2020.01.17

EMA症例19:8月症例解説

今回もたくさんの方に回答していただき、ありがとうございました!

まず、質問の回答をまとめていきたいと思います。

1. 追加で聴取したい病歴または診察したい身体所見は?

情報は多い方がよいので、出来るのであれば選択肢に挙げたものはすべて聴取、診察したいですよね。その中でも回答が多かったのは抜歯歴、口腔内の診察でした。あとで述べますが、感染性心内膜炎や縦隔炎を鑑別に入れて選択されている方が多かったです。

2. 次に考慮することはどれか?

みなさんの回答は以下の通りです。

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みなさん御指摘の通り、今回の症例は頻呼吸・頻脈を認め、B・Cに異常がありそうですね。今後急変する可能性も視野に入れ、末梢静脈路確保をしておきたいところです。酸素投与も考慮してよいと思いますが、Cの方が切迫している印象なので末梢静脈路確保を優先した方が良いでしょう。診断がつく前の解熱鎮痛薬投与はお勧めできません。

3. 真っ先に行う検査は?

みなさんの回答は以下の通りです。

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これもみなさんご指摘されていましたが、今回の症例は全身性炎症症候群(SIRS)の基準を満たしていますね。感染が原因でSIRSが生じていれば敗血症となります。敗血症を疑った場合は1時間以内に各種培養を採取し、抗生剤投与をすることがSurviving sepsis campaignでも推奨されています。しかし、感染性動脈瘤や大動脈解離などの致死的疾患を鑑別に挙げた方は胸腹部単純・造影CTを選択されていました。すぐにCTを施行できる環境であれば、どちらが先でも構わないと思います。

他に行う検査はみなさんが挙げてくださった鑑別診断毎にまとめてみました。

鑑別診断                          診察・検査

感染性心内膜炎               結膜・四肢の診察、心臓の聴診、心臓超音波検査

椎体炎

感染性大動脈瘤・大動脈解離         心電図・心臓超音波検査・胸腹部造影CT
心筋梗塞・肺塞栓

肺炎・縦隔炎・胸膜炎・膿胸                 胸部造影CT

脾膿瘍・腸腰筋膿瘍・尿路感染症・前立腺炎  直腸診・尿検査・腹部超音波・腹部造影CT

化膿性関節炎                         関節穿刺

偽痛風・膠原病・悪性腫瘍
リウマチ性多発筋痛症・心外膜炎(強皮症の合併症)

椎体炎は多く挙げられていましたが、検査に椎体MRIを挙げられた方は少なかったです。やはり救急外来で初診時に施行する方は少ないのでしょうか。採血検査・各種培養検査・胸部単純Xpはどの鑑別を挙げていても選択されていたのは言うまでもありません。

<症例の経過>
この症例は採血にて白血球は正常範囲内でしたがCRP 14.7 mg/dlと高値を示し、膿尿(沈渣で白血球多数/HPF、のちに培養で>107個)も認め、胸腹部CTでは右腎結石を認める以外に明らかな異常所見はなく、右肋骨脊柱角叩打痛があったことから、尿路感染症と判断し入院としました。みなさん御指摘の抜歯歴はなく、口腔内も清潔に保たれていました。心雑音は聴取せず、救急外来で施行した経胸壁超音波検査では明らかな異常所見は認めませんでした。各種培養採取しましたが、尿の塗抹検査でGPCが検出され、単純性尿路感染症でない可能性があることと糖尿病患者であることから、広域な抗生剤(ABPC/SBT)の投与を開始しました。しかし、第3病日になっても発熱とCRP高値が続き血液・尿培養からMSSAが検出されました。他の感染源や膠原病の増悪を検索中に下肢の痺れ、筋力・感覚低下が出現したため、脊椎MRIを施行したところC5/6に椎体の信号変化と硬膜外膿瘍を認めました。化膿性椎体椎間板炎の診断で、整形外科にて緊急ドレナージ術となりました。その後経過良好で、最終的にリハビリ病院へ転院となりました。初診時にみられた左示指や肩の関節症状は膠原病内科より全身炎症に伴う反応ではないかとの見解でした。

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<MSSA菌血症について>
言うまでもありませんが、尿路感染症の75〜95%はE.coliが原因です。尿道カテーテルを留置していない患者に発熱を伴うMSSA細菌尿が見られた場合はMSSA菌血症を考慮しなければなりません。ただ、すべてがMSSA菌血症ではなく、純粋に単純性尿路感染症であることもあります。市中感染でMSSA菌血症を発症した場合は90%以上が何らかの合併症を持っています。Risk factorは何らかの人工物を体内に挿入している人や寝たきりの人です。14時間以内の血液培養陽性例、72時間以上続く発熱、全身感染症に伴う皮膚症状の存在がみられる場合はMSSA菌血症を示唆します。MSSA菌血症を呈した時に鑑別しなければならないのは感染性心内膜炎や化膿性脊椎炎、硬膜外膿瘍です。逆に、MSSA菌血症からこれらの疾患が生じる事もあります。その他MSSA菌血症によって生じる疾患としてはWaterhouse-Friderichsen症候群やHenoch-Schonlein紫斑病、関節炎、脾膿瘍、血栓性静脈炎、肺炎、軟部組織感染症、細菌尿があります。

<化膿性脊椎炎について>
化膿性脊椎炎は50代を中心に発症する疾患で、男性の有病率は女性の2倍です。Risk factorは糖尿病、低栄養、薬物乱用者、HIV患者、悪性腫瘍、長期間のステロイド使用、慢性腎不全、肝硬変、敗血症患者です。動脈性血行感染が主流で、皮膚・呼吸器・生殖泌尿器系・消化器系など様々なところから菌が流入してきます。血行支配の関係から2つの椎体と間の椎間板が感染するのが典型的です。以前は結核性椎体炎が最も多かったのですが、近年はMSSAや溶レン菌が全体の50%以上を占めています。また、1/3は感染源が不明です。椎体炎が最も多く見られるのは腰椎(45-50%)で、次いで胸椎(35%)、頸椎(3-20%)、仙骨となっています。診断に時間を要することが多い疾患ですが、初期症状としては90%以上で背部痛もしくは頚部痛を伴います。発熱を伴うものは20%以下です。脊髄や馬尾が圧迫されると下肢の筋力・感覚低下、膀胱直腸障害を認めます。血液検査ではCRPや血沈の上昇を認めますが、白血球数は軽度上昇する程度です。画像検査はMRIがgold standardで、感染に伴う浮腫の影響でT1で低信号域、T2で高信号域が確認できます。単純Xpでは椎体終板の輪郭の不鮮明さや椎間腔の狭小化が初期の変化ですが、これが確認できるのに発症後2〜8週間かかります。発症後8〜12週で椎体の破壊が確認できます。治療は抗生剤投与ですがその投与期間は明らかでなく、4〜8週間と様々ですが、4週間以内だと再発率が高いという報告があります。脊髄圧迫症状が出現した場合は手術適応となります。

<本症例のClinical Pearl>
・MSSAによる尿路感染症では他のfocusを検索しましょう
・化膿性椎体炎が否定できなければ、早期に脊椎MRIを施行しましょう

以上、8月症例の解説でした。みなさんでしたらすぐに診断できましたでしょうか?救急外来で確定診断をつけることは困難ですが、たかが尿路感染症でもみなさんが鑑別に挙げてくださったような疾患を考慮し、経過が思わしくない場合はすぐに方向転換しなければなりませんね。当たり前の事ですが、この事を再認識させてくれた症例でした。

<参考文献>
Uncomplicated Urinary Tract Infection: N Engl J Med 2012;366:1028-37
Pyogenic spondylitis : International Orthopaedics(SICOT) (2012) 36:397-404
UpToDate: Complications of Staphylococcus aureus bacteremia
UpToDate: Epidemiology of Staphylococcus aureus bacteremia in adults