2024.05.23

EMA症例154:4月解説

2024 年4 月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。5月6 日時点で質問に回答をいただいた方は 149名いらっしゃいました。皆様の回答の集計結果を紹介します。

質問1:問診票の情報からどんな疾患を疑いますか?(自由記載)

脊椎疾患としては、骨折が最多の77件であり、椎間板ヘルニア19件、脊柱管狭窄症15件、腫瘍関連13件、感染8件とそれぞれ続きました。その他整形疾患・外傷として、急性腰痛22件と慢性腰痛20件が最多を占めましたが、骨盤骨折や坐骨神経痛、腸腰筋膿瘍などの回答も見られました。後腹膜臓器は尿管結石などの腎疾患や膵炎・膵癌などの膵疾患が挙げられていました。その他として、胃潰瘍や帯状疱疹が挙げられていました。

質問2:現時点で最も疑わしい疾患・外傷はなんですか?(自由記載)

質問2:現時点で最も疑わしい疾患・外傷はなんですか?(自由記載) 
 胸腰椎圧迫骨折 83
 腰椎椎間板ヘルニア 14
 びまん性特発性骨増殖症に関連した骨折 11
 転移脊椎腫瘍 8
 急性腰痛症 6
 前縦靭帯骨化症 5
 変形性腰椎症 5
 化膿性脊椎炎
4
 脊柱管狭窄症 3
 多発性骨髄腫 2
 急性大動脈症候群 2
 腎盂腎炎 1
 脊椎硬膜血腫 1
 急性冠症候群 1
  横突起骨折 1
尿路結石 1
 胸腰椎破裂骨折 1
 不明 1

 

質問3:次に何の検査をしますか?

質問4:本患者の対応について、どうしますか?

質問4:本患者の対応について、どうしますか?
 検査結果を確認して、整形外科に相談して処置とDisposition決定を依頼する  75 
 検査結果に依らず、自分が主治医になって一晩経過観察入院する  29 
 追加検査の結果次第で方針が決まるので決められない  17 
 検査結果に依らず、整形外科に相談して処置とDisposition決定を依頼する  10 
 その他の科に相談して処置とDisposition決定を依頼する  6 
 帰宅を前提に必要な専門科に相談する  6 
 自分で帰宅可能と判断する  3 
 その他  3 

 

質問5:あなたの属性は?

解説:
1.バイアスを制する者は診療を制する
 本症例を対応する上で、皆さんの中で「モヤモヤ」が湧かなかったでしょうか?2週間前からの症状なのに何故今夜間に病院へ来たのか?救急外来を入院準備もした上で受診するとはどう言う事なのか?生活できないから入院させてもらわないと困る、と言われても、こっちだって困るんだけど?などなど、枚挙に遑がないように思います。
 一方、自分が逆の立場になって見たらどうでしょうか?十分な介護力がないまま、少し前まで元気だった家族がかなり急激な経過で介護を要するようになってしまったら、何かにSOSを発信したくなるのではないでしょうか?そのような場面に救急外来では頻繁に遭遇するように思います。
 本症例は、了解可能な話題であるものの初療医にとっては些か陰性感情を生じ得る状況にあります。担当医に強い陰性感情を引き起こす症例をDifficult patient(文献1)と言い、Difficult patientに遭遇すると診断エラーが生じやすいことが知られています(文献2)。今回のケースでは患者自身がDifficultであるかはさておき「夜間の救急外来に入院道具を一式持って押しかけてきた腰痛の患者が『入院させて欲しい』と検査の結果も出ていないのに求めてくる」と言う状況自体はDifficultかも知れません。こう言う時にはBATHE法が有用です。BATHE法とは、Background(背景)、Affect(気持ち)、Trouble(一番困っていること)、Handling(対処法)、Empathy(共感)の頭文字の語呂合わせです。簡単に実施できて日常臨床上、効率的かつ効果的な治療的対話術とされており、家庭医療領域でもよく用いられています。これを意識的に用いて自分自身に「ああ、これなら仕方ないじゃないか」と思えるように仕向けたり、そこまで理解できなくても状況整理を兼ねて落ち着くきっかけを作ったりすることが重要です(文献3)。

 2.単純レントゲン写真で診断できない脊椎骨折は少なくない。
 一般診療における脊椎骨折の画像診断として第1選択が単純レントゲン写真であることに疑問はないと思います。簡便であり被曝も少なく、機能写や斜位による神経根変形などを評価できるオプションも非常に有用です。特に、歩行可能な症例であれば、通常の正面側面の2方向に加えて、「腰椎立位(座位)側面」の条件追加は有効な可能性があります。新規の骨折の場合、上下方向の不安定性があるため立位で荷重が加わると椎体は潰れ、座位(臥位)の状態と比較すると椎体高が低くなるため、新規骨折かの判断に有用です。
 一方、単純レントゲンでは明らかな骨折線が指摘できない症例も多く、軟部組織の評価も難しい点が明らかな欠点です。少なくとも「前医で画像検査を受けたが問題なかった」と言う病歴を聞いた時には「骨折が無かったんだ」でなく「恐らく踏み込んだ検査まではしていない」と考えるようにすると良いでしょう。
 因みに、そうなると「前医の診療はなんだったんだ?」となりがちですが、そもそも腰痛症例に片っ端からMRIなどを撮影するのは現実的ではありません。救急領域の話題からは離れますが、アメリカ家庭医療学会のChoosing wiselyの勧告として「Red flagのない症例における腰痛症に6週間以内の画像的な精査は不要」と書かれていますので、前医を責めるような言動はくれぐれも謹んで「前回はあくまでスクリーニングだったんだな」と言う理解をするのが良いでしょう。

3.びまん性骨増殖性疾患を背景としたReverse Chance骨折を見逃さない。
 単純レントゲンで判然とせず、鎮痛剤で改善しない腰痛の場合、CTやMRIなどが追加撮影される機会が多く、特に救急診療の場では明らかな必然性がなければCTで評価する場面が多いものと考えます(文献4)。但し、骨粗鬆症性圧迫骨折に対するMRIの感度・特異度が共に99%程度とされる中、CTの診断能はここまで高くなく、また読影に対する技術も求められる事から「どうせCTやレントゲンではわからない」と思われがちと思います。救急診療における腰痛に対するCT撮影は、明らかな骨折の評価以上に、膵炎や大動脈瘤、尿管結石などの隣接臓器由来の非整形外科的な腰痛の除外が主目的となる点も、この心理に拍車をかけているかも知れません。
 では、CTで骨折が読めなくて良いのか、となれば、そうではないでしょう。特に、びまん性骨増殖性疾患(Diffuse Idiopathic Skeletal Hyperostosis:以下DISH)については、①少なくとも連続した4椎体以上に及ぶ椎体前方外側の「流れるような骨化」が見られ、②罹患領域の椎間板腔は比較的保たれ、椎間板変性の所見が乏しく、③椎間関節や仙腸関節などでの骨性強直所見を欠くこととされ(文献5)、これらはいずれもCT所見から診断がつけられると考えます。
 DISHは主として前縦靭帯骨化症によって脊椎強直が生じる疾患であり、男性や糖尿病と言ったリスクファクターが知られていますが、明らかな原因は分かっていません。本症で問題となるのは、軽微な外傷でも骨折が生じ、Reverse Chance骨折などを生じ易い点にあります。この場合、不安定性が高く、遅発性脊髄損傷や偽関節を生じ易く、観血的整復固定術の適応となることが多いのが特徴です(文献6)。また腰動脈損傷などの出血性合併症も併発し得る点は注意を要します。つまり、圧迫骨折よりも重症度が高い骨折を生じ易く、同一に扱ってはならない点に注意が必要です。
 また画像所見としても着目点が明らかに異なります。楔状圧迫骨折はDenisのThree column theoryの観点では、前方成分の損傷であり、後壁損傷を伴う場合には破裂骨折と定義されます。Chance骨折は、過屈曲により椎体前方を起点として後方成分が離開するような骨折を指します。靭帯に類似した損傷が生じる場合には、シートベルト損傷と称されます。これらはDenisのThree column theoryの観点では三つの支柱全てに損傷が及んだ骨折であり、極めて不安定な骨折となります。
 それでは、Reverse Chance骨折とは何か?Chance骨折が過屈曲で椎体前面を起点に棘突起が開大するように損傷するのに対して、Reverse Chance骨折は過伸展で棘突起を起点に椎体前面が開大するように損傷します。これもDenisのThree column theoryの観点では三つの支柱全てに損傷が及んだ骨折であり、極めて不安定な骨折となります。
 このように、圧迫骨折・破裂骨折・Chance骨折・Reverse Chance骨折は同じ椎体骨骨折ではあるものの、病態も治療も異なる損傷であり、初療医は適切に診断がつけられる必要があります。
 尚、今回症例提示に際して、文献7から画像使用の許可を国立病院機構宮崎東病院 整形外科部長 黒木浩史先生よりいただきました。文献7では異なる経過を辿った3症例のDISHに関連したReverse Chance骨折について提示いただいております。特に本文献中のCase 2は「よくある経過」として記憶に値するものと思いますので、是非ご一読いただけますと幸いです。

 

Figure1:DISHにおけるReverse Chance骨折

その後の症例の経過:
 病歴・理学所見から椎体骨骨折疑いと判断し、CT撮影とした。CT所見からは明らかな脊柱管の狭窄は認めず、夜間緊急の除圧・固定術は不要と判断した。一方、CTで見られた4椎体を超える前縦靱帯骨化と靱帯と椎体前壁の断裂(Figure2)からReverse Chance骨折の可能性が高いと判断、待機的に固定術の適応となる可能性があると判断した。これらを踏まえて医学的適応として入院を提案、翌日整形外科に転科する可能性などについて説明した。


Figure2:文献7より一部改変して提示

上記対応に先立って、整形外科オンコールにも電話連絡、画像所見と理学所見を伝えた上で夜間状態変化があった場合の再連絡を前提とした救急科での経過観察を提案、快諾いただいた。
 翌朝まで症状悪化なく経過、無事に整形外科専門医の診察を受け、整形外科へ転科した。また担当のメディカルソーシャルワーカーの支援を受け、介護保険の申請を同時進行で進めていくこととなった。

 Take home message:
  1       診療におけるバイアスを自覚して制御できるようにしよう。
  2       単純レントゲンで診断できない脊椎骨折は一定数ある。
  3       びまん性骨増殖性疾患を背景としたReverse Chance骨折を見逃さない。

参考文献:

  1. Groves JE. Taking care of the hateful patient. N Engl J Med. 1978;298(16):883-887. doi:10.1056/NEJM197804202981605
  2. Mamede S, Van Gog T, Schuit SC, et al. Why patients' disruptive behaviours impair diagnostic reasoning: a randomised experiment. BMJ Qual Saf. 2017;26(1):13-18. doi:10.1136/bmjqs-2015-005065
  3. Takayama T, Yamazaki Y, Katsumata N. Relationship between outpatients' perceptions of physicians' communication styles and patients' anxiety levels in a Japanese oncology setting. Soc Sci Med. 2001;53(10):1335-1350. doi:10.1016/s0277-9536(00)00413-5
  4. Pakpoor J, Raad M, Harris A, et al. Use of Imaging During Emergency Department Visits for Low Back Pain. AJR Am J Roentgenol. 2020;214(2):395-399. doi:10.2214/AJR.19.21674
  5. Taljanovic MS, Hunter TB, Wisneski RJ, et al. Imaging characteristics of diffuse idiopathic skeletal hyperostosis with an emphasis on acute spinal fractures: review. AJR Am J Roentgenol. 2009;193(3 Suppl):S10-S24. doi:10.2214/AJR.07.7102
  6. Bransford RJ, Koller H, Caron T, et al. Cervical spine trauma in diffuse idiopathic skeletal hyperostosis: injury characteristics and outcome with surgical treatment. Spine (Phila Pa 1976). 2012;37(23):1923-1932. doi:10.1097/BRS.0b013e31825b17fc
  7. Kuroki H, Higa K, Chosa E. Clinical Results of Vertebral Fracture Related to Diffuse Idiopathic Skeletal Hyperostosis (DISH) Which Underwent Conservative Treatment: Three Case Reports. Int J Spine Surg. 2021;15(1):195-202. doi:10.14444/8025