2020.05.01

EMA症例143:3月解説

2023年3 月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。3月30 日時点で質問に回答をいただいた方は 100 名いらっしゃいました。
皆様の回答の集計結果を紹介します。

 多くの初期研修の先生、専攻医の先生・専門医の先生からご回答頂きました。中には医学生の方や救命士の方にもお答えいただきました。皆様ご参加頂きありがとうございます。

質問1:追加でどんな問診・診察・検査をしますか?
 多くの先生方が「めまい」についての詳しい病歴・身体所見や神経診察についてお答え頂きました。発作の持続時間や誘発因子、眼振の有無や眼振の誘発方法( Dix- Hallpike 法 など)、小脳失調を疑う所見などのご意見を頂きました。それ以外にも不整脈がないか心電図をとったり、大動脈解離がないか血圧の左右差をとったりなど多くの意見がでました!心原性失神を来す疾患もめまいとして来院することがあるので注意したいですね。

質問2:追加したい検査などありますか?(重複回答あり)

 半数以上の先生からは頭部CT・頭部MRIが提示されました。他にも心エコーや大動脈解離の検索目的の体幹部のCTなど様々な意見がありました。

質問3:診断名を記載してください。

 多くの先生が高血圧関連疾患(高血圧緊急症など)の疾患を挙げてもらいました。また他にもめまいを主訴とする代表的な疾患の脳梗塞やBPPV,前庭神経炎も書き込みがありました。またこの時点で「●●中毒」「高★血症」(後述致します)と見抜けた先生も5人いらっしゃいました。

質問4:Disposition(入院or外来、専門コンサルトなど)を記載してください(一部無回答や重複回答あり)

 多くの人が歩くことができれば帰宅との判断でした。ただ帰宅だけにとどまらず、脳外科の外来や二次性高血圧などの精査目的に総合内科外来に紹介などつなげていました。コンサルト先としては耳鼻科や脳外科が多くいました。

解説:
 本症例のカギとなるのは、「高Cl血症」でした!皆様お気づきになりましたでしょうか。普段の臨床であまり気にする機会は少ないかもしれません。本症例では血中Cl 144 mEq/lと異常高値を示しておりました。私自身も本症例を血液ガス検査で自動計算されるアニオンギャップがマイナスだったことがきっかけで高Cl血症に気づくことができました。
 高Cl血症の原因についてはこのような鑑別があります。(表1)(1)


表1 高Cl血症の鑑別 (1)文献より一部改変

 様々な鑑別疾患が挙げられます。この患者さんにはアセタゾラミドの内服や腎機能障害、生理食塩水を多量に投与された等の病歴はありませんでした。他の内服薬もないから尿細管性アシドーシス?などと考えを巡らせますが・・・ここでもう一つ聞き忘れたことがありませんか?よくよく聞いてみると頭痛に対して市販薬の鎮痛薬を使用していました。詳しく鎮痛薬について聞いてみると「ブロモバレルリル尿素」が含まれている市販薬でした。

    本症例はブロムバレリル尿素を含む鎮痛剤の内服によるブロム中毒の症例でした。ブロムワレリル尿素自体は半減期が2.5時間と短いですが、代謝産物のブロムは12日と長いため、連日内服することで体内に蓄積されます。(2) ブロムが1価の陰イオンであり、体内のClと置換して中枢神経系に作用することで症状がでる等の機序が推定されています。(3) 確定診断には血中ブロムの濃度が必要なのですが、測定できる施設や設備が限られているため実際に行うことは現実的ではありません。その代替として普段臨床で使用している血中Clを用います。Clなどの電解質の検査にはイオン選択電極法(ISE法)が用いられています。血液検査で血中Clを計測する際、1価の陰イオンへの反応を利用するのですが、Cl以外の1価陰イオンであるブロムイオンやヨウ素イオンも同じ様に反応してしまいます。ブロムやヨウ素が血中に含まれると、実際の血中Clより高値となる、つまり偽高値となってしまいます。(4)

    ブロム中毒には一度に大量内服する急性中毒に加えて長年内服することによる慢性中毒があります。(2)(5) 急性中毒の症状には、嘔吐・意識障害・痙攣などがあります。(6) 慢性中毒の症状については嘔吐や倦怠感といった非特異的症状から眼筋麻痺、運動失調、錐体外路症状、振戦、構音障害といった神経学的異常所見まで幅広いです。(2)(7) 頭部MRI画像では正常の場合もありますが、脳の萎縮(特に小脳)を来すことが報告されています。(8)(9) 治療は薬物の中止になります。基本的には入院は必要ありませんが、自宅療養が困難な場合には入院を考慮した方がいいと考えられます。

 また今回の症例のもう一つのテーマとしては「市販薬の中毒」についてです。問診の際に、病院での処方薬については詳しく聴取していると思いますが、市販薬の内服状況についてまで聞いている先生は少ないのではないでしょうか?市販薬の継続内服により中毒を来すことがあります。本症例のブロモバレリル尿素も市販薬に含まれているものの中毒を来す薬剤としてしられています。具体的な商品名については伏せますが、鎮痛薬や眠剤などに含まれています。症状の原因がよくわからないまま帰宅してしまうことで内服を続けて再度症状が増悪し、受診を繰り返したり救急搬送が必要になったりする可能性や身体的にも社会的にも悪影響がでたりする可能性も考えられます。市販薬で濫用等のおそれのある医薬品として厚生労働省では①エフェドリン②コデイン③ジヒドロコデイン④ブロムワレリル尿素⑤プソイドエフェドリン⑥メチルエフェドリンを挙げています。(参照:濫用等のおそれのある医薬品について https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001062520.pdf)これらの薬剤は依存形成をすることもあり、内服が継続された結果、常用量を超えて内服されて中毒症状が生じることがあります。市販薬の内服についても今一度問診してみましょう。

その後の症例の経過:

 問診を詳しく行ったところブロモバレリル尿素を含む鎮痛薬を長期間にわたって常用量を超えて内服していたようでした。頭痛に対してブロモバレリル尿素を含む鎮痛薬を内服していたことと高Cl血症(正しくは偽性高Cl血症の疑い)を呈したことからブロムの慢性中毒を疑いました。小脳失調症状など認めず、歩行も可能で飲食も可能であったため鎮痛薬の内服中止を指示した上で、帰宅の方針となりました。外来で再検査したところ血中Clは1週間後に122 mEq/l ,2週間後には108 mEq/lと低下していました。検査部に確認しましたが血中ブロム濃度が測定できませんでした。また頭痛に関してもブロムワレリル尿素を中止して以降は症状が消失し「薬物の使用過多による頭痛」が疑われました。
 また、高血圧については症状改善後も残存していました。中毒によるものとは関係ないと考え、二次性高血圧の精査もしましたがいずれも該当するものがなく、本態性高血圧として降圧薬の内服が開始されました。

Take home message:

  1. 高Clに着目し、鑑別があげられる
  2. ブロム中毒を疑うことができる
  3. 市販薬の中毒があることを知る

引用文献
(1)Berend K, van Hulsteijn LH, Gans RO. Chloride: the queen of electrolytes? Eur J Intern Med. 2012;23(3):203-211.
(2)橋田 英俊他. 市販鎮痛剤常用量の服用による慢性ブロム中毒の一例. 日老医誌. 2001; 38: 700-703
(3)土居 斎他, ウットにより神経・精神症状を呈した3症例. 臨床精神医学. 1998; 27: 1275-1281
(4)戸枝 義博: 臨床検査 2021年4月増刊号 よくある質問にパッと答えられる 見開き!検査相談室. 医学書院, 2021, p.348-349
(5)Ishikura K, Katayama K, Hara A, et al. A case of acute bromvalerylurea intoxication that was successfully treated with direct hemoperfusion. CEN Case Rep. 2022;11(2):269-272.
(6)Lin JN, Lin HL, Huang CK, et al. Myoclonic jerks due to acute bromovalerylurea intoxication. Clin Toxicol (Phila). 2008;46(9):861-863.
(7)Kawakami T, Takiyama Y, Yanaka I, et al. Chronic bromvalerylurea intoxication: dystonic posture and cerebellar ataxia due to nonsteroidal anti-inflammatory drug abuse. Intern Med. 1998;37(9):788-791.
(8)金塚 陽一 他, びまん性脳萎縮, 可逆性多発性末梢神経障害を呈した慢性ブロムワレリル尿素中毒の1例. 臨床神経. 2020; 60: 795-798
(9)Arai A, Sato M, Hozumi I, et al. Cerebellar ataxia and peripheral neuropathy due to chronic bromvalerylurea poisoning. Intern Med. 1997;36(10):742-746.