EMA症例172:11月解説
2025年11月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。回答をいただいた方は 112名いらっしゃいました。
質問1:どんな身体診察を行いますか?
一番多かったのは神経所見でしたが、 瞳孔所見を含めた脳神経の評価や羽ばたき振戦・反射や筋痙攣などの具体的な項目もあがっていました。
質問2:どんな検査を追加しますか?(複数選択可能)
多かったのは頭部CT・MRIでした。採血では具体的にけいれん発作を疑ってアンモニアを提出したいという方もいました。また、大動脈解離などを鑑別に胸腹部造影CTを撮影したいと意見もありました。
質問3:鑑別診断は?
質問4:追加で問診・診察をしますか?
みなさま、記憶・記銘力についての評価について行う方が多くいらっしゃいました。
その他てんかんの既往や過去に痙攣発作をおこしていたり、家族歴があったりするか?などClosedな問診も多くよせられていました。
また精神的なストレスがあったか?など誘引となる要素にも着目された方も多くいらっしゃいました。
質問5:あなたの属性は?
解説:
本症例は「一過性全健忘(TGA: transient global amnesia)」の症例でした。TGAを知っている先生であれば、Snap diagnosisのように一発診断ができます。ただ、正しい臨床経過を把握していないと思いがけない疾患を鑑別しそびれてしまう(Early closure)こともあります。今回は改めてTGAについて一緒に勉強していきましょう。
TGAは「突然発症し数時間持続する前行性健忘」が特徴とされています。(1)
まずは用語の整理になりますが、前行性健忘は発症から後の記憶がなくなることを示し、逆行性健忘は発症よりも以前の記憶がなくなることを示します。

50~70歳に多く発症し、報告によって異なりますが女性のほうが多いとされています。(1)(2)
原因とされているものは諸説あるようですが、片頭痛やてんかんと関連、低酸素・虚血、静脈血流の異常などが考えられています。(3) バルサルバ手技(息こらえ)でも誘発されることもしられており、静脈圧の上昇に伴い海馬の特定の領域(CA1)のうっ血を引き起こしその結果虚血がおこるという機序も提唱されています。(1)
発作の誘因は、上述のバルサルバ手技に加えて情動ストレスや激しい身体活動、疼痛、冷水や熱湯と接触するなどが知られています。(2)
典型的な臨床経過は発症急性期には「全健忘」と名前がついているように発症を起点として「逆行性健忘」と「前行性健忘」の両方がみられます。(4) 前向性健忘のために新しいことが覚えられず、同じような質問「なぜここにいるんだ」などを繰り返し、本人や家族が焦ってしまうことが多いです。逆行性健忘もあるため発症より前のことの一部も忘れてしまうことが多いようですが、手術や演奏をしている最中に発症したものの手術や演奏を無事に終えたという報告もあり、意味記憶(semantic memory)は保たれるようです。その後に徐々に逆行性健忘が回復していきます。遅れて前行性健忘が改善し24時間以内におさまることが多く、徐々に記銘力ももどってきます。しかし前行性健忘で失われた記憶(lacnar amnesia)は戻らないようです。(4)
その他の症状としては軽度の頭痛や嘔気、めまいなども伴うことがあります。(3)
診断にはCaplanとHodgesによる基準が用いられます。(3)(5)
下記のすべての項目があてはまることで診断されます。
(i) 症状発症(発作)の目撃があり、明確な前行性健忘を認める
(ii) 意識障害や人格喪失を伴わない
(iii) 認知機能の障害は健忘に限られている
(iv)局所の神経学的所見や痙攣を疑う所見がないこと
(v) 最近の頭部外傷やけいれん(seizure)がない
(vi) 症状が24時間以内に消失
鑑別疾患としては後方循環の脳梗塞や発作(Seizure)、(目撃のない)頭部外傷、低血糖、違法薬物などの中毒、Wernicke-Korsakoff症候群、解離性障害、脳炎・脳症などがあげられます。(1)(2)(6)海馬領域に限局した脳梗塞もあり、他の神経的所見や記銘力障害が継続する場合には念頭にすべき疾患です。TGAの経過に当てはまらない(前行性健忘が継続しているなど)の場合には他疾患を鑑別にいれる必要があります。
私自身や周りの同僚が行っていることとして、自分自身の自己紹介をして後で「再度名前を覚えておいてください。」とおつたえして1-2時間後に再度訪れて名前が言えるかどうかを確認して前行性健忘が改善しているか評価しています。
TGAと似た疾患として一過性てんかん性健忘(TEA:transient epileptic amnesia)という疾患もあります。初療時には鑑別は非常に難しいですが、持続時間が短い(15~30分)、数週間をあけて繰り返す、嗅覚幻覚(olfactory hallucinations)を伴うなどの特徴があるとされています。(1)(7)
検査としては基本的には典型的なTGAの経過であれば不要ですが、上記にあげられた鑑別疾患を念頭に神経学的所見をともなう場合には脳梗塞を念頭にMRI撮影したり、採血(血糖や電解質異常など)や脳炎・脳症を疑う場合にはMRIや腰椎穿刺が必要になります。一方でTGA自体にMRIで海馬CA1領域に限局して拡散強調像で高信号になるとも言われています。ただし、発症早期には出現せず遅れて(24~72時間後)所見がでてくるために診断の補助として用いるのがいいかと思います。(1)(3)
多くは自然軽快するといわれていますが、6~10%程度再発するといわれています。(2)(3)
一方でTEAの場合には93%軽快したとも言われており、上記のような特徴がある場合にはTEAを念頭に神経内科にコンサルトするのが望ましいです。(7)TGAが考えられる場合にも健忘が続いている場合には入院で経過観察することや、帰宅する場合であっても施設内で神経内科医とあらかじめコンセンサスがあるといいかもしれません。
TGAの正しい臨床経過を知ることで、一発診断に繋がると同時に、経過に違和感を感じれば他疾患を鑑別に挙げることもできます。ぜひ今後の臨床にご活用いただければと思います。
Take home message:
1 一過性全健忘(TGA)について知る
2 TGAの臨床経過を知る
3 TGAとの鑑別疾患をあげられる
引用文献
1) Ropper AH. Transient Global Amnesia. N Engl J Med. 2023;388(7):635-640. doi:10.1056/NEJMra2213867
2) Quinette P, Guillery-Girard B, Dayan J, et al. What does transient global amnesia really mean? Review of the literature and thorough study of 142 cases. Brain. 2006;129(Pt 7):1640-1658. doi:10.1093/brain/awl105
3) Bartsch T, Deuschl G. Transient global amnesia: functional anatomy and clinical implications. Lancet Neurol. 2010;9(2):205-214. doi:10.1016/S1474-4422(09)70344-8
4) Guillery-Girard B, Desgranges B, Urban C, Piolino P, de la Sayette V, Eustache F. The dynamic time course of memory recovery in transient global amnesia. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2004;75(11):1532-1540. doi:10.1136/jnnp.2003.024968
5) Hodges JR, Warlow CP. Syndromes of transient amnesia: towards a classification. A study of 153 cases. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1990;53(10):834-843. doi:10.1136/jnnp.53.10.834
6) Alessandro L, Ricciardi M, Chaves H, Allegri RF. Acute amnestic syndromes. J Neurol Sci. 2020;413:116781. doi:10.1016/j.jns.2020.116781
7) Baker J, Savage S, Milton F, et al. The syndrome of transient epileptic amnesia: a combined series of 115 cases and literature review. Brain Commun. 2021;3(2):fcab038. Published 2021 Mar 13. doi:10.1093/braincomms/fcab038