2023.07.03

EMA症例144:6月解説

2023年6月の症例にご参加いただいた皆さん,ありがとうございました。
症例を振り返ってみると,患者は屋外で発見され,意識障害を主訴に搬送された若い男性です。「酒を飲んだ痕がある」という情報を聞くと,「アルコール中毒かぁ」と嫌になってしまいそうですが,それ以外の異常がないか冷静に診ていく必要がありますね。アルコールはcommonな原因であるからこそ,本当にそれで説明してよいかを常に警戒する姿勢が大事だと思います。

<意識障害の原因検索について>
意識障害の鑑別といえば,言わずと知れたAIUEOTIPS1。漏れがないよう網羅的に鑑別疾患を挙げるためのゴロですが,全ての患者にAIUEOTIPSを順番に当てはめていくわけではありません。あくまでも病歴や身体所見から疑わしい疾患を検索する必要があり,今回の患者さんであれば,A(alcohol:アルコール)が鑑別の上位に挙がることは間違いありません。若年者の意識障害ではO(overdose:中毒)も頻度の高い原因ですので,積極的に疑うでしょう。CO中毒も「O」の一つですが,状況からこの時点では鑑別の上位には挙がらないと思います。屋外で発見されたという病歴から考えると,アルコールに合併するT(trauma:外傷)も重要です。「酔っ払いだと思っていたら実は頭蓋内損傷があった」という例は枚挙にいとまがありませんので,検査の閾値を下げる必要があります。仮に一つ原因が見つかった(例えばアルコール中毒と診断した)後でも,他の要素が合併していないか?と考えることも重要といえます。

「質問1:この時点でどんな疾患を鑑別の上位に挙げますか?」には,まさにこのような考え方に基づいた回答をいただきました。
アルコール中毒あるいは酩酊を第一に挙げてくださった方が最多で,急性薬物中毒,頭部外傷(硬膜下血種、外傷性くも膜下出血等)が続きました。またアルコール関連で見逃したくないものとして,アルコール性ケトアシドーシス(AKA),Wernicke脳症,低血糖も複数の方が挙げてくださいました。

続いて「質問2:診断を教えてください」への皆さんの回答をお示しします。

表1.質問2(診断を教えてください)の回答

皆さんお気付きの通り,今回の症例は一酸化炭素(CO)中毒でした。血液ガス分析の一酸化炭素ヘモグロビン(以下,COHb)濃度が32.1%と上昇しており,CO中毒による意識障害が疑われます。血液ガス分析のCOHbを確認すれば,すぐに診断に辿り着けますが,特に4月から働き始めた研修医の先生方など,慣れていないと見落としてしまう可能性のある項目ではないでしょうか。

電子カルテ上で,基準値以上は赤色,基準値以下は青色などの表示がされていると異常値に気付きやすいですが,血液ガスの結果は最初に紙で確認する施設も多いのではないでしょうか。血液ガスのCOHb,MetHb,Ca2は,初学者に見逃されがちな項目かもしれませんので,意識的にチェックしましょう。

<CO中毒について>
COは不完全燃焼によって生じる,無色無臭の気体です。火災や換気が不十分な環境での燃焼が発生源となり,自殺目的で自動車の排ガスを車内に引き込んだり,練炭を炊いたりする例も多いです。「シーシャバー」で水タバコを喫煙したことを契機にCO中毒を生じた症例も報告されています2
体内に取り込まれたCOは,血液中のHbと結合して一酸化炭素ヘモグロビンを形成します。Hbに対するCOの親和性は酸素の約250倍もあるため,Hbの酸素運搬能が低下し,組織が低酸素症に陥ってしまいます。特に酸素需要の多い中枢神経と心筋が傷害されやすいことが特徴です。頻度の高い症状としては,頭痛,嘔気・嘔吐,めまい等があり,重症では意識障害,痙攣,失神,心筋虚血,不整脈,肺水腫を生じることもあります。
そしてCO中毒の深刻な合併症として,遅発性脳症(Delayed neuropsychiatric syndrome;DNS)があります。これはCOの曝露後,数日から数週間の意識清明期を経て,異常行動,人格変化,高次脳機能傷害などの精神神経症状や歩行障害,パーキンソニズムなどの運動機能障害を来すものです。CO中毒の10~30%に発症するとされ,発症のリスクとして,6時間以上のCOへの曝露、GCS 9未満、収縮期血圧90mmHg未満、CK上昇、白血球増多(10,000/μL以上)などが報告されています3

質問3は,追加で行うべき診察・検査についてお尋ねしました。

表2.質問3(追加で行うべき診察・検査)の回答

回答数が多かった項目を表にお示ししています。その他には,神経診察,皮膚所見(紅斑)の確認,気道熱傷の評価(口腔内や鼻腔の診察等),気管支ファイバー,尿中薬物検査などが挙がりました。

意識障害を呈していますので,神経診察はもちろん行うと思いますが,CO中毒に特異的な身体所見というものはありません。バイタルサインでは,頻脈や頻呼吸を認めるかもしれませんが,これも非特異的です。
前述したように,CO中毒以外の意識障害の原因を検索することは大切です。例えばトキシドロームをチェックする,外傷の合併を念頭においた全身観察などが助けになるでしょう。今回の症例で積極的には疑いませんが,火災の現場から救出されたCO中毒患者であれば,シアン化水素中毒など,他のガス中毒の存在も疑わなくてはなりませんし,気道熱傷の評価も必要です。
重症のCO中毒では,心筋虚血や不整脈が生じ得るため,心筋逸脱酵素や心電図を挙げてくださった方も多かったです。CO曝露後のトロポニンの上昇は,死亡率上昇と関連があるという報告もあります4

CO中毒の診断は,①COに曝露した可能性のある病歴,②CO中毒に一致する症状,③COHbの値(非喫煙者であれば5%以上,喫煙者であれば10%以上)によって行います4。血中COHb濃度の正常値(成人)は0.1~1.0%程度ですが,喫煙者では6.0%,ヘビースモーカーでは15%程に達するとされます。ただし,来院時のCOHb濃度は,必ずしもCO中毒の重症度と相関せず,特にCOHbが低いことで軽症とは決めつけられませんので注意が必要です。COに曝露されからの時間や経過によって,COHbは変動します。例えば「意識障害」の患者が救急搬送される場合,状況や地域によっては救急車内で酸素が投与されることもあるでしょう。この酸素投与および搬送に要する時間とともに,COHbは低下します。この酸素投与および搬送に要する時間とともに,COHbは低下します。

施設によっては,カルボキシヘモグロビン濃度(SpCO®)を非侵襲的に測定できるパルスCOオキシメトリが利用できるかもしれません。CO中毒の診断およびモニタリングへの活用が期待されますが,どこにでもあるものではないと思います。

画像検査としては,意識障害を呈する頭蓋内疾患の除外,あるいは外傷を検索する目的で,頭部CTを撮影することは多いと思います。頭部MRIを実施するかは状況によりますが,CO中毒の所見として,淡蒼球,被殻,尾状核,視床,脳室周囲または皮質下の大脳白質,大脳皮質,海馬,小脳などの異常信号や脳浮腫を認めることがあります5。図1は両側の大脳白質,脳室周囲白質および両側淡蒼球の高信号を呈した頭部MRIの例です6。また,CO曝露早期のMRIで,基底核および白質病変を伴う症例は遅発性脳症をきたす可能性が高いという報告もあります7

図1.CO中毒の頭部MRIの例:左列はT2WI,右列はT2FLAIR(文献6より引用)


質問4は,「ご自身の施設であればどのような治療方針としますか」でした。
CO中毒に対して,どの施設でも実施可能で,かつ直ちに行うべき治療は,「COの曝露から退避させること」と「酸素吸入」です。回答者のほとんどが高濃度酸素投与を挙げてくださいました。大気圧下での血中COHbの半減期は,空気中であれば4~5時間ですが,100%の酸素吸入を行うことで40~90分に短縮されます8-10。CO濃度が正常値になり,症状が消失するまで酸素投与を継続します。

またhigh flow nasal canula(HFNC)を選択される施設も複数ありました。HFNCについては,通常の高濃度酸素投与と比較して,さらに高流量の酸素を投与できるため,リザーバーマスクと同等あるいはそれ以上の効果があるという考えは理にかなっていそうです。より高い酸素分圧を生成できる,ある程度の陽圧もかけることができる,忍容性が高く特に不穏や嘔気の強い患者にも使いやすい等の利点もあります8。しかし,例えば軽度~中等度のCO中毒患者を対象として,通常の酸素療法(15L/min)とHFNC(60L/min)でのCOのクリアランスを比較したパイロット研究では,両群でCOHb値の半減期に有意差はありませんでした9。またDNSや神経予後の改善に寄与するかも明らかではありません。

施設によって対応が変わってくるのが,高圧酸素療法(Hyperbaric oxygen therapy;HBO)です。今回の回答では「入院させHBOを実施する」という方が37名(院内独自の適応基準があるという方もいらっしゃいました),HBOが可能な施設へコンサルトし転院を調整するという方が19名でした。
大気圧よりも高い圧での酸素療法は,体内からのCO排泄を早める効果があります。DNSの予防や予後改善に寄与する可能性がありますが,有効とする研究や重症例には積極的に行うべきという報告と,反対の結果を示す研究と両者があり,未だ議論の多いところです。レビューでも,HBOが有害な神経学的転帰の発症を減少させるかどうかは,既存のデータからは確立されていない,と述べられています10
適応,治療期間,方法(圧力や時間)も確定したものはありませんが,適応の例として,
COHb>25%
妊婦でのCOHb>20%
意識障害,神経症状の出現・悪化
組織の虚血を示唆する所見(心電図の虚血性変化やアシドーシス)
等が挙げられます4,10
高度の意識障害を呈する症例や,COHb値≧30%、妊婦ではHBOが絶対的適応とする見解もあります。
いずれにしても,行うのであれば,できる限り早く実施するべきです。HBOが実施できる施設は限られているため,適応かもしれない患者を受け入れた場合には,迅速に実施可能な施設へコンサルトし,転院搬送を検討する必要があります。さらにHBOの装置には,患者1名を収容する第1種装置と,複数名を収容でき医療者も入室できる第2種装置があります。自施設から転院搬送可能な施設でどのような治療が可能か,事前に把握しておくとより良いかもしれません。

この患者さんは診察中に話を聞くと,自殺目的に車内で飲酒し,練炭を燃やしたという病歴が得られました(救急隊が飲酒の痕しか確認できなかったので,具体的な状況は不明ですが)。意識障害は軽度でしたが,COHbはHBOを検討すべき値でしたので,対応可能な施設にコンサルトし転院搬送としています。

最後に今回の回答者の属性です。沢山のご参加ありがとうございました。

<参考文献>
1.Kanich W, Brady WJ, Huff JS, et al. Altered mental status: evaluation and etiology in the ED. Am J Emerg Med. 2002;20(7):613-617.
2.砂川智佳,後藤縁,小川健一朗,他.日臨救急医会誌.2022;25:946-50.
3.Pepe G, Castelli M, Nazerian P, et al. Delayed neuropsychological sequelae after carbon monoxide poisoning: predictive risk factors in the Emergency Department. A retrospective study. Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2011;19:16.
4. Chenoweth JA, Albertson TE, Greer MR. Carbon Monoxide Poisoning. Crit Care Clin. 2021;37(3):657-672. doi:10.1016/j.ccc.2021.03.010
5.相馬一亥監,上條吉人著.一酸化炭素.臨床中毒学.東京:医学書院,2013:376‒86.
6.Liu J, Si Z, Liu J, et al. Clinical and Imaging Prognosis in Patients with Delayed Encephalopathy after Acute Carbon Monoxide Poisoning. Behav Neurol. 2020;2020:1719360. Published 2020 Dec 7. doi:10.1155/2020/1719360
7.清野慶子,伊関 憲,田勢長一郎.一酸化炭素中毒.小児臨 2012;65 増刊:1509‒16.
8. Lee P, Salhanick SD. Carbon Monoxide Poisoning Effectively Treated with High-flow Nasal Cannula. Clin Pract Cases Emerg Med. 2019;4(1):42-45. Published 2019 Nov 19. doi:10.5811/cpcem.2019.9.43618
9. Kim YM, Shin HJ, Choi DW, et al. Comparison of high-flow nasal cannula oxygen therapy and conventional reserve-bag oxygen therapy in carbon monoxide intoxication: A pilot study. Am J Emerg Med. 2020;38(8):1621-1626. doi:10.1016/j.ajem.2019.158451
10.Buckley NA, Juurlink DN, Isbister G, Bennett MH, Lavonas EJ. Hyperbaric oxygen for carbon monoxide poisoning. Cochrane Database Syst Rev. 2011;2011(4).