本当に色々!

・激しい痛み :感度90% 

・突発 :感度84% negatineLRは0.3   →「突発じゃないから」と否定はできないが確率は下がる

・部位も色々:前胸部、背部、腹部

・裂けるような痛み・移動する痛み、は特異度高いが感度は低い  →あればすごく疑う、なくても全く否定はできず

・大動脈の分枝が閉塞して血流が途絶すると、血行支配に一致して様々な症状

  内頸動脈 →失神、片麻痺

  腕頭動脈、左鎖骨下動脈、大動脈の遠位 →四肢の脈拍欠損

  腎動脈 →無尿

  前脊髄動脈 →対麻痺、四肢麻痺

  冠動脈(特にRCA) →心筋梗塞

今回の「右下肢が蒼白」は大動脈遠位の血流が途絶えたことによる症状ですね。「CPAの一報」は、倒れていたので目撃者がそう通報してしまった、というオチでしたが、皆さんからご指摘いただいたように「急激に血圧が下がって触診できなかった」「冠動脈をかんで徐脈+低血圧」も十分に考えられますよね。

他にも、拍動性の胸鎖関節の痛み、嗄声、嚥下障害、上大静脈症候群、Horner症候群、球麻痺、急性動脈閉塞、深部静脈血栓、両側の睾丸痛・・・などの症状がありえます。

③「典型的な身体所見」は少ないが、あれば診断に役立つ!

・脈の欠如:頚動脈、橈骨動脈、大腿動脈のうち1つに、反対側と比較して欠如があれば解離の可能性上がる。

今回は右足背動脈が触知しなかった。橈骨だけでなく、内頚、大腿動脈の触知も忘れず。

・血圧左右差(20mmHg異常の差は有意)も同様に有用。

・神経局在所見はあれば解離の可能性上がる。

・血圧の絶対値は役立たない:高い場合が半数、正常or低い場合が半数

「大動脈痛」+「脈or血圧の左右差」で:positiveLR 10.5   さらに+「胸部Xpの縦隔拡大」で:positizeLR 66 と、組み合わせることで診断に役立つ(ただし3つとも存在するのは27%に過ぎず)。3つともない場合、negativeLR:0.07と否定できそう!ところが3つともない人の4%が結局は解離であった・・・

ポイントとしては

★本当に多彩な症状でやってくる大動脈解離。疑うことが始まりなので、疑える情報はたくさん持っておこう。

☆ ちなみに、大動脈解離と診断された患者のうち、来院時に「痛みの質」「放散痛」「発症時の強度」の3つを聴取できていたのは42%に過ぎず。3つとも聴取できていると正しく診断できる確率が有意に高いという報告(retrospectiveな研究だが)もあり、病歴や所見をしっかり取ることで確信を持てるようになりたいです。

★ その上で、疑ったなら致死的疾患に対しては検査・コンサルトの閾値をぐっと下げることも大事ですね。

というわけで、今回も大変勉強になるコメントをいただき嬉しい限りです。今後ともどうぞよろしくお願いします。

Review Article: Does This Patient Have an Acute Aortic Dissection? JAMA2002: 287; 2262-2272