2023.09.13

EMA症例146:8月解説

みなさま今月も回答いただきありがとうございました.
215名の方に回答をいただきました.回答いただいた方の属性は以下です.

今月は「旅客機内での急病対応」についての症例でした.
旅客機内で急病患者が発生した際の診療の流れについて学んでいきたいと思います.

<ドクターコールってなに?>
みなさまは飛行機内や新幹線などで発生した急病患者の対応にあたったことはあるでしょうか.
旅客機内で急病患者が発生すると,搭乗している医療従事者に患者対応の援助を依頼する「ドクターコール」というアナウンスが流れることがあります.

慣れた自施設の外で,しかも医療機関ではないシチュエーションで診療を行うのは勇気が要りますよね.
旅客機内での急病の発生率は,およそ旅客数11,000人あたり1名,フライトにして604便あたり1人の機内救急が発生しているといわれています1)

みなさんはドクターコールがあった際には名乗り出ますか?
「質問1:あなたはドクターコールに応じて名乗り出ますか?」のアンケート結果は以下でした.

日経メディカルが2007年に行った医師会員を対象に実施したアンケートでは,758名中,ドクターコールに「応じる」と回答したのは34%でした.また,「応じない」が17%,「その時になってみないと分からない」が48%でした.

ドクターコールについては,名乗り出なければならないということはなく,あくまでボランティアですので義務はありません.
ですが,救急診療に携わる医療従事者として貢献できることがあるとカッコいいですね.

なお,本邦の大手航空会社2社の日本航空株式会社(JAL),全日本空輸株式会社(全日空,ANA)では,それぞれ「JAL DOCTOR登録制度」「ANA Doctor on board」という制度があります.これは,事前に航空会社に医師であることを登録しておくことで,機内で医療援助が必要となった際に,ドクターコール無しに客室乗務員が直接搭乗医師のもとへ援助を依頼しにいく制度です.この制度の各航空会社のサイトを紹介します.
(外部リンク)

JAL…https://www.jal.co.jp/jp/ja/jmb/doctor/
ANA…https://www.ana.co.jp/ja/jp/guide/flight_service_info/doctor/

<ドクターコールに応じる際のコミュニケーション>
<機内にはどんな医療資器材が搭載されているの?>
ドクターコールに対して名乗り出た際には,身分証の提示,所属病院・専門科などを客室乗務員に伝え,患者さんの元に向かいます.ちなみに医師であることを証明できるものを持ち歩いている人は少ないと思いますが,日本医師会では有料で”医師資格証”を発行してくれます.日本医師会に入会をしていなくても発行可能です.

最初のドクターコールの際には,症状のアナウンスはされないので,患者さんがどんな状態だろうかと緊張しますね.ですが,日々どんな主訴の患者さんに対しても診療を行っている救急医の力が発揮されるシチュエーションです.

実際にはどんな主訴が多いのでしょうか?報告により頻度は様々ですが,意識消失・前失神や心血管疾患を疑うものが30~50%と最多です.いくつかの報告をまとめました(表1)2-4)

(表1:機内救急患者の主訴の分類と頻度)

一般的に軽症例が多く,約31%の患者さんは到着前に症状は治まっており,機体が地上に到着してから救急搬送されるに至ったのは37%,AEDが使用されたのは1.3%,死亡例は約0.3%であったという報告があります2)

今回の症例では,患者さんに接触して問診と初期評価を行ったところ,冷汗を伴う胸痛を認めており,切迫した様相でした.

普段であれば,まず12誘導心電図検査を行い,同時に末梢静脈路を確保し...とスムースに診療を進められると思うのですが,病院外での診療では使い慣れた医療資器材もなく,不安になりますね.
そもそもどんな資器材が旅客機内にはあるのでしょうか?

航空会社によって内容の差はあるかもしれませんが,本邦では国土交通省が機内に装備すべき
最小限の医療用具を通知しています.内容をまとめました(表2)(表3)
(表2:最小限装備が必要な薬剤)5)より改変

(表3:最小限装備が必要な一般/医療資器材)5)より改変

いかがでしょうか.私感としては病院のようにはもちろんいきませんが,想像していたよりも充実した薬剤や資材が搭載されていて驚きました.この国土交通省の通知には記載がありませんでしたが,パルスオキシメーターも搭載していることが多いようです.
一方,血糖測定器は搭載されておりません.意識障害などで血糖測定を要する場合は,他の乗客に測定器を所持していないか確認するのが手段となります.針の使い回しを防ぐため,採血は機内に搭載されている針を用いるとよいですね.

国土交通省の通知の詳細については参考文献5をご覧ください.
航空会社大手2社については,詳細までは不明ですが,搭載している医療資器材についての紹介ページがありましたので共有します.
(外部リンク)

JAL…https://www.jal.co.jp/health/medicines/
ANA…https://www.ana.co.jp/ja/jp/guide/flight_service_info/assist/service-onboard/#anchor052
なお,国外の航空会社では搭載している資器材が異なります.本邦と同様に国が各航空会社に搭載が必要な資器材を通達している国が多いようです.

<緊急着陸の判断?>
さて,今回の症例では診察したところ,急性冠症候群が鑑別疾患の第1に挙がる状況でした.すぐに検査・診断・治療へと繋げたい状況ですが,緊急着陸の指示を私たちが出すことはできるのでしょうか.
「質問2:この後,あなたはどう行動しますか?(複数回答可)」のアンケート結果は以下のようでした.

緊急着陸については,機長が最終判断することになります.
我々は病状が緊急着陸を要する状況かを検討し,機長と協議していきます.あくまでも機内での医療支援は助言的な立場であることを認識する必要があります.
しかし,他の乗客にも影響を及ぼすことを自身だけで判断するのはちょっと...と尻込みしてしまいそうな状況です.

多くの航空会社は地上の医療スタッフと連絡をとり相談ができる体制を整えているので,診療や判断に困ったときにはオンライン相談を活用しましょう.全部を自分で判断できなくとも,医療用語を扱える医療従事者が,機内にいる患者の様子や状況を伝えられることは地上のスタッフにとってありがたい情報になるのです.

地上スタッフとの情報のやり取りや,機長との相談の結果,緊急着陸を要するか機内で経過をみながら飛行を続けるかの判断がなされます.
あくまで最終決定は機長にあることを覚えておきましょう.

なお,地上スタッフとのオンライン・メディカルコントロールについては,全世界の航空会社で提供されているわけでは無いようです.アメリカでは全ての航空会社が何かしらの形で地上からの医療支援を行っていますが,中東を拠点とする航空会社では約60%,アフリカを拠点とする航空会社はゼロ%という報告もあります.6)

<病院外での診療と万が一の際の賠償責任>
方針を相談しながら,患者さんの治療も並行して行いたいですね.

ただ,診断・治療について,病院外の限られた医療資源の中で行いながら,患者さんのためを思ってのものとはいえ自分の判断が間違っていたらどうしよう...後で損害賠償請求でもされたら...と頭をよぎりますね.

「質問3:この後,あなたはどう行動しますか?(複数回答可)」のアンケート結果は以下のようでした.

この他,
「アスピリンのみ内服してもらう」「ニトログリセリンのみ内服してもらう」

「AEDの心電図モニターが見られれば確認・記録する」

「大動脈解離や気胸などの鑑別疾患が除外できないので投薬は控える」

「目的地に到着後にすぐに医療機関に搬送できるように準備を整える(機内での投薬はしない)」
など多くの意見をいただきました.ありがとうございました.


やはり,投薬となるとメリット・デメリットを知っているが故に閾値があがりますよね.

今回の様な,たまたま同じ場所に居合わせた急病人に対する医療行為の法的責任はどうなるでしょうか.
結論からいうと「損害賠償請求の対象となることは(まず)ない」です.

最初にどの国の法律が適用されるかということについてですが,基本的には旗国主義が適用されます.これは,旅客機内で生じたことについては航空機が登録されている国の法律が適用されるということです.例えば,JALやANAの機体でアメリカ上空を飛行している際に機内で発生したことについては日本の法律が適用されます.

次に,旅客機内での医療行為に対する責任については,民法698条「緊急事務管理」が適用されます.旅客機内での診療支援は,道端で倒れている人に遭遇して人助けをすることと状況としては近く,病院を受診した患者さんを相手にしているのとは大きく異なります.

この民法698条には「管理者は,本人の身体・名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは,悪意又は重大な過失があるのでなければ,これによって生じた損害を賠償する責任を負わない.」とあります.

これを意訳すると,”本人の命を守るために行った行為については,よほどとんでもないミスを犯していなければ,損害を賠償する責任を負わない”となります.この”とんでもないミス”というのは,非医療従事者がみても明らかにおかしいと思われる医療行為や,診断に対して禁忌とされるような薬剤を使用した場合などがあたるようです.

アメリカやカナダにおける”よきサマリア人法”に似ていますね.

それなりに妥当と考えられる判断を下して,それが最終的に間違っていたとしても,その診断や治療自体に対して責任が生じる可能性は低いようです.これは例えば,本ケースにおいて,急性冠症候群と判断してアスピリンやニトログリセリンを投薬したところ,実は非典型的な発症様式の急性大動脈解離であって投薬によって有害事象が発生してしまったという様なストーリーです.このストーリーでは,診断・治療とも妥当な説明が可能だと思います.

一方,今回の症状を脳梗塞だと判断し,メチルエルゴメトリンマレイン酸の投薬を行い,患者さんに有害事象が起きた...という様な,診断も治療も患者状態とかけ離れた,通常ではありえない医療を行った場合に生じた有害事象は上記の限りではありません.

自信のない診断については,無理に治療介入をしない判断も必要になりますね.

この様に,診療契約を結んで医療行為を行う勤務先病院での行為の法的責任は民法709条における「過失」が問題となるのに対して,たまたま居合わせた人を善意で助けようと力を尽くした際に生じてしまった場合では民法698条における「重大な過失(重過失)」が問題となり,法的責任を負う要件が異なります.このような要件の違いから,要求される医療水準も全く異なります.

病院での医療行為と機内での医療行為では,”適用される民法の条文が異なる→適用される条文が異なるので要件が異なる→要件が異なるので要求される医療の水準が異なる”という解釈になります.

しかし,重過失の線引きについては絶対的なものではなく,弁護士によっては異なる解釈をする場合もあるようです.

いずれにしても,ひとりで判断するのが憚られる場合は,患者さん本人・地上のスタッフ・客室乗務員・機長ともコミュニケーションをとりながら,shared decision makingをするのが良さそうです.

なお,JALについては医師以外の医療従事者:歯科医師・看護師・救急救命士は,患者状況の代弁者として地上の医療スタッフと交信をおこない,地上スタッフの指示のもとで投薬を行うこともできるようです(ANA・その他航空会社は不明).

機内での緊急対応が終わった後には,航空会社に報告書の提出が必要となります.ぜひ報告についても支援をできると良いですね.患者さんの病歴・所見・判断・治療をした場合は内容などを詳細に記載しましょう.なお,当然のことではありますが,これらの医療行為はあくまでボランティアなので報酬を要求してはいけません.

今月の解説編は以上になります.

機内で急病人が発生したら,さっと助けにいけそうでしょうか!?

【take home message】

  1. 旅客機内でドクターコールがあった際の航空会社スタッフとのコミュニケーションを知ろう
  2. 旅客機内にどんな医療器材が搭載されているかを知ろう
  3. 旅客機内における診療の法的責任について知ろう

 

参考文献

  1. Chandra A, Conry S. In-flight Medical Emergencies. West J Emerg Med. 2013;14(5):499-504. doi:10.5811/westjem.2013.4.16052
  2. Peterson DC, Martin-Gill C, Guyette FX, et al. Outcomes of medical emergencies on commercial airline flights. N Engl J Med. 2013;368(22):2075-2083. doi:10.1056/NEJMoa1212052
  3. Szmajer M, Rodriguez P, Sauval P, Charetteur MP, Derossi A, Carli P. Medical assistance during commercial airline flights: analysis of 11 years experience of the Paris Emergency Medical Service (SAMU) between 1989 and 1999. Resuscitation. 2001;50(2):147-151. doi:10.1016/s0300-9572(01)00347-1
  4. Epstein CR, Forbes JM, Futter CL, Hosegood IM, Brown RG, Van Zundert AA. Frequency and clinical spectrum of in-flight medical incidents during domestic and international flights. Anaesth Intensive Care. 2019;47(1):16-22. doi:10.1177/0310057X18811748
  5. https://www.mlit.go.jp/notice/noticedata/pdf/20180816/FS062-04.pdf
  6. DeLaney M, Greene C. Assisting with air travel medical emergencies: responsibilities and pitfalls. Emerg Med Pract. 2019;21(9):1-16.