EMA症例158:8月解説
2024 年8 月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます.
8月18 日時点で質問に回答をいただいた方は 124 名いらっしゃいました.皆様の属性はこちらです.
はじめにTake Home Messageを共有します.
1. II型呼吸不全の鑑別を行いましょう.特に心・肺疾患によるII型呼吸不全でない場合,呼吸筋力低下および換気不全も検討しましょう!
2. 時に未診断の神経・筋疾患(例えば,重症筋無力症)患者がERを受診することがあります.病歴聴取が重要です!
3. 重症筋無力症クリーゼに対する初療を学びましょう!
今回の症例は初発の重症筋無力症(Myasthenia Gravis:MG)クリーゼによる呼吸筋力低下でII型呼吸不全およびCO2ナルコーシスにより意識障害を来した患者でした.
最初にそれぞれの質問に対するみなさまの回答を共有いたします.
質問2と3はいただいた回答を集計・分類させていただきました.
【質問1】次にどんな診察・検査・処置を行いたいですか?(複数選択可)
【質問2】追加したい問診・診察・検査はありますか?(自由記載)
この他に,希死念慮の有無の問診,糖尿病の管理状況の問診,深部体温測定,心電図,血漿ACTH測定,髄液培養検査,腹部MRI画像検査,頚部CT/MRI画像検査,神経伝導速度検査といった回答をいただきました.
【質問3】どんな疾患を想起しますか?(自由記載)
この他に,皮膚筋炎,クッシング症候群,多発性硬化症,糖尿病性神経障害,頚髄硬膜外血腫,COPD,高Na血症,脱水といった回答をいただきました.
みなさま,たくさんのご回答くださり誠にありがとうございました!
それでは,今回の症例を振り返ってみたいと思います.
来院時に高度の呼吸性アシドーシスを来していました.
みなさんご存知の様に,呼吸器は細胞代謝で常時産生されるCO2の排泄を担っており,動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)は通常35〜45mmHgに保たれるように人体は応答します.最大運動時にはCO2の生産量は安静時の20倍にも及ぶといわれていますが,分時換気量を増加させることで対応をしています1.
呼吸器から排泄される揮発酸の量は15,000mmol/日であり,腎臓から排泄される80mmol/日の不揮発酸と比較すると圧倒的に揮発酸が多いため,呼吸筋力の低下が急速に進み換気量が低下するとCO2の増加=呼吸性アシドーシスが短時間で進行することがイメージ出来ると思います.
呼吸性アシドーシスを来す疾患には(表1)のような鑑別疾患があります.
(1より改変)
また,低酸素血症の病態を考える際に,換気血流比不均等(V/Qミスマッチ)のどこに問題があるかを検討しますが,今回は呼吸筋力の低下により換気量自体が低下してV/Qが小さくなるパターンでした(図1).
(1より改変)
II型呼吸不全を呈する疾患はCOPDや間質性肺炎に代表される肺疾患や心原性肺水腫が診察する頻度が多いと思いますが,時にこれらの臓器には異常がなく,本例の様に換気自体が不十分な例に遭遇します.
そんな時には,MG,ランバート・イートン筋無力症候群,ギラン・バレー症候群,ボツリヌス症,ミオパチー,脳幹虚血といった呼吸筋力が低下する病態を検討しましょう(表1).
本例では,1~2週間程度の経過で悪化する近位筋優位の筋力低下,病歴で筋力低下の原因になりそうな薬剤やサプリメントの摂取がないこと,血液検査で電解質異常やCK値といった筋力低下につながるデータ異常がないこと,髄液検査や頭部MRI画像検査での異常がないことからMGの可能性を考慮しました.入院後に施行したアイスパックテストとテンシロンテストへの反応性,反復刺激試験の結果から,より強くMGの可能性が高いと考えました.最終的に抗アセチルコリン受容体抗体が陽性と判明して確定診断に至りました.
では,MGクリーゼについて勉強していきましょう.
MGは神経筋接合部のアセチルコリンレセプター(AChR)や筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)に対する自己抗体が原因となる自己免疫疾患です.眼筋型と全身型に大きく分類され,眼筋や全身の筋力低下の日内変動(筋肉を使うと疲労し,休むと回復する)や易疲労感がある場合に検討します.特に眼瞼下垂や複視といった眼症状を伴う場合,MGの可能性をより強く考えます.稀ですが,呼吸筋単独の筋力低下をきたすパターンもあります2.
易疲労感の様な非特異的な症状しか聴取できない場合は診断にたどり着くのに時間がかかることもありますね.
MGの中でも,「急激な呼吸筋力低下の進行による呼吸不全により気管内挿管・人工呼吸器を要する状態に陥る」ことをクリーゼといいます.また,球麻痺による誤嚥や窒息で人工呼吸器が必要となった例もクリーゼに含みます3.
以前はクリーゼによる死亡率は約70%と非常に高率でしたが,現在は呼吸管理が適切に行われることで激減しています.MG患者におけるクリーゼの生涯発生率は10%程度と言われており,決して稀な事象ではありません.更に,クリーゼがMGの初発症状である頻度も15%前後といわれています.
では,どんな時にクリーゼにつながる球麻痺や呼吸筋力低下を疑うでしょうか.以下の症状を呈した際には要注意です(表2).
(4より改変)
本例の様にCO2ナルコーシスに陥り意識障害を来すと患者からの病歴聴取は困難です.
家族から特に受診1~2週間前まで遡って受診前の様子(筋力低下の様子や,表2に示すような徴候の有無)を聞き出すことが大事です.
既知のMG患者がクリーゼを発症した場合は,誘因の検索も重要です.感染症,手術後,妊娠・出産,治療薬の漸減,薬剤が誘引として挙げられます.薬剤では,特に抗菌薬(アミノグリコシド,フルオロキノロン),循環器薬剤(βブロッカー,プロカインアミド,キニジン),マグネシウム製剤があります.また,最近では免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE, immune-related adverse events)としてもMGは知られています.なお,クリーゼは特に誘引なくMGの自然経過中に起こることもあります.
診断のための鑑別を進めるのと同時に,処置も並行して行う必要があります.
本例は呼吸様式が浅く早い状態でした.その状況でも高CO2血症を認めており,換気量を増やすべく圧補助をする必要があります.そこで気管内挿管やNIV(非侵襲的換気)による換気が検討されます.
今回は意識障害を認め,高CO2血症かつアシデミアも進行しているため,気管内挿管の適応と判断しました.
MGクリーゼによる呼吸筋力低下の場合,確実な気道保護と換気補助を行うために気管内挿管が必要になることが多いです.
以下の場合は,気管内挿管を検討すべき状況です(表3).
(4より改変)
NIVによって気管内挿管を回避できたという報告もありますが,高CO2血症を認めたり,嚥下困難による分泌物の貯留がある場合はNIVでの対応に失敗しており,気管内挿管を行った方が安全と考えられます.5
また,クリーゼの罹患期間は平均13日という報告もあることも踏まえ,NIVの適応は慎重に判断しましょう.3
なお,すぐには気管内挿管やNIVが必要無いと判断した場合でも,ぜひICUなど綿密に呼吸状態をフォロー出来る病棟で入院しましょう.
さて,本例の様にMGの診断がされていない患者の場合,どの様に診断に迫り入院のコンサルテーションや治療につなげていくことが出来るでしょうか.
ベッドサイドで簡便に施行可能な検査としては,アイスパックテストやエドロホニウムテスト(テンシロンテスト,アンチレックス®テスト)があります.6
アイスパックテストは氷嚢を眼瞼に2分間あて,眼瞼下垂の改善程度をみるテストです.冷却により神経筋接合部の神経伝達が回復するという生理学的な原理を用いたテストです.感度は約80%ですが,特異度にばらつきがあるとされています7,8.ベースラインの眼裂幅を知らないと判断が困難であることなどlimitationもあります.なお,アイスパックテストでは外眼筋の麻痺の改善はみられません.
エドロホニウムテストは,短時間作用型のコリンエステラーゼ阻害薬であるエドロホニウムを投薬することで眼瞼下垂や外眼筋麻痺が改善するかどうかをみるテストです.2.5mgずつ,合計10mgまで投薬して改善の有無を確認します.薬剤は30〜45秒程度で効果が発現し,5〜10分間持続します.感度は80〜90%とされていますが,偽陽性や偽陰性の懸念も残るようです.また,一度に多くの量を投薬すると逆に筋力低下が悪化したり,徐脈性不整脈や気管支痙攣といった副作用が起こるリスクもあるため投薬は慎重に行いましょう.
他の検査としては,血液検査でAChR抗体やMuSK抗体を測定したり,反復神経刺激試験や単線維筋電図といった生理検査を行って診断を詰めていきます.
本邦のガイドラインにおける診断基準を記載します.(表4)
(6より引用・改変)
ここまでの診断方法を見てきたように,確定診断には時間を要するためERではすぐに決着がつかないこと,その他の鑑別疾患の除外も必要なことが分かると思います.適切に気道管理を中心とした全身管理を行い,診断までの時間を確保することも救急医の力の見せ所ですね.
最後に,診断がついた際のクリーゼの超急性期治療はどの様に行われるか確認しましょう.
血漿交換(PE; Plasma Exchange)と静注用免疫グロブリン(IVIG; Intravenous Immunoglobulin)が2本柱です.病原性を有する自己抗体の除去・中和を目的に行われます.6
PEの回数や期間については,各施設の方針があると思いますので自施設の情報を確認しておきましょう.
なお,本邦におけるMGに対するPEの保険適用は「発病後5年以内で重篤な症状悪化傾向のある場合,又は胸腺摘出術や副腎皮質ホルモン剤に対して十分奏効しない場合に限り,当該療法の実施回数は,一連につき月7回を限度として3月間に限って算定する.」となっています6.
一方,IVIGは0.4 g/kg/dayを一日投与量として5日間の連続投与が標準とされています.
PEとIVIGはどちらがクリーゼの治療で優先度が高いかは,完全には決着がついていませんが,より有効かつ効果発現までの時間の短さからPEに軍配が上がっている様です9.
それぞれ,PEはICU入室期間が短縮できるので好ましいとか,IVIGの方が施行が簡便かつPEと比較して重篤な副作用が少ないため好ましいという先生方もいらっしゃると思います.
これらの治療についても各施設の方針を確認しておくと良いですね.
なお,PEやIVIGは治療効果が一過性であり,後に続くステロイド,免疫抑制薬,胸腺摘除術による中長期的な治療が必要になるため,専門医とも協同して治療を進めていきましょう.
今回の症例解説編はここまでです!みなさまお付き合いくださりありがとうございました!
Take home message:
1. II型呼吸不全の鑑別を行いましょう.特に心・肺疾患によるII型呼吸不全でない場合,呼吸筋力低下および換気不全も検討しましょう!
2. 時に未診断の神経・筋疾患(例えば,重症筋無力症)患者がERを受診することがあります.病歴聴取が重要です!
3. 重症筋無力症クリーゼに対する初療を学びましょう!
参考文献:
1. Palmer BF, Clegg DJ. Respiratory Acidosis and Respiratory Alkalosis: Core Curriculum 2023. Am J Kidney Dis. 2023;82(3):347-359. doi:10.1053/j.ajkd.2023.02.004
2. Marinelli WA, Leatherman JW. Neuromuscular disorders in the intensive care unit. Crit Care Clin. Published online 2002.
3. 鈴木重明. 重症筋無力症に関連したクリーゼ. Published online 2017.
4. Sivadasan A, Cortel‐LeBlanc MA, Cortel‐LeBlanc A, Katzberg H. Peripheral nervous system and neuromuscular disorders in the emergency department: A review. Acad Emerg Med. 2024;31(4):386-397. doi:10.1111/acem.14861
5. Neumann B, Angstwurm K, Mergenthaler P, et al. Myasthenic crisis demanding mechanical ventilation: A multicenter analysis of 250 cases. Neurology. 2020;94(3). doi:10.1212/WNL.0000000000008688
6. 日本神経学会. 重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022.
7. Golnik KC, Pena R, Lee AG, Eggenberger ER. An ice test for the diagnosis of myasthenia gravis. Ophthalmology. 1999;106(7):1282-1286. doi:10.1016/S0161-6420(99)00709-5
8. Larner AJ. The place of the ice pack test in the diagnosis of myasthenia gravis. Int J Clin Pract. 2004;58(9):887-888. doi:10.1111/j.1742-1241.2004.00053.x
9. Sanders DB, Wolfe GI, Benatar M. International consensus guidance for management of myasthenia gravis. Published online 2016.