EMA症例164:2月解説
2025年2月症例(EMA症例164)にご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。今回の症例は、「飲酒後の転倒による顔面外傷と歯牙完全脱臼」がテーマでした。
今回の回答総数は2025年3月13日時点で 179名でした。
以下、各設問の内容と正答率、全体的な講評をまとめました。
【問1】
「この時点であなたが確認すべきポイントや、行うべき対応を選択してください(複数回答可)」
- 正解
○ バイタルサインの安定化と気道確保に留意する
○ 口腔内の出血点や歯の動揺度を確認する
○ 患者に歯を触らせないよう指示する
- 不正解
○ 汚れている歯根部をガーゼでこすり、清潔にする
○ 歯が多少抜けそうでも放置して様子を見る
○ 完全に脱落するまで特に対応しない
特に「揺れている歯を患者が弄ってしまう」ことで歯根膜を損傷したり、誤嚥リスクが高まる点を警戒していただけたのは良かったと思います。一方、「歯根部を清潔にしようとするあまりゴシゴシ洗浄する」行為は禁忌であることが、十分に周知されていない印象も見受けられました。
【問2】
「この歯牙損傷(赤矢印)の程度は以下のどれに該当しますか?」
正解は「完全脱臼」でしたが、正解率は約52%(83/179名) でした。
「歯槽骨のソケットから部分的にずれているだけ」と想定して亜脱臼や挺出と回答した方も多く見られました。歯根全体が完全に抜け落ちている場合は「完全脱臼」となるということを解説編で共に学びましょう。
【問3】
「脱落した歯をどのように保管しますか?」(複数回答可)
- 正解
○ 歯冠のみを持ち、歯根にはできるだけ触れないようにする
○ 歯根膜を保護するため、液体に浸す(生理食塩水・牛乳など)
○ 意識レベルが低くない場合は、誤嚥に注意しつつ自分の口の中に含んでおく方法もある
- 不正解
○ 水道水で歯根を強く洗浄してから乾燥させて保管
○ 歯根をブラシ等で清掃してから保管
○ 生理食塩液をひたしたガーゼに包んで保管
複数回答のため多少のばらつきがありましたが、完全正答に至った方は約35%でした。
もっとも多かった誤答は、「生理食塩液を浸したガーゼ」にくるむ方法です。一見適切に思えますが、歯根膜が乾燥するおそれがあり、保管液に直接浸すほどの効果が期待できません。
また、水道水で洗う際も「強くこすり洗いをしてしまう」のは避けたい点です。歯根膜をできるだけ損傷させず、かつ乾燥させないように扱うのが原則となります。
【問4】
「脱落した歯を歯根膜を保護しながら保管するのに適した保存液として、好ましい順に3つ選びなさい」
(1位 → 2位 → 3位)
- 正解
- 市販の歯牙保存液
- 冷たい牛乳
- 常温の生理食塩水
この問題では選択肢数が多く、一部の回答フォームでは集計エラー等も生じましたが、概ね上記の3つが“ベター”な保存手段と認識していただくのがポイントです。
牛乳や生理食塩水も、できれば 「乾かさず、歯根膜を保護する」 という点から常温かやや冷たい程度での使用が推奨されます。消毒用エタノールや薬液に浸すのは逆効果となりますのでご注意ください。
【問5】
「あなたの属性は?」
- 初期研修医:25名
- 専攻医(救急科):40名
- 専攻医(救急科以外):28名
- 救急科専門医:50名
- 集中治療医:6名
- 内科/総合診療科医:11名
- 医学生:2名
- その他(診療看護師、救急救命士、健診医 等):17名
解説
救急外来には、顔面外傷や頭部外傷を主訴に多くの患者さんが来院します。出血や骨折など目立つ病変ばかりに注意が向くと、歯の外傷(歯牙破折・脱臼など)の評価がおろそかになりがちです。しかし、「歯がぐらぐらしている」「歯が抜けそう」といった訴えがあれば、実はそれが一晩待てない緊急対応を要するケースである可能性があります。
とりわけ、歯が完全に抜け落ちる「歯牙完全脱臼」は治療のゴールデンタイムを逃すと再接着が極めて難しくなるため、見逃してはならない外傷です。再接着が適応となる時間は、保存液なしだと30分、保存液に漬けられている状態かつ乾燥環境の合計60分以内が限界というガイドラインも存在します(1)。
今回は歯の外傷を見抜くポイント、歯科にコンサルトすべきタイミング、そして完全脱臼歯の適切な保管方法を中心に解説します。
1.歯牙外傷の初期評価
歯牙外傷は日常診療で比較的よくみられる外傷です。軽度の破折や歯肉の擦過程度であれば、患者さん自身で「大丈夫」と判断してしまうことも少なくありません。しかし、歯髄(神経)や歯根膜、歯槽骨にまでダメージが及ぶ場合、早期処置をしなければ感染や歯の喪失など予後に大きな影響を及ぼします(2)。
また、脱落した歯が誤って気管内に落ち込み、誤嚥や窒息を引き起こすケースも報告されています。特に高齢者や酩酊状態の患者さんではリスクが上がるため、歯を見逃さない評価が重要です。
見逃しのピットフォールを以下にまとめてみました。
・外傷所見の目立ちやすい頭頸部の大きな裂創や骨折に気を取られる
・患者が痛みを訴えないために「大丈夫」と思い込み放置
・夜間や休日などの忙しい時間帯に口腔内評価を怠り見逃される
これらのピットフォールを回避するためにも、頭頸部外傷を扱う際は口腔内評価を必ずセットで行うことが大切です。
救急外来で顔面外傷患者さんを初期対応する際のステップとして、以下を意識しましょう。
①バイタルの安定化と気道確保
口腔内出血が多い場合、まずは吸引や圧迫止血などで気道を確保します。圧迫で制御不能な出血がある場合は早期に歯科・口腔外科へコンサルトし、協力体制を整えましょう。
②口腔内の評価
歯列の欠損の有無や位置異常
歯のぐらつき(動揺度)の有無
歯冠・歯根の破折が疑われないか
出血点が歯周からか、それとも歯髄からか
どの歯が、どのように損傷しているかを言語化
まずはバイタルサインを落ち着いて評価し、気道を確保してください。口腔内出血や歯牙の誤飲など、歯の外傷は気道の異常の危険性をまずは念頭に初期診療にあたりましょう。
具体的には口腔内の出血点や歯のぐらつき具合も評価します。歯が根元から完全に抜け落ちそうな状態の場合、誤飲のリスクとなるため歯を触らないように声かけをすることが大切です。歯根をこすると傷つけてしまい再接着ができなくなる可能性があります。
2.歯牙破折の詳細な評価
歯科へコンサルトする場合、「○番の歯が脱落」「歯根までは残っている」「歯髄から出血」など、歯番・破折部位・脱臼の程度を正確に伝えることでスムーズな連携が可能になります。
図1:歯列と名称
(3)より引用
歯列は永久歯の場合は32本、乳歯は20本で構成されています。
図2:歯牙の解剖
(3)より引用
歯牙がどこまで折れてしまっているのか、それぞれ解剖と症状をともに理解しておきましょう。
2-1.歯冠破折
歯冠部とは、歯肉より上の部分を指します。破折の深さは主に以下の3層を評価します(4)。
エナメル質のみの破折
→ 痛みや出血はほとんどありません。
象牙質まで及ぶ破折
→ 冷水痛や触れるとしみるような痛みがあります。
歯髄(神経・血管)まで及ぶ破折
→ 破折面が赤またはピンク色に見え、出血や強い痛みがある場合が多いです。翌日までに歯科受診が望まれます。
2-2.歯根破折
歯肉より下の歯根部が折れている場合で、一見すると歯が抜けそうに動揺していても実は歯根破折というケースがあります。ここを完全脱臼と誤って処理すると対応が変わるため、歯科医との連携で正確な評価が必要です。
3.歯牙完全脱臼の対応
図3:歯牙損傷の分類
(3)より引用
歯の脱臼は大きく6つの分類に分かれます(4)。
このうち脱落(完全脱臼)は緊急疾患です。歯根膜組織が早期に乾燥すると、再接着(再植)の成功率が低下します。
3-1. 保管方法の要点
根元にある歯根膜は再植のときに生着を左右するとされています(4)。歯根をこすったりブラシで洗ってしまうと、わずかな汚れは落とせたとしても重要な組織が損傷するリスクが高いです。液体に浸しておくと歯根膜が乾かないため、生理食塩水や牛乳の中に入れると良いでしょう。市販の歯牙保存液があれば、そちらが理想的です。誤嚥の心配がない方であれば、口の中に含む方法もやむを得ない場合に選択されます。
まずは歯根膜を保護しながら保管して、すぐに歯科または口腔外科へコンサルトします。必要に応じてパノラマ撮影の準備や、患者のバイタル管理も並行して行いましょう。深夜や休日であっても、完全脱臼は一晩待てないケースですので、基幹病院などの歯科対応が可能な病院への連絡を躊躇しないでください。
脱落歯の保管方法としては、触ってよいのは歯冠のみと心得ましょう。歯根をこすったりガーゼで拭いたりすると、歯根膜が剝がれてしまいます。土や血などが付着していてもそのまま液体に浸してください。
最適なのは市販の歯牙保存液(ティースキーパー®など)(5)ですが、入手が難しければ生理食塩水や牛乳でも代用可能とされています(2)。消毒液や水道水は歯根膜を傷めるため避けましょう。口の中に含んで保管する方法もありますが、意識レベルが低い患者さんや小児、高齢者では誤飲リスクが高いので注意が必要です。
(参考)
生理食塩水:1~2時間程度保存可能
牛乳:6時間程度保存可能
歯牙保存液:約1日とされる
市販の歯牙保存液は、脱落歯の歯根膜の状態を長時間保ちやすいといわれています。入手しにくい場合は牛乳が便利であり、次点として生理食塩水が使われます。水道水や消毒液、エタノール類は浸透圧や成分の問題で歯根膜を損傷しやすく、再植率が下がってしまいます。
3-2.局所麻酔と止血管理の概要
歯科処置に必要な麻酔では、歯槽骨付近へ局所麻酔薬を浸潤させる方法が一般的です(6)。しかし、救急外来においては歯科医が到着してから実施することが多いでしょう。もし救急医側で痛みのコントロールが必要な場合、骨膜上への浸潤麻酔だけで対応できるケースもありますが、詳細は歯科医との相談が不可欠です。
抗凝固薬・抗血小板薬を服用している患者さんでは、歯科処置後の出血や止血コントロールが課題となります。深夜の外来で完全脱臼や重度の破折があった場合、止血困難であれば入院管理も考慮しましょう。
4.まとめ
顔面・頭頸部外傷では口腔内評価をルーチン化し、見逃しを防ぐ
完全脱臼(脱落)は一晩待てない超緊急疾患。歯科コンサルトの段取りを素早く行う
脱臼歯は歯根を触らず、乾燥させずに保管
こうしたポイントを押さえておけば、歯科的処置を必要とする外傷患者さんに対しても、安心して初期対応ができます。
また、最近はToothSOSというアプリ(英語)もあり、歯の外傷についてのガイドラインや応急処置を確認するのに有用です。
https://www.dentalcare.com/en-us/ce-courses/ce679/toothsos-app
歯科領域の疾患は苦手意識がある方も少なくないとは思いますが、いざというときのために是非学んでおきましょう。
参考文献
(1)Fouad AF,et al. Dent Traumatol. 2020 36:331-42.
(2) Majewski M, et al. Pol Merkur Lekarski. 2022; 50(297): 216-8.
(3)三谷雄己 著 もう困らない外科系当直 2025 日本医事新報社
(4) 日本外傷歯学会: 歯の外傷治療のガイドライン 平成30年7月改訂. (2024.12.10閲覧)
https://www.ja-dt.org/file/guidline.pdf
(5) ネオ製薬工業: 歯の救急保存液 ティースキーパー「ネオ」. (2025.3.13閲覧)
https://www.neo-dental.com/ip/prdct/tsfrm.htm
(6) Reed KL, et al. Anesth Prog. 2012 59:127-36.