EMA症例167:5月解説
2025年5月の症例にご参加いただきありがとうございました。
135名の方に回答をいただきました!
最初にみなさまからいただいた回答を共有します。
(質問1)この患者さんの受診について、あなたはどのように対応しますか
(質問2)この後、どの様な身体所見・検査・あるいは処置などをしますか?自由記載で3つまでお答えください。
(質問3)この後のdispositionはどうしますか?
(質問4)あなたの属性は?
今回は【急性陰嚢症(痛)】を取り上げました。
まずは今月のtake home messageを共有します。
1. 急性陰嚢症をきたす鑑別疾患を知ろう
2. 急性陰嚢症に対する身体所見、エコー所見を知ろう
3. 精巣捻転を疑った際にはgolden timeを意識した診療を心がけよう
当直も終わりかけで心身ともに疲れ切っているタイミングで受診したwalk-inの患者さん。
「もうすぐ外来の受付も始まる時間だ…少し待合で待っていただき、日中の外来受診をお願いしようかな…」と心の声がどこからか聞こえてきそうです。
しかし、どんな時でもtime sensitiveな疾患を見逃さないようにしたいですね。
本例は14歳男性の急性陰嚢症の患者さんでした。
問診票のわずかな情報からどんな鑑別を思い浮かべるでしょうか?
急性陰嚢症は、「数分以内の急激な発症をするものから数日かけて進行するものまであるが、陰嚢内の内容物に新たに出現した痛み・腫脹・圧痛が一体となった症候群」のことをいいます1。
急性陰嚢症をきたす鑑別疾患には以下のものが挙げられます。頻度は施設により様々ですが、ある小児専門病院での報告頻度を表1に示します2。
表1:急性陰嚢症の鑑別疾患
本邦の小児病院からの報告でも精巣捻転は約15%程度と報告されています3。
これらの鑑別疾患を想起した時に、精巣捻転・鼠径ヘルニア嵌頓・フルニエ壊疽といった、治療を急ぐ疾患をまず除外することが重要です。
精巣捻転は発症から6時間以内の整位が得られれば精巣の救済率は90%と言われていますが、12時間で約50%、そして24時間経過すると10%以下となります4,5,6。
これらの時間は”発症から”の時間なので、病院を受診するまでの時間、ERで受付をして診療・診断するまでの時間、専門医へアクセスし診察してもらう時間、手術室を準備して…という時間経過を想像すると、救急外来における診療の持ち時間はあまり無いことがイメージ出来るかと思います。
当直のゴール目前ですが、最後の力を振り絞ってすぐに診療を開始し、緊急度の高い鑑別疾患を除外したいところです。
さて、これらの疾患をどの様に鑑別するでしょうか?
病歴、身体所見、画像検査などから迫っていきたいと思います。
まず病歴の特徴を表2に示します。
表2:急性陰嚢症の鑑別と病歴の特徴4,5,7
ただし、急性陰嚢症関連の痛みは、必ずしも表2のような典型的な病歴とはなりません。それは急性陰嚢症の痛みはいくつかの神経経路を経て症状を呈するからです。
精巣・精巣上体からの痛みは、求心路として精巣神経叢→腎・腹部大動脈神経叢→Th10~L1レベルの神経節に入っていきます。その結果、関連痛としてデルマトームTh10~L1の領域(臍部〜下腹部〜鼠径部にかけて)の疼痛が出現します8,9,10。ですので、陰嚢痛ばかりではなく、下腹部あたりの疼痛でも急性陰嚢症を鑑別に挙げられるようにしましょう。
この痛みのメカニズムは尿路結石でも似たようなことが言えます。求心路として、上部尿管からのはTh11~L2へ入り、下部尿管はL2~L3に投射されると考えられています。ゆえに、尿管結石は関連痛として結石の移動とともに背部から鼠径部、そして陰嚢へと痛みが移動すると考えられています10,11。
これらの臓器からの求心性刺激は自律神経とも伴走しているため、神経間クロストークによる自律神経刺激で悪心や嘔吐をきたすと考えられています10。
一方、陰嚢自体は腸骨下腹神経・陰部大腿神経・陰部神経・後大腿皮神経が支配し、L1~2およびS2~S4に入っていくため神経の経路が異なります11,12。精巣や精巣上体の炎症などが陰嚢にまで波及すると体性痛として陰嚢痛をきたすと考えられます。
ただ、病歴を詳細に問診できるといいのですが、痛みや羞恥心から聴取できないかもしれません。
身体所見も合わせて取りましょう。
各鑑別診断と身体所見の特徴を表3に示します。
表3:急性陰嚢症の鑑別と身体所見の特徴2,4,5,6,7,14,16
表3にある精巣挙筋反射は重要な反射なので少し掘り下げます。
表在反射のひとつである精巣挙筋反射は、大腿内側を擦る刺激で精巣挙筋が収縮し、刺激と同側の精巣が鼠径管に向けて引き上げられる現象です13。精巣挙筋反射は精巣捻転の診断に対して、感度が約95%と非常に高く、除外のためにしばしば用いられます416。
精巣挙筋は、内腹斜筋・鼠径靭帯・恥骨結節・外側恥骨稜から起始し、筋膜に包まれ、精索および精巣をループ状に覆い、精巣鞘膜に停止します。大腿内側を擦ると、陰部大腿神経(腰髄L1~L2)および腸骨鼠径神経の感覚線維が刺激され、この感覚神経は脊髄内でシナプスを形成し、次いで精巣挙筋の運動神経である陰部大腿神経が活性化され、精巣挙筋が収縮して同側の精巣が引き上げられるのが反射のメカニズムです13。
前述したように、この反射は精巣捻転に対して感度が高い(捻転していたら反射が消失する確立が高い)ため診断に有用とされていますが、捻転でも反射を認める例も存在し完全に否定できるわけではなく、また元々反射が消失している男児も存在するため解釈には注意が必要です13。健側の反射の様子と比較をすることが重要です。
もう一つの有名な身体所見としてPrehn徴候があります。一般的に精巣上体炎で陽性となると言われているPrehn 徴候は、精巣捻転においても陽性となったという報告もあり、その診断能は玉石混交となっており解釈には注意が必要です17。
ここまで述べたように、問診も診察も単一の指標では精巣捻転を診断も除外もすることが難しいため、いくつかの所見を組み合わせて判断をするTWISTスコアが提唱されています。
TWISTスコアは陰嚢痛を訴える患者において精巣捻転の可能性を評価するための妥当性が確認されたツールです。スコアリングの内容を表4に示します。
表4:TWISTスコア
これらの合計点数をもって、精巣捻転の可能性をLow, Intermediate, Highに3分します。
分類の点数基準はBarbosaらによるスコアリングとShethらによるものがあります(表5)。
医療系計算ツールではBarbosaらのスコアリングが用いられていることが多いように見受けます。
表5:TWISTスコアによるリスク層別化
Barbosaの基準では
Low群では精巣捻転の除外に対する感度は98.4%であり、
High群では陽性的中率および特異度が97.5%とメタアナリシスで示されています18。
これらよりLow, Highの群では追加のエコー検査を行うことなく、それぞれ帰宅や手術の判断をつけられるとしています。Intermediate群では後述するエコー検査を併用して判断を下します。
一方、Shethらの基準を用いると、Intermediate群に分類される患者数が多くなり、エコーを要する症例が約3倍になりますが、Low群での除外診断能とHigh群での診断能が更に高くなります。
エコーが利用できない環境ではShethらの基準を用いて除外を行うのがより安全であると考えられます。
さて、問診・診察・スコアリングなど用いても診断が判然としない場合はエコーを活用しましょう。
エコーはリニアプローブ(5~10MHz)を用います。患者さんを仰臥位でfrog-leg位にします。
陰嚢下にタオルを置いてサポートし、そっと陰嚢表面にプローブをおきます。
健側から観察して左右差を確認しましょう6。
各病態のエコー所見を表6に示します。
表6:急性陰嚢症のエコー所見5,7,19,20
精巣捻転カラードプラ:https://radiopaedia.org/cases/right-testicular-torsion#image-454828
whirlpool sign:https://radiopaedia.org/articles/whirlpool-sign-testicular-torsion
精巣上体炎:https://radiopaedia.org/cases/epididymitis-3 - image-6596459
精巣垂:https://radiopaedia.org/articles/testicular-appendix-1
精巣垂捻転:https://radiopaedia.org/cases/torsion-of-the-testicular-appendix
エコーも非常に有用な診断ツールとなり得ますが、やはり術者の技量に左右されることと、エコーの診断能も完璧ではないところが私達を悩ませます。
特に精巣捻転の初期や不全例では、動脈血流が残存し、還流の障害で静脈が拡張して、むしろ一見すると血流が増加しているようにも見えてしまうことがある点に注意が必要です7。
また、新生児や乳児など体格がまだ小さい児ではエコー検査自体が観察困難であることもあります。
他に精巣捻転の診断に有用な画像検査として、造影MRIを用いる報告もありますが、どの施設でも検査が行えるわけではないことや、準備や撮像に時間がかかることなどを考えると迅速な診療が求められる精巣捻転を検討するうえでは不利なモダリティかもしれません。
私の施設では、病歴・身体所見・エコー所見などを総合的に検討し、精巣捻転の可能性が否定しきれない場合は迅速に泌尿器科にいかなる時間でも相談をさせてもらっています。
最後に、積極的に精巣捻転を疑った際に、泌尿器科医による診察と処置が行われるまでに救急外来でも施行可能な用手整復の処置について述べます。2,4,5,7
用手整復の成功率は報告により27%~95%と様々です。
用手整復は以下の手順で行われます。
1. 患者さんを仰臥位にし、陰嚢を十分に露出する。施行者は足元に立つ。
2. 本を開く(open-book)ように、右睾丸は反時計回りに、左睾丸は時計回りに回転させる。
3. 用手整復が成功した場合は、疼痛が迅速に改善する、またはカラードプラーエコーでの血流回復所見がみられるかの効果判定を行う。
4. 捻転は180~720°まであり得るので、痛みが残ったり、エコーで血流改善が乏しい場合は180°ずつ追加で整復を行う。
5. 約1/3は回転の向きが反対なので、open-bookの整復で疼痛が増強する場合は、反対方向に回転させることも検討する。
注意したいのは、用手整復は反対向きの回転を加えると捻転を悪化させ、虚血を悪化させうる処置でもあるため慎重に処置を行い、必ず整復後の効果判定をすることと、行った処置の内容を泌尿器科医とも共有しましょう。
また、無事に用手整復が功を奏して症状が改善しても、不全捻転が残存していたり、捻転再燃リスクが約30%あるとも言われているため、必ず泌尿器科での診療は受けていただくようにしましょう。
今回の症例は、最終的に緊急で泌尿器科にコンサルトし、精巣捻転の疑いで緊急手術となり術中所見で確定診断がついた精巣捻転でした。
解説編はここまでです。読んでくださりありがとうございました!
【Take Home Message】
1. 急性陰嚢症をきたす鑑別疾患を知ろう
2. 急性陰嚢症に対する身体所見、エコー所見を知ろう
3. 精巣捻転を疑った際にはgolden timeを意識した診療を心がけよう
【参考文献】
1. Velasquez J, Boniface MP, Mohseni M. Acute Scrotum Pain. In: StatPearls. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; May 8, 2023.
2. Jonathan E. Davis et al. An Evidence-Based Approach To Male Urogenital Emergencies. Emerg Med Pract. 2009;11(2):1-26.
3. Mori T, Ihara T, Nomura O. Diagnostic accuracy of point-of-care ultrasound for paediatric testicular torsion: a systematic review and meta-analysis. Emerg Med J. 2023;40(2):140-146. doi:10.1136/emermed-2021-212281
4. Ringdahl E, Teague L. Testicular torsion. Am Fam Physician. 2006;74(10):1739-1743.
5. Laher A, Ragavan S, Mehta P, Adam A. Testicular Torsion in the Emergency Room: A Review of Detection and Management Strategies. Open Access Emerg Med. 2020;Volume 12:237-246. doi:10.2147/OAEM.S236767
6. Schick MA, Sternard BT. Testicular Torsion. In: StatPearls. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; June 12, 2023.
7. Kangwa M, Li Y, Tejwani NA, Copp HL, Naprawa J. Emergency department management of acute scrotal pain in pediatric patients. Pediatr Emerg Med Pract. 2024;21(10):1-24. Published 2024 Oct 1.
8. 佐藤 達夫ら. 骨盤底の筋と神経支配. 臨床泌尿器科. 1989. 43巻, 1号, p. 25-35.
9. 辻 一郎ら. 上部尿路仙痛. 臨床皮膚泌尿器科. 1955年. 9巻, 13号, p. 1228-1234.
10. Pedersen KV, Drewes AM, Frimodt-Møller PC, Osther PJS. Visceral pain originating from the upper urinary tract. Urol Res. 2010;38(5):345-355. doi:10.1007/s00240-010-0278-1
11. 鈴木智晴. 尿路結石. 総合診療. 2024. 34巻, 10号, p. 1160-1162.
12. Lee MWL, McPhee RW, Stringer MD. An evidence‐based approach to human dermatomes. Clin Anat. 2008;21(5):363-373. doi:10.1002/ca.20636
13. Mellick LB, Mowery ML, Al-Dhahir MA. Cremasteric Reflex. In: StatPearls. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; April 19, 2023.
14. Rakha E, Puls F, Saidul I, Furness P. Torsion of the testicular appendix: importance of associated acute inflammation. J Clin Pathol. 2006;59(8):831-834. doi:10.1136/jcp.2005.034603
15. Jonathan E. Davis et al. An Evidence-Based Approach To Male Urogenital Emergencies. Emerg Med Pract. 2009;11(2):1-26.
16. Müller R, Lindner AK, Mayerhofer C, Laimer G, Aigner F, Radmayr C. Torsion of the Testis or Appendix Testis? An Analysis of Presentation, Management and Outcome of Acute Scrotum in Children. J Urol Surg. 2023;10(1):49-54. doi:10.4274/jus.galenos.2022.2022.0022
17. Edwards LG, Feldman JW, Ferguson C. In emergency settings, can a negative Prehn’s sign be used to aid diagnosis of testicular torsion? Emerg Med J. Published online April 8, 2025:emermed-2025-214935. doi:10.1136/emermed-2025-214935
18. Qin KR, Qu LG. Diagnosing with a TWIST: Systematic Review and Meta-Analysis of a Testicular Torsion Risk Score. J Urol. 2022;208(1):62-70. doi:10.1097/JU.0000000000002496
19. Avery LL, Scheinfeld MH. Imaging of Penile and Scrotal Emergencies. RadioGraphics. 2013;33(3):721-740. doi:10.1148/rg.333125158
20. Kühn AL, Scortegagna E, Nowitzki KM, Kim YH. Ultrasonography of the scrotum in adults. Ultrasonography. 2016;35(3):180-197. doi:10.14366/usg.15075