2024.02.05

EMA症例151:1月解説

2024 年1 月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。1月30日時点で質問に回答をいただいた方は67名いらっしゃいました。皆様の回答の集計結果を紹介します。

質問1:鑑別診断は?(複数選択可、3つまで)

大腿骨近位部骨折が最も疑われていました。その他の各種鑑別疾患については骨盤骨折がやや多く、その他はある程度均等に意見が分かれています。その他の中に腰椎圧迫骨折などの意見もありました。

質問2:別の急患にも対応しながら、診察を進めます。レントゲン検査に加えて、まず実施したい検査は何ですか?(複数選択可、3つまで)

スクリーニング検査としての採血や心電図、エコー検査に加えて、追加の画像検査をするかは意見が少し分かれていました。単純CTを実施するのは多数派ですが、造影CT、単純MRI検査をするか悩ましい症例でしたね。

質問3:優先的に実施したい評価・介入は何ですか?(複数選択可、3つまで)

末梢静脈路の確保や循環動態の安定化目的の輸血の準備、そして原因検索のポータブルエコー検査や造影CTに向かうという意見が多かったです。中には不安定方骨盤骨折の安定化に用いるサムスリング固定や、気管挿管、中心静脈カテーテル留置 といった意見もいただきました。

さて、本症例は恥骨骨折の診断がついて一般病棟入室後、恥骨骨折に伴う血管損傷によって出血性ショックを来したケースでした。造影CTで骨折部周囲の血管外漏出像を認め、緊急経カテーテル動脈塞栓術の方針となりました。


引用)Case courtesy of Charlie Chia-Tsong Hsu, Radiopaedia.org, rID: 39473

物的リソースも限られたシチュエーションで、簡単な検査のみを済ませて入院した患者がショック状態になった…というのは誰もが避けたいですよね。本日はこのケースを通じて、高齢者の股関節痛の初期診療の流れや、主に恥骨単独骨折などの安定型骨盤骨折にも関わらず循環動態が不安定になりうる症例のマネジメントについて取り上げたいと思います。

▶高齢者の転倒後の股関節痛の鑑別と検査

 高齢者の股関節痛の鑑別において、転倒という受傷起点がある場合にまず想起するのは大腿骨近位部骨折でしょう。大腿骨近位部骨折は、日本国内で約20万/年も発症するコモンな外傷です。骨粗鬆症を背景に、発症率は加齢とともに増加します。高齢者が訴える転倒後の「股関節痛」はその95%以上が大腿骨近位部骨折で、数%が他の疾患です。大腿骨近位部骨折の受傷機転はほとんどが転倒(82.0%)であるため1)、高齢者の転倒+股関節痛ではまずこの骨折を想起し、それ以外の可能性もあるか考えつつ初療に当たりましょう。
 その他の骨折として想起すべきなのは、大腿骨近位部骨折と同様の骨粗鬆症に伴う脆弱性骨折である、椎体骨折および骨盤骨折です。これらは併発することもあるため、高齢者の転倒では必ず想起すべき骨折です。椎体骨折は腰痛を主訴に搬送されることが多いですが、脆弱性骨盤骨折については搬送時の主訴は94.4%が股関節・臀部痛であり、腹部痛を訴えたのは4.8%であったと報告されています。2)
 また、救急外来において重要なのは高齢者の股関節痛において、鼠径ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアを含む内因性疾患の可能性も頭の片隅においておくことです3,4)。画像検査で骨折の所見が明らかでない場合は、ベッドサイドに戻って再度入念な身体診察を行いましょう。その他の大きくマネジメントが変わる股関節痛の鑑別としては、本症例のようなステロイドユーザーであれば大腿骨頭壊死を、人工関節などのインプラント挿入後であればインプラント周囲骨折や股関節脱臼を想起します。また、発熱や血液検査での炎症所見があれば化膿性股関節炎を疑いましょう。80歳以上の高齢者や糖尿病、3ヶ月以内の股関節手術歴がある場合は特に注意します4)。

 今回の症例のような、骨折を想起する外傷の身体診察において重要なのは、解剖学を意識して身体所見を取ることです。股関節の診察においては、具体的には大腿のscalpa三角および大転子の圧痛、股関節の内外旋時の疼痛、腸骨、恥骨、坐骨、仙腸関節の圧痛を確認します。特に股関節の内外旋時の疼痛は画像検査で判明しない不顕性骨折でも陽性となりやすい所見であるため必ずチェックしましょう。また、骨折の身体診察は難しく感じられるかもしれませんが、坐骨は股関節屈曲位で、仙骨も側臥位で圧痛が簡単に確認できます。文献によっては、圧痛があれば骨折の診断率100%とも言われているので5)、積極的に評価しましょう。
 施設によっては最初から単純CT検査を施行しますが、画像検査のゴールドスタンダードはやはりレントゲン検査です。これを機に、大腿骨近位部骨折を疑う場合の撮影条件を復習しておきましょう。原則として、骨折線のイメージは2方向で確認します。股関節に関しては両股関節正面と患側の軸位が原則です。ラウエンシュタイン位を斜位の代用としている病院もありますが、骨折線の描出が不明瞭になる場合もあるため、注意が必要です。

▶ショックの認知が遅れやすい症例の初期評価

この症例では入院後2時間でC(循環)の異常をきたすショック状態へと進展しました。ショックの治療において、ショックの認知が遅れることは治療予後に悪影響が出ることは既知の事実ですが、もう少し早期に認知する事はできたのでしょうか?

ショックは血圧や心拍数が一見正常な場合もあるため、バイタルサインだけでは判断できません。こちらの表に注目してみると6)、心拍数数や意識レベルに関しては初期段階から変化しているのがわかります。この症例のように、βブロッカーを内服している患者や高齢者の場合は特にショックに進展しても頻脈になりにくいと言われています7)。また、ショックのときは血圧より心拍数や脈圧、意識レベルの方が鋭敏に変動することは覚えておきましょう。

ショック状態かどうかは、身体所見から見抜く癖をつけておくとショックの可能性を早期に認知できます。代表的な評価項目は、大きく分けて3つあり、総称して“3つの窓”と呼ばれます8)。3つの窓とはそれぞれ、中枢神経系・腎臓・皮膚を指し、体内の異常を体外から覗くことができるという意味合いから、窓と称されています8)。本症例では家族に病歴聴取をしたところ、実は初期診療時から普段の様子とは異なる意識障害を伴っており、CRTの延長なども考慮するとショックの初期段階であったかも知れないと推察できました。病棟では末梢冷感など、その他のショックを疑う身体所見を認めています。

ここで改めて初療時のフィジカルとバイタルを確認してみましょう。初療時のバイタルサインである、呼吸回数 24/min 、心拍数 98 bpm 、CRT4秒などに注目してみると、患者背景を考慮すると頻脈であり頻呼吸によるショックの代償をしていそうなこと、循環不全を示唆する皮膚所見を認めることがわかります。初期診療の時点で、循環不全を代償している初期のショックの兆候を見抜くことができればより早期にショックを認知できたかも知れませんね。

▶外傷性ショックを疑うRRS対応における初期診療

ショックを認知したあとは、病棟でのRRS対応というシチュエーションであるためOMI(酸素投与・モニター・末梢静脈路確保)の確立や循環動態への介入をしつつ、外傷性ショックを疑い原因検索を並行して行います。それぞれの視点での評価と介入について解説していきます。

まずは、ショックの介入としてOMIの確立を進めます。中でも末梢静脈路についてはショックの初期治療においては18Gなどの太いカテーテルで、2本確保しておくことをおすすめします9)。

そして、外傷性ショックの9割は出血性ショックであるため、JATECの出血性ショックのフローチャート7)を参考に治療を進めていきます。この症例ではすでに500mlの細胞外液が投与されているので、もう500ml細胞外液を負荷しても循環動態が不安定であれば「入れて(輸血)-入れて(気管挿管)-止める(止血術)」必要があります。過剰な輸液による希釈性凝固障害を避けましょう。

外傷性ショックの原因検索は、JATEC7)のPrimary surveyに準じてE-FASTの再検査や身体診察に応じて再度X-pを撮影し、主に出血性ショックの原因を探ります。本症例では再度E-FASTを再検しても明らかな異常所見はなく、恥骨骨折に伴う血管損傷の可能性を考慮しました。上記のように初期輸液後も循環動態が安定せず、輸血や気管挿管が必要と判断するタイミングでは、安全に造影CTなどの画像検査に移動する前に一次的止血目的にREBOAを挿入することも検討されるかも知れませんね。造影CTを施行すると恥骨骨折周囲に造影剤の血管外漏出像を認めました。

▶骨盤骨折の治療戦略

まず前提として、成人の骨盤骨折とこの症例のような高齢者の脆弱性骨盤骨折は全く別の病態であるということを理解しましょう。

 成人の骨盤骨折の多くは高エネルギー外傷による不安定型骨盤骨折であり、骨盤周囲の血管損傷による出血性ショックに進展する可能性があります。骨折型によっては止血目的にサムスリング固定や創外固定、緊急IVR、後腹膜パッキングが必要な場合もあります。Young-Burgess分類と循環動態をベースとした骨盤骨折の治療指針については、JATEC7)やJETEC10)にわかりやすいフローチャートが掲載されていますので、これを機会にぜひ一度勉強してみてください。

 一方、この症例は高齢者の恥骨単独骨折であり、安定型の骨盤骨折と判断されます。ですが、脆弱性骨盤骨折では、骨盤のどこかに骨折が1箇所見つかれば、他の箇所でも骨折している場合が多いです。恥骨骨折などの骨盤の前方成分も骨折があれば、仙骨骨折や仙腸関節の損傷などの後方成分の評価が必要ですが、レントゲンの診断率は7~44%とされます2,11)。そのため、レントゲンで恥骨や仙骨の骨折があれば、CT検査を行い、恥骨・坐骨・仙骨すべての骨折を確認することが必要です。

 安定型骨盤骨折の場合は、創外固定やサムスリングなど骨盤内容積を縮小させ静脈系をメインとした止血を試みるよりも造影CTによる原因検索や、TAEによる診断と止血を兼ねた動脈出血への介入が優先となります。本症例の場合は原因検索目的の造影CTでの恥骨周囲の造影剤の血管外漏出像を認めました。日本IVR 学会が提唱する『骨盤骨折に対するIVR 施行医のためのガイドライン2017』では12)、他の臓器に明らかな出血源のみられない循環動態が不安定な骨盤骨折症例に対しての具体的な指標は断定しにくいものの、高齢者、造影CT 上の造影剤の漏出所見、500cm3以上の骨盤内血腫などが比較的エビデンスの高い指標とされています。そのため、当症例はTAEによる止血術を施行しました。

 安定型骨盤骨折に対してどのような症例で造影CT施行すべきかというClinical Questionに対応するエビデンスが現状ありませんが、高齢者であり、循環動態が不安定である場合や、通常の転倒に伴う血腫量としては不自然な量の血腫を単純CTで認めた場合など、相対的な評価で検査を検討するべきかと考えます。特に本症例のような恥骨骨折においては、死冠動脈(corona mortis)損傷の可能性を考慮すべきでしょう。

▶死冠動脈(corona mortis)損傷とは


引用)Case courtesy of Charlie Chia-Tsong Hsu, Radiopaedia.org, rID: 39473

死冠動脈とは、内腸骨動脈から分枝している閉鎖動静脈に、外腸骨動静脈(もしくはその枝)からも流入血管が存在する破格(通常とは異なる血管の走行や構造)のことです。動脈である場合も、静脈である場合もあり、複数存在することもあり、太さも個人差が大きいと言われています。メタアナリシスによると13)、その頻度は49.3%で、動脈が17.0%、静脈が41.7%と報告されています。人種による差もあり、アジア人では59.3%、欧州では42.8%、北米では44.3%とされています。恥骨結合からの距離は、動脈で平均64mm、静脈で56mmと報告されています。損傷すると大出血を起こすことがあり、受傷時に損傷されていると仮性動脈瘤が生じていることもあります。受傷時に造影CTを撮影していると診断することができ、当症例は死冠動脈の損傷を疑いました。ガイドライン上12)、循環動態が不安定な骨盤骨折の場合は、両側内腸骨動脈塞栓が標準的な塞栓方法となりますが、死冠動脈がある場合や腰動脈、正中仙骨動脈の関与が疑われる場合には、該当動脈の検索および治療も考慮する必要があるとされています。

最後に今回の学習ポイントのまとめです。

①救急外来における高齢者の股関節痛の鑑別と身体診察について理解する

②ショックの認知が遅れやすい高齢者外傷のショックを認知するための身体診察を理解する

③骨盤骨折のマネジメントについて理解する

④恥骨単独外傷による出血性ショックの場合は、死冠動脈(corona mortis)損傷の可能性を想起する

いかがだったでしょうか?今回は高齢女性の恥骨骨折に伴う死冠動脈損傷による、出血性ショックを来したケースを取り上げました。今回のケースをきっかけに骨盤骨折への理解が深まり、皆様の日々の診療に役立つことを期待しております。

引用文献

1)Committee for Osteoporosis Treatment of The Japanese Orthopaedic Association: Nationwide survey of hip fracture in Japan. Orthop Sci. 2004; 9:15.
2)上田泰久. 脆弱性骨盤骨折の診断と治療. 整形外科. 2016; 59: 413-424.
3)藤井 達也. フローチャート整形外科診断 中外医学社 2020年
4)Wilson JJ, et al Evaluation of the patient with hip pain. Am Fam Physician. 2014 1;89.
5)増井 伸高. 骨折ハンター レントゲン×非整形外科医. 中外医学社. 2019年
6)Banegas JR,et al. Relationship between Clinic and Ambulatory Blood-Pressure Measurements and Mortality. N Engl J Med. 2018 19;378.
7)日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂第6版編集委員会(編著), JATEC第6版 へるす出版 2021
8)Vincent JL, et al. Clinical review: Circulatory shock--an update: a tribute to Professor Max Harry Weil.Crit Care. 2012 20;16
9)三谷 雄己. みんなの救命救急科. 中外医学社. 2022年
10)日本外傷学会外傷専門診療ガイドライン改訂第3版編集委員会 (編集),日本外傷学会 (監修), 外傷専門診療ガイドライン JETEC へるす出版 2023
11)Grasland A, et al. Sacral insufficiency fractures: an easily overlooked cause of back pain in elderly women. Arch Intern Med. 1996; 156: 668-674.
12)日本IVR学会(編著) 骨盤骨折に対するIVR 施行医のためのガイドライン 2017
13)Sanna B et al. The prevalence and morphology of the corona mortis (Crown of death): a meta-analysis with implications in abdominal wall and pelvic surgery. Injury. 49(2), 2018, 302-308.