EMA症例168:6月解説
2025 年6 月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。6月25 日時点で質問に回答をいただいた方は 160 名いらっしゃいました。皆様の回答の集計結果を紹介します。最初に参加いただいた方の属性をお示しいたします。
質問5:あなたの属性は?
今回も様々な領域から多数参加いただきました。日々多くの方が似たような症例と対峙され、試行錯誤されていることの表れかと思います。さて、参加いただいた皆様はすでにお気づきと思いますが、今回のテーマは「昇圧薬のボーラス投与(Push dose vasopressor)」でした。今回の症例がそうであったように、救急集中治療領域で気管挿管時の低血圧はよくある事象で20-46%に生じるとされています(1–7)。したがって治療のために挿管をするにも関わらず挿管前後で状態が悪化し得ることを臨床医はよく認識しておく必要があります。「Resuscitate before you intubate」という格言は蘇生に関わる医療者であれば納得しかないのではないでしょうか。低血圧は死亡率上昇や機能予後悪化との関連が示されており、当たり前ですが低血圧は許容できないと認識しなければなりません(8–11)。
ほぼ全ての方が細胞外液による輸液蘇生と回答されました。Surviving sepsis campaignや日本の敗血症ガイドラインがよく浸透しているということですね。一方で、ノルアドレナリン持続投与と回答された方も半数を超えています。近年は過剰輸液の有害性が知られてきたこともあり早期ノルアドレナリンの利点が注目されているところでもあります。輸液の必要量決定は今なお答えが出ない領域であり、個々の症例で悩みながら対応がされているのではないでしょうか。
本症例では十分と思われる外液投与がされ、各種型どおりの昇圧がされたにも関わらずバイタルが立ち上がっていません。全身状態を安定化するためには挿管が必要という意見が多くを占めました。一方で、呼吸に少し余力があることから血圧の立ち上げを強化するためにノルアドレナリン持続の強化や、アドレナリン持続の追加を検討される方も多くありました。主題とずれますので詳細は割愛しますが、敗血症に対するECMOは禁忌ではなくなってきており、敗血症性心筋症(sepsis‐induced cardiomyopathy)等の可逆的病態が想定されれば導入される事例が散見されています。
質問3:対応として行うものを1つ選んでください。
質問4:質問3で選んだ選択肢の投与量を具体的に記載してください。(バソプレシン以外のbolus投与はμg、バソプレシンは単位、アドレナリン筋注はmgで表記ください。)
Bolus投与のdoseに関する集計結果
中央値 | IQR1 | - | IQR3 | |
ノルアドレナリン(μg) | 50 | 10 | - | 100 |
アドレナリン(μg) | 30 | 7.75 | - |
100 |
バソプレシン(単位) | 1 | 0.515 | - | 1.5 |
フェニレフリン(μg) | 100 | 100 | - | 200 |
ノルアドレナリンbolusを選択された方が全体としては多かったですが、アドレナリン筋注も次点でよく選択されました。薬剤投与後の血圧低下でアナフィラキシーもカバーしておきたいという感覚も実に実臨床的に感じます。
ノルアドレナリンの投与量は大きなばらつきがありますが、中央値は50μgでした。1時間量をフラッシュするという回答もあり、投与量一つとっても大きな多様性があることが分かります。
さて、低血圧における昇圧薬bolus投与は麻酔科領域で一般的に行われてきました。そのため一定のエビデンスは存在しますが、そのほとんどは帝王切開における脊髄くも膜下麻酔後の低血圧が対象の患者であることに注意が必要です(12–15)。近年、救急集中治療領域でも使用されるようになってきていますが(1)、メリットがリスクを上回るかどうかはまだ専門家の間でも見解が一致していません(16)。
古典的に使用されてきたのはフェニレフリンとアドレナリンです。本当はエフェドリンもありますが、救急集中領域で使用されるケースは少ないため割愛します。
■フェニレフリン
純粋なα受容体作動薬でβ刺激作用を持ちません。文献的な投与量は極めて多彩で10-500μg/doseの範囲で報告があります(17,18)。有害事象としては高血圧はもちろんのこと、反射性徐脈や心室頻拍、高血圧性クリーゼ、不整脈、虚血、心拍出量低下、アレルギーが報告されているようです(17)。添付文書には脳出血や肺水腫も記載がされていますね。反射性徐脈は2.6-32%、心室頻拍2.7%と報告があり徐脈はCommonと受け止めるのがよさそうです(12,17–20)。
■アドレナリン
救急領域としてはROSC後の低血圧で報告されたのが始まりで、10μg/doseで1-2分おきに繰り返し投与がされました。ただし10回前後の投与がされておりあくまで症例報告です(21)。米国救急医へのアンケート調査では平均10-20μg(5-100μgでばらつきあり)で平均3分毎に投与がされているという結果になりました(22)。
小児領域ではPICUでの報告が主で、こちらもアンケート調査にはなりますが0.1-10μg/kg/doseで回答されたdoseに極めて大きなばらつきがあることが分かります。ただし1μg/kg/doseが68%で最多であったため、小児の切迫心停止ではこのdoseを利用するのが無難かもしれません(23)。
■ノルアドレナリン
現時点では妊産婦の脊髄くも膜下麻酔のデータしかありません。報告されている投与量もばらつきがありED90(定義された血圧上昇が症例の90%で得られるのに必要となる量)は5.8-18μgとされます(24,25)。救急集中治療領域の患者とは生理的な状態が大きく異なるため、もう少し多い量が必要となる可能性はあります。現時点では4-16μg/doseは安全であろうと記載する文献があるにとどまっています(26)。ただし、患者のバックグラウンドが救急領域と大きく異なることに注意が必要です。現状は少量のbolus投与を行い、個々の症例の様子をみながらTitrationしていくことになりそうです。
■バソプレシン
本当はPush dose vasopressorと少し意味合いがずれる可能性もあるのですが、今回のような症例では選択肢に挙がるため取り上げます。もともとバソプレシンのbolus投与は心臓血管外科の手術麻酔で生じるvasoplegic syndromeに対してエビデンスが蓄積されました(27)。2020年に敗血症性ショックに対して1単位のbolus投与が報告され、本邦からも研究が発表されています(28,29)。まだ結論は出ていない領域ではありますが、カテコラミンとは異なる経路であることは一つの利点であり、一部の患者ではその後のカテコラミン需要を抑えられる可能性が示唆されています。
■有害事象・その他
手術室の外でのPush dose vasopressorについてのメタアナリシスがあり、軽い高血圧などの有害事象は14.4%、重篤な有害事象は1.36%、関連が疑われた心停止は1件のみとされています(ただし、ノルアドレナリンは統合できるデータがなかったのか含まれていません)。Bolus投与が行われた症例の69.5%で昇圧薬の持続点滴が開始されていますが、持続が開始されるまでに約12分かかっていることも報告されています(30)。これは持続を準備するのに時間がかかること、Push dose vasopressorは持続開始までの橋渡しとしての役割が大きいことを示しているのかもしれません。フェニレフリン群の方がアドレナリン群よりも退院生存率が高い(RR:3.07)と結論されていますが、より重篤な患者でアドレナリンが使用されている可能性もあり、解釈には注意が必要です。
ERはエラーの生じやすい環境であること、昇圧薬は使用プロセスが多段階にわたって問題が生じやすいと知られていることをよく認識し、投薬エラーが生じないよう十分に注意しなければなりません(1,31)。
その後の症例の経過:
鎮静薬による分布異常が原因となった血圧低下を第一鑑別としました。薬剤投与直後であり無呼吸時間はほとんどなかったため、無呼吸からアシデミア悪化を生じ血圧低下をきたした可能性は低いと考えましたが、呼吸回数20回で少し過換気気味に管理を行いました。挿管前よりIVCが張ってきていたことから、前負荷への介入のみでは低血圧の解消は難しいと考え血管抵抗低下の要素に対してノルアドレナリン20μgのボーラス投与を行いました。投与2分でBP80/60、HR130まで改善し、ノルアドレナリン持続を0.35γまで増量したところ、30分後にはBP90/55、HR110、SpO2 98%(FiO2 0.4)となりました。その後全身管理目的にICUへ入室となっています。
■まとめ
救急外来において低血圧はCommonな症候です。低血圧が悪であることは自明ですが、どう立ち上げていくのが正解かについて画一的な解答はありません。焦らず、着実に対応する必要があります。しかし、緊急で安定化が必要なシチュエーションもあります。緊急時に調べている余裕はありません。投薬エラーに注意しながらではありますが、Push dose vasopressorという選択肢が、いつか役立つときがあるかもしれません。残念ながら組成に関する国際的な統一規格が存在しないため、各施設であらかじめ取り決めておくことが大切です(教育班内でもノルアドレナリン1㎎+生食99mlから1㎎/生食19mlまで様々でした)。この解説が皆様のお役に立てば幸いです。
Take home message:
1 Resuscitate before you intubate!いかなる時もABCの安定化が第一
2 昇圧薬の適切なbolus量を知る
3 緊急時ほど投薬エラーに注意が必要
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